第18話 央都エルヴァリオン
「うわぁ!!」
英雄たちの歓声が研究所前で響き渡った。
研究所の正面玄関から外に出てみると、そこは中世ヨーロッパ風の街並みが視界いっぱいに広がっていた。
遠くには威風堂々とした城が、街を見下ろすようにそびえ立っていた。城の塔から聞こえてくる鐘の音は時を告げているのだろうか。石畳の広い道がまっすぐ城へと伸びており、その両サイドには様々な店が軒を連ねていた。ゲームの中では多くのプレイヤーが行き来していた大通りだったが、今は、実際にここで生活する人々で賑わっている。色鮮やかな布で飾られた市場があり、様々な地方から来たであろう商人たちが、自慢の品を売り込んでいる。フルーツの甘い香り、焼きたてのパンの香ばしさが空気を満たし、道行く者たちの食欲を刺激していた。
「ふふん、どうですか、皆さん。人類最大の都市、央都エルヴァリオンの街並みは。さすがにこれは日本にはないでしょう。あっ、ちょうど良いのが来ましたよ。空を見てください!」
アンナがそう言うと同時にピャーッっという、つんざくような猛禽類の声が響き渡った。英雄たちが空を見上げてみると、ちょうど真上を大きな物体が通り過ぎて行くところだった。
「グリフォンだ!!」
「しかも人が乗ってるぞ!!」
鷲の上半身に獅子の下半身を持つ幻獣。ドラゴンやペガサスなどと共にファンタジー世界を代表する空想上の生き物が、今、まさに上空を飛んでいた。
翼や四肢に銀色に輝く装甲をまとい、その背に同じく銀色の甲冑姿の騎士を乗せたグリフォンは何度か旋回したあと、都市の中央部に見える大きな城の方向へと飛び去っていった。
「央都エルヴァリオンが誇る防衛軍空挺部隊、銀翼隊のグリフォンライダーです。あれを見れば、さすがにここが異世界であると信じてもらえたんじゃないですかね?」
何故か自慢げなアンナを尻目に、英雄たちはグリフォンが飛び去った方向や、辺りの街並みをきょろきょろと見渡していた。グレンもまた例外ではなく、むしろ他の者よりも興奮気味に周りを観察していた。
「すごいな……道行く人たちも日本人じゃないし、建物の作りとかも全然違う。本当に異世界の街なんだな」
グレンと同じように周りを見渡していたアイリスが、疑問に思ったことをアンナに質問してみた。
「でも、どうして中世ヨーロッパ風なんですか? ネットゲームを開発出来るほど、現代の日本の技術を取り入れてるなら、街並みだってもっと近代的なものに出来たんじゃ?」
「いろいろ理由はあるのですが……一番の理由は現代日本の文明を維持するには資源が足りなさすぎるんです。特に鉄関係の資源はオークやドワーフといった種族に大部分を押さえられていて、結構貴重なんですよ。この世界の人類の状況をいろいろ勘案した結果、中世ヨーロッパの封建社会をモデルにするのが一番良いということになったんです」
「なるほど……鉄の確保が難しいのなら、蒸気機関の再現とかも厳しそうですね」
「この研究所は、異世界研究の最先端施設なので、魔法技術を応用して発電施設などを再現していますが、これを人類全体に普及させるのはとてもとても……。それに500年前まで石や棍棒で戦ってたこちらの世界の人類にとっては、今の文明でもすさまじい進歩ですからね。噂だと、あまりにも人類の文明の進歩が早いので、エルフやオークなどから警戒される存在になって来てるらしいです」
「確かに地球の人類が数千年かけて歩んできた文明の進化を、数百年で達成していることになりますもんね。エルフのような長命な種族からみると、異常な……というか、むしろ驚異的ともいえる状態なのかも」
「あ、でも、文明レベルはどの国も似たようなものなのですが、国によってはモデルにしている地域が違うところもありますよ。日本の戦国時代をモデルに発展している国もありますし、その辺りは各国の裁量に任されている状態なんです」
言われてみれば、『エルナリードオンライン』の中にもいろいろな国をモデルにした地域が存在していたのを思い出す。その中には確かに和風の国も存在していたし、そもそもプレイヤーが使える武器の中に刀などもあるのだ。
「さて、そろそろ待ち合わせの時間があるので、街中を移動していきますよ。皆さん、並んでくださーい」
アンナの号令の元、英雄一行は護衛役との待ち合わせ場所である冒険者ギルドへと移動していった。
はぐれないようにということで、英雄たちが中央に一塊になり、その周りを十数名の研究所職員が囲むようにして、通りを進んでいく。
変な隊形で移動するんだなと、グレンは不思議に思ったが、その理由はすぐに分かった。
「すげぇ! 央都エルヴァリオンそのままじゃん! オレ、あそこの店、所属ギルドのミーティングで良く使ってるわ」
「見て見て! あれ、葡萄坂通りの素材屋さんそっくりだわ! ほら、店番のおじさんもそっくりよ!! モデルにされてたんだ! うけるー!」
「おお! あの屋台で売ってるの、ロータン海老の鬼殻焼じゃね? 一回、食ってみたかったんだよ! おっちゃん! 1皿ちょうだい!」
普段、ゲームの中で見かける光景とそっくりな街並みに、英雄たちが興奮して、いちいち駆け出しそうになっては、職員に止められていたのだ。
グレンもまた、よく武器の強化を依頼しにいく鍛冶屋を見つけた時には思わず駆け出しそうになった。何度も何度も強化に失敗し、高額な強化素材を無駄にされた恨みを晴らしにいくためだったが。
何人も職員が配置されていたのは、なにも英雄たちを止めるだけではなかった。
「おお、英雄ご一行様だ。新しい英雄殿が召喚されてきたようだぞ!」
「英雄様方! どうか、お願いします。東のオークどもの帝国を蹴散らしてください。私のっ、私の息子のかたきを……うぅっ」
「英雄のお兄さん方~、ウチのお店寄っていきません? いっぱいサービスしますよ~」
「へへっ、見てくだせぇ、この豪華なアミュレット。こいつは、とんでもねぇ魔力が込められてまして。世界をお救いくださる英雄殿には、特別にお安くしときますぜ?」
「いよぉ、アレックス、アレックスじゃないか。おめぇ、生きてたのか。なぁ、再開を祝して乾杯といこうじゃねぇか。もちろん、お前さんのおごり……ちょ、なんだあんたら!? は、離せよ!」
移動してゆく英雄の一行を目にした街の住人たちもまた、次々と話しかけてきたり、近づいてくるのだ。
多くの者は遠巻きに見守っているだけだったが、中には、なんとかして英雄とお近づきになろうと、周りを固める職員を押しのけるようにしてまで近づいてこようとする者もいた。今も、グレンに歩み寄ってきていた酔っ払いが、研究所職員に羽交い締めにされ、どこかへ連れ去られていくところだ。
「なんだかちょっとした芸能人の集団みたいで悪い気はしないですねぇ」
英雄の中の誰かがそう呟いた。
「この世界の住人にとって、皆さんはまさに『世界を救う英雄』そのものなんですよ。比較的平和なこの央都でも、皆、何かしらの不安を抱えて生きているんです。ドラゴンがほんの気まぐれに飛来しただけで、この街も壊滅してしまう。今日と変わらぬ日が、明日もやってくる保証などどこにもないんだということを、この世界の住人は嫌と言うほど知っているんです」
一行を案内しながら、いつになく真剣な表情でそう語っていたアンナが、さあ着きましたよと歩みを止めた。
見ると目の前に、木造二階建ての大きな店が建っていた。
「ここが、いわゆる冒険者の店です。一階が酒場で、二階が宿屋になってるんですが、今日はうちの貸し切りになってるはずです。とりあえず、中に入ってみましょう」
アンナに促され、ぞろぞろと店の中に入っていくと、中は思った以上に広い空間が広がっていた。所々に大きな柱があるものの、ちょっとしたホテルのロビーくらいはあるだろうか。100人くらいは余裕で収容できそうである。
中には系統の違う3組の集団がいた。それぞれ20~30人くらいはいるだろうか。各集団ごとで固まって、英雄たちを値踏みするかのように静かに見つめていた。
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