第11話 意外な4人目
「あれ? あの子は……」
男と揉めているのは、フルダイブテスト会場で、見覚えがあるなと気になっていた少女だった。髪型がセミロングから、ポニーテールに変わっていたので、今まで気付かなかったようだ。
「……あの子も、召喚されてたのか」
「どうしたの、グレン? あれ? 何か揉め事かなぁ?」
「なぁ、ユウ。あそこにいるポニーテールの子。見覚えないか?」
「ん? あっ、確かに見覚えがあるね。えーっと、確か彼女は……」
ユウが記憶をたどっている間にも、先ほどアンナにロベルトと呼ばれていた男が、馴れ馴れしく少女に迫っていた。どうやら、自分たちのチームに少女を勧誘しようとしているようだった。
「俺さ、実はプロゲーマーなんだよね。知ってる? エグザムってパソコンメーカー。あそこがスポンサーやってるチームの一員でさ。この前実装された高難易度ダンジョンを世界最速クリアしたのも、うちのチームなんだぜ。な? その辺の連中と組むより、俺と組んだ方が絶対頼りなるって」
ポニーテールの少女は迷惑そうに断っていたが男は意に介さず、勧誘なのか自慢話なのか判断に困る内容を延々と話し続けていた。
「ゲーム配信とかもしててさ。ロベルトチャンネルって知らない? 結構登録者数も多くてさ。その筋じゃ有名人なんだよね。今後収益化もしていくしさ、今から仲良くしてるといろいろ得すると思うぜ」
「私、そういうの興味ないんで……あの、本当に迷惑なのでやめてください」
「ほらそう遠慮するなって。スキルの使い方も俺が手取り足取り教えてやるからさ。さっさとアンナちゃんの所に行ってチーム登録しようぜ」
なかなか首を縦に振らない少女に業を煮やしたのか、少しムッとした男が少女の腕を取り、強引に引っ張っていこうとした――その時、
「いたいた、ここにいたのか。
二人の間に入るようにグレンが割り込んだ。
「えっ!? 春期講習……?」
「しばらくぶりだね、
「予備校って……あっ! え、えーと、加賀見くんと北条くん?」
最初は戸惑っていた少女だったが、二人のことを思い出したのか、グレンたちの現実での名前が出てきた。
どうやら自分たちのことを覚えていてくれたようでほっとするグレン。小芝居をうちながら割って入ったものの、自分たちのことを分かってもらえなければ格好がつかないところであった。
「悪いな、ロベルトさん……だっけ? 見ての通り、俺たちリアルの知り合いでさ。一緒に遊ぶ約束してたんだ」
「あ? なんだ、お前。後からしゃしゃり出てくるんじゃねーよ」
邪魔されたことにイラつき、すごんでくる男に向かって、ふんわりとした口調でユウが語りかける。
「ロベルトさんって、チーム『ペーネロペー』のロベルトさん?」
「おっ、なんだ、俺のこと知ってるヤツがいるじゃん。な? 有名プロゲーマーだって言っただろ? こんなやつらと一緒に遊ぶより、俺のチームにいた方が絶対いいって」
尚も食い下がってくる男を見つつ、グレンがユウに語りかける。
「ロベルト? 『ペーネロペー』にそんな奴いたっけ?」
「あれ? グレンは知らない? この前、1軍に別のプロチームから引き抜かれた選手が入って来たでしょ。その影響で1軍の選手が一人2軍に落ちて、その落ちてきた選手に押し出されるように、2軍から外された人の名前がロベルトだったはずだよ」
「あぁ、思い出した。サブチームの攻略配信の時、ボスキャラの技が避けられなくて何度も食らってたら、仲間にキレられて公開説教されたっていうあの伝説の配信の……」
「そうそう、その生配信で公開説教されてたのが、このロベルトさん。有名人だよ?」
グレンとユウのやりとりを聞いて、遠巻きに様子をうかがっていた者たちからクスクスという笑い声が聞こえてきた。
「なっ、よ、余計なことまで知ってやがって……。あ、あれはたまたま風邪気味で調子が出なかっただけで、いつもは俺がサブチームを引っ張ってだな……あー、クソ、もういいわ、めんどくせぇ。せっかく声かけてやったのに、あとで仲間になっておけばよかったと後悔してもしらねぇからな」
さすがに雲行きが怪しくなってきたこともあり、怒りからか羞恥からかは判断がつかないが、顔を真っ赤にしながらロベルトと名乗る男は去って行った。
「やれやれ、行ってくれたか。毎度、ユウの記憶力には助けられるな」
グレンがホッと一息つく。ゲーム内では好戦的で知られるグレンだが、人同士の争いごとは出来るだけ避けたい性分なのだ。
「あの、助けてくれてありがとうございました。えと、加賀見くん、ですよね? それとそちらは、北条くん、で合ってましたか?」
やれやれと安堵しているところで、ちょうど、その少女が二人に話しかけてきた。
「そうそう。予備校の春期講習以来だね、
春休み。駅前にある予備校の特別春期講習。高校の新2年生を対象にしたその教室には、苦手教科の克服や来年の受験に備えた基礎固めなどを目的に、近くの高校から何人もの生徒が参加していた。
元々ユウがその予備校に通っていたこともあり、グレンはちょうど良いからと親に半ば無理矢理通わされることになったのだ。
その教室でトップの成績をユウと競い合っていたのが、目の前にいるポニーテールの少女、
その頭の良さもさることながら、容姿の方でも彼女は注目を浴びていた。
テレビなどで目にするアイドルたちよりも可愛いのではないかと噂されるほどで、中学時代はファッション誌の読者モデルをやっていたという話も予備校の教室内で囁かれていたほどである。
そんな何かと噂の絶えない彼女であったので、グレンがフルダイブテスト会場で彼女を見かけたときに見覚えがある気がしたのだ。
「それにしても……
「それは……予備校の教室で、よく加賀見くんと北条くんが、ゲームの事を楽しそうに話してるの見かけてたからで……。あ、本名でずっと呼び合うのは、良くないですよね……私のことはゲーム名で、えっと、『アイリス』と呼んでください」
「あぁ、それもそうだね。じゃあ俺のことは『グレン』で」
「ボクは本名と一緒で『ユウ』だよ、よろしくね。あともう一人、仲間がいるんだけど……おーい、シア。隠れてないで、こっちおいでよ」
ユウが、少し離れたところにある柱の陰で様子をうかがっていたシアを呼び寄せる。おどおどと巣穴から出てくる小動物のような動作でシアが側にやってきた。
「……さっきの怖い人、もう行っちゃった?」
グレンの背中に隠れるような立ち位置にくると、そうグレンに話しかけてきた。
「怖い人? あぁ、ロベルトとかいう奴? あいつなら捨て台詞吐いて向こうに行ったよ」
「そっか、よかった……。あ、初めまして。お兄ちゃん……じゃない、グレンとユウの仲間で、シアって言います」
ぺこりと音が鳴りそうな勢いでお辞儀をするシアを見て、アイリスも思わず笑顔が零れる。
「よろしくシアさん。えと……妹さん?」
「よく言われるが違うよ。幼稚園の頃からの幼なじみさ」
グレンがそう答えると、シアがおずおずと聞いてきた。
「あの、アイリスさん、ってもしかして……。ファッション誌で読モとかやってませんでした? ポッシュキャットっていう雑誌なんですけど……」
「あ、あー……あれは、そのぉ……えーっと……中学の時に、少しだけ……やってた……かも?」
「あーっ、やっぱり! AyAyAさんですよね! 私、すごいファンだったんですよ!」
「しっ、しーっ! シアさん、落ち着いて。あ、あれは、私の叔父が雑誌のカメラマンをやってて……。急にモデルの子が来れなくなったからって、私が無理矢理引っ張り出されただけなんですよ。なし崩し的にしばらくモデルをやらされることになっちゃったけど、すぐに引退しましたし……私的には黒歴史なんで、どうか内緒で……」
目をキラキラさせて興奮気味のシアを、アイリスが慌てて止めに入る。
グレンもアイリスが読者モデルをやっているという噂は聞いたが、シアの様子を見るに、思った以上に有名だったようだ。
「はいはい! 楽しそうなところ悪いですけど、あと登録出来てないのグレンさん達だけですよー」
ちょうどそこに、先程まで人混みにもみくちゃにされていたアンナがやってきた
。
「えーっと、グレンさん達はいつもの3人、と。それと、アイリスさんでしたっけ? 貴方が加わって4人チームってことでいいんですか?」
「あ、えっと……私は、その」
言い淀んでいるアイリスを見て、グレンは、そういえば絡まれているのを助けるために一緒にチームを組むような流れの話をしたが、本当に組むかどうかは言及していなかったことに思い至った。
「なんかなし崩しになっちゃったけど……せっかくだし一緒にチーム組まないか?」
「ボクも賛成、もちろんアイリスさんさえ良ければだけど。それにまた、さっきみたいなのが絡んできても面倒だろうしね」
「私も賛成! というかむしろこっちからお願いして来て欲しいくらい! ゲーム内だと女の子の知り合い、なかなか出来ないんだもの」
三人から歓迎の意思が示され、どこかほっとしたような表情を浮かべたアイリスは、丁寧にお辞儀をしながら答えた。
「じゃあ、お言葉に甘えて……よろしくお願いします」
「では、グレンさん、ユウさん、シアさん、アイリスさんの4名で登録しますね。他の皆さんが早くテストさせろって騒いでるので、急いで移動しますよ。着いてきてくださいー」
アンナが手にした書類にいろいろと書き込むと、早く早くとグレンたちを急き立てる。
いそいそとアンナに着いていきながら、グレンは、これから始まるテストのことで頭がいっぱいになりつつあった。
――ゲームのスキルが実際に使用できる。
軽く遊んでいるカジュアル層ならともかく、自分のようなどっぷりとやり込んでいるコアゲーマーであれば、興奮しないわけがない。
ゲームの世界に入り込んで遊ぶという、子どもの頃に想像した夢物語が、今、まさに実現しようとしていた。
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