第10話 訓練ブース
「さぁ、着きましたよ。ここが皆さんの適性を診断する訓練ブースです」
アンナに案内されて通された部屋。そこは建物の2階分を吹き抜けにした巨大なホールだった。どこかボーリング場やバッティングセンター、海外の射撃練習場などを連想させる作りになっていた。
一方にはブースを仕切る金網、20mほど離れたもう一方に、自動車の衝突実験に使われているようなダミー人形が太い支柱に支えられ立たされていた。その傍らで、白衣や作業着姿の職員らしき人々が多数、忙しそうに行き来している。
「……ここはまた……異世界らしくない部屋ですね」
「あはは、よく言われます……。この異世界研究所は、皆さんの世界の科学技術を研究したり、魔法などを使用して再現できないか試したりする研究所としての側面もあるので……。この建物内に関しては、皆さんが想像する異世界というよりは、近未来の方が近いかもしれないですねぇ」
誰かが思わずこぼした声に、アンナが言い訳っぽく答える。
『あー、聞こえているかな、英雄諸君。聞こえていたら右手にある壁の2階部分に注目してくれ』
部屋に入る直前に別れたエレノアの声が、ホールのあちこちに設置されたスピーカーから聞こえてきた。言われた方向に目をやると、ホールの2階部分に大きな窓があり、ガラス越しにマイクを持ったエレノアの姿が見て取れた。
『今から君たちには、魔法や戦技といったスキルを、そこの人形に向かって使用してもらう。その様子をこちらのモニタールームで観測しデータ化することで、君たち一人一人の英雄としての適性、ゲームでいうところのレベルの高さを計ることになる』
「魔法や戦技のスキル、って言われても……」
エレノアのいきなりの宣言に困惑が広がる。お互い顔を見合わせたりしつつ、それぞれが戸惑いを口にする。
「俺たちまだ使い方も教わってないんだぜ?」
「これから使い方をレクチャーしてくれるんですか?」
「あ、そこは心配しなくても大丈夫です」
ざわつき始める一行をなだめるように、アンナがすかさず説明に入る。
「皆さんの今の体である強化ホムンクルスには、製造された段階で魔法や戦技の知識などがインプットされています。この世界に召喚された時、皆さんが普段ゲーム内で使用しているアバターと同じスキルが、使用できるホムンクルスに定着する仕組みになってますので、レクチャーなど受けなくてもゲーム内で使用するのと同じ感覚で戦闘を行うことができるはずです」
『自転車などにも言えるだろう。一度乗れるようになれば、何年も乗っていなくても身体が覚えているものだ。それに実際に走り出す時、わざわざ頭で、右足に力を入れ下まで漕いだら次に左足に力を入れ、なんて考えながら乗る者はいないだろう。自転車に乗ろうと思えば、自然と身体がそのように動く』
アンナの説明を補足するエレノア。
『これから行う模擬戦闘でも同じだ。どうすればスキルが使えるのかを考えるのではなく、どうすればより高いダメージを出せるのか。そこに集中するようにすれば、身体が勝手に動いてくれるはずだ。君たちのような廃プレイヤーなら、普段から嫌と言うほどゲーム内でやってきていることだろう?』
「とはいえ、皆さんは、まだ召喚されて間もないので、肉体と精神体がうまく適応出来ていない状態です。強化ホムンクルスには超人的な身体能力や、高レベルのスキル類がインプットされてますし、この訓練ブースには魔法や戦技といったスキルが発動しやすいようにマナ濃度が高められていますが、実際に使用出来るのはゲームでいうと50レベル帯までのスキルだと思っておいてください。コツとしては普段から使い慣れている魔法や戦技を選択するのが一番成功しやすい、というデータが出ていますので参考にしてくださいね」
半信半疑の表情の一行。参考にしてください、と言われても、これからやろうとしているのは本人達にとっては全く未経験の事柄である。
ゲーム内では毎日のように数えきれないほどスキルを使っているのは確かだが、コントローラーのボタンを押すだけで使用できるのと、実際に武器などを振るうのとではあまりにも違いが大きすぎる。
「まぁまぁ、戸惑うのも無理はありませんが、とりあえずチーム分けを――」
アンナがそう言いかけた瞬間、
『ドゴーン!!』
爆発音と共に、あちこちで悲鳴が響き渡る。
「おおっ! すっげぇ!! マジでスキルが使えるぜ、これ!」
「ちょっ、ちょっと、ロベルトさん! まだ調整中で職員が人形の側にいるんですよ! 合図するまで攻撃しちゃダメですってば!」
「え? あぁ悪ぃ悪ぃ。でもアンナちゃん、今の見たでしょ? いやぁ自分で言うのもなんだけど、俺ってやっぱすげぇわ。こういうの、感覚で出来ちゃうんだよねぇ。やっぱアレ? いわゆる天才ってやつ? わははははっ」
どうやら召喚者の中から一人が先走って、訓練用人形に戦闘スキルを放ったようだった。幸い、怪我をした者はいなかったが、そのあまりに危険な行為に、あからさまに非難の目を向けてくる職員もいた。
当の本人はまったく意に介していない様子だったが。
「えっ? ホントに使えたの?」
「今のどうやったの? やり方教えてもらえません?」
「アンナちゃん! 俺もやってみていい? ここに立って遠距離技使えばいいんでしょ!?」
「も、もう皆さん! 落ち着いて! まずはチーム分けを……ちょっとそこ、勝手に武器を構えないでくださいー!」
半信半疑だった者たちも、実際にゲーム内のスキルが使えるの間近に見たことで目の色が変わり、我も我もと訓練ブースに殺到しようとした。それを慌ててアンナと職員が押しとどめる。
「と、とにかく適当に4人でチームを組んでください! テストはそれからですぅ!」
人波に溺れながら、アンナの悲痛な叫びが訓練ブースに響き渡った。
「すごいな、ホントにゲームの技が使えるみたいだ……」
グレンたちは、その様子を少し離れた位置から見ていた。グレンの位置からだと、先ほどの実際に戦闘スキルが発動した瞬間もよく見ることが出来ていた。
腰を落とし、耳の横の位置に水平に構えた剣から標的に向かってまっすぐ放つ突き。その剣先から放たれる一条の光線。
ゲーム内で頻繁に使われる光属性の遠距離戦闘スキルだ。基本的な技だし、グレンも似たような技を何度も使ってきたが、それが本当に使用できるとなるとゲーマーとしての血が騒ぎ興奮を抑えられなくなる。ユウとシアの目がなければ、自分も訓練ブースに走り出していたかもしれない。
そんな様子を見透かしたかのように、シアがたしなめるように声をかけてきた。
「だめだよ、お兄ちゃん。先にチーム分けするみたいだから」
「4人で一組みたいだね。ボクたちは3人だから、誰か一人、適当に誘ってみるかい?」
ユウに促され、グレンがどうしようかと思案していると、
「いえ、本当に結構です……」
「まぁまぁ、どうせ一人なんでしょ? 悪いことは言わないからさぁ」
先ほど、先走って戦闘スキルを使用していた男が、ひとりの少女となにやら揉めている声が聞こえてきた。
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