第13話 魔法使いの少女①

(はぁ……気が重いな)


 暗い表情を浮かべつつソファーに腰を下ろしたグレンの口から、何度目かわからないため息がこぼれる。


 先ほどの訓練場破壊事件から30分ほど時間が経っただろうか。訓練用人形を破壊したグレンと、試験場の壁に大穴を空けた魔法使い風の少女は、共に今いる部屋へと連れて来られていた。二人をここへと連れてきたエレノアが「所長を呼んでくる」と言い残し去っていったことから、どうやらこの研究施設の所長の部屋に案内されたようだ。


 それなりの広さはあるものの、応接セットと執務机、たくさんの資料の入った本棚がいくつか並べられただけのシンプルな部屋で、この部屋の住人は豪華さより機能性を重視するタイプだというのが見て取れた。


(なんだか、学校の生徒指導室みたいな雰囲気だな……)


 機材を破壊した負い目からか、そんな印象を抱いてしまい、またしてもため息を漏らしてしまう。


(それにしても……)


 グレンは部屋を見渡していた視線を、隣に座る少女へと向けた。


 一目で魔法使いとわかるような装いの少女は、鍔の広い大きめの魔女帽子を取ろうともせず、一心不乱に手にした魔導書を読みふけっていた。

 部屋に案内されてからずっと、まるで部屋には自分しかいないかのように、グレンの存在は完璧に無視されていた。居心地の悪さに何度か当たり障りのないことを話しかけてはみたものの、少女の視線が手にした魔導書からグレンの方へと向けられることは一度としてなかった。

 意地悪で無視している、というより、魔導書を見ることに夢中で、話しかけられていることにすら気付いていない、そんな印象だったので、グレンもそこまで隣の少女に対して悪い印象を抱いているわけではなかった。


 改めて少女を観察してみる。格好や、訓練場での様子を見るに、間違いなく魔法職、それもかなり高レベルな魔法使いであることは想像出来る。年齢的にはおそらくグレン達と同じ、高校生くらいであろうか。帽子から流れ出る長い黒髪は、夜の空を思わせるような藍色を帯びており、しなやかに腰の辺りまでまっすぐ伸びていた。

 帽子の陰になり表情は読み取れないものの、訓練場に大穴を開けた後とは思えないほど落ち着き払っており、大人びた印象を受ける。

 この部屋に案内される途中、隣り合って歩いていたが、女性にしては背は高い方だ。あと、体型がわかりにくいゆったりしたローブを着てもなお、はっきりとわかる胸の膨らみに、慌てて目を逸らしたことを思い出すグレンであった。


(会話して交流を深める……って雰囲気じゃないよな、これは)


 軽いため息をつき、話しかけるのを諦めようとした時、ふと、彼女の読んでいる魔導書のページに目が止まった。


「あれ? もしかしてヴァルヴェインの【炎嵐ブレス】の魔法陣?」


 その魔法陣には見覚えがあった。グレンがゲームの中で何度も討伐チャレンジした『ヴァルヴェイン』という名のドラゴンが、炎のブレス攻撃をする時に出現する魔法陣だった。

 普通、ゲーム内のエフェクトまで気にするプレイヤーなどそういないのだが、このドラゴンは『七炎』という二つ名が示すとおり、7種類の火炎ブレスを吐いてプレイヤーを翻弄してくる。

 特に注意しなければいけないのが、放射状に広がる炎と、高火力の球状の炎の塊を吐き出す時で、まったく同じモーションでブレスを吐いてくる。事前情報から、どちらのブレスが来るかがわからない上に、それぞれのブレスで対処法を変えなければいけないという攻略難度の高いドラゴンだった。


 炎のブレスが放たれるほんの数瞬前に、口の前に現れる魔法陣のわずかな差を読み取ることで、どちらのブレスが放たれようとしているのかを見極めることが出来た。

 この二種類のブレス攻撃を瞬時に判別することが、ヴァルヴェイン攻略に必要不可欠だったため、この魔法陣はグレンの脳裏に焼き付いていたのだった。


(ゲーム内の魔法陣なんて数パターンくらいしかないのが普通なのに、『エルナリードオンライン』は魔法の数だけパターンがあるんじゃないかって言われるくらい大量にあったからな。今思えば、こっちの世界で存在してる魔法陣をそのままゲームに取り込んでいたから、あんなにたくさん種類があったわけか)


 何度もブレスの魔法陣を読み間違えて黒焦げにされた苦い思い出が蘇りかけた時、いつの間にか魔法使いの少女がジッとこちらを見つめていることに気付いた。


「な、なに?」


 言葉を発するでもなく、ただただ見つめられていたので、思わず聞き返すグレン。無表情で何を考えているのかわからないが、わずかに目が見開かれているような気がしたので、もしかしたら驚いているのかもしれない。


「魔法陣……好きなの?」


 魔法使いの少女の声は、見つめ合ってる状態でさえ聞き逃してしまいそうな、か細く小さな声だった。


「あ、いや、好きっていうか……。たまたま、その魔法陣だけ、ゲームの中で何回も目にする機会があったから覚えてただけだよ。外側の円周に書かれた魔法文字が別パターンの魔法陣がもうひとつあって、それによって炎の形状が、扇状になるか球状になるかが決まるんだよね。だから、外側に書かれてる魔法文字は形状を決めることが書かれてるのかなって検証したことがあるんだけど、そもそも文字なのか模様なのかも判別できないものだったから、ただのフレーバー的なものかなって。でもまぁ、こうやって魔法だけじゃなく、モンスターが使ってくる特殊な技能にまでいちいちエフェクトが作られててすごいゲームだなって思ってたけど、実在する異世界の――」


「……違う」


 やっと掴んだ会話の糸口を逃すまいと、矢継ぎ早に話を進めていたら、遮るように否定の言葉が飛んできた。今度は先ほどよりは少し声が大きくなっていた気がした。


「外側に書かれてるのは、魔法によって発生させた風のベクトルを決める関数。広範囲に広がるように吹かせるか、一点に圧縮するように吹かせるか。そもそもこの魔法陣自体、炎に関する記述は一切書かれてない。この魔法陣を使用していたドラゴンは、自分が吐いた炎を風の魔法を利用することで制御していたのよ」


 今までの沈黙が嘘のように、少女の口から魔法陣に関する知識がスラスラと紡がれていった。


 か細い声は相変わらずだが、そこには明らかに、何かに熱中する者特有の”熱”が籠もっていた。

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