第8話 ミーティング
「えっ、ユウくん!? どうしたのその格好? いつも通りといえば、いつも通りだけど……その、なんか……胸が……。それにさっき、すごい悲鳴が女子更衣室まで聞こえてきたけど……。あと……なんだか二人とも顔が赤くない?」
『い、いやぁ……ははははは』
再会したシアの疑問に、乾いた笑いで返すしかないグレンとユウ。
「それに、ユウくん、声もゲーム内みたいに女性の声質になってるね。うん? でも、これはゲームのテストプレイ中だから、普段女性アバターを使ってるユウくんはそれで合ってるの……かな?」
あの後、ユウの悲鳴を聞きつけ、外で待機していたアンナが更衣室に飛び込んできたのだが、そのアンナですらユウの状況に驚いていた。何故、ユウの体が女性化していたのか、アンナでも見当がつかなかったのだ。
「可能性としては確かに……いやでもそんなことが……」
などと独り言をブツブツと言いながら、放心状態のユウに肩を貸し、なんとかミーティングルームまで連れてきてくれた。
そのアンナも今は準備があるからと、部屋をあとにしている。
案内されたミーティングルームは、学校の教室2つ分くらいの広さはあるだろうか。パイプ椅子のような簡素な椅子が4、50人分くらい並べられており、その中にグレンたちを含め30人ほどの人物がたむろしていた。
2、3人で固まって椅子に座り何やら話し込んでいる20代半ばくらいの男女、一人で壁に寄りかかって立ち尽くしている中年男性など、性別や年齢層は様々だったが、その誰もがグレンたちと同じように、ゲーム内でよく見かける装備品を身につけていた。
戦士風や魔術師風と違いはあれど、誰もが皆、不安と期待が入り交じった表情を浮かべていた。
「ここにいる人たち、みんな、今回のテストプレイヤーの人たちなのかな?」
もの珍しそうにシアがルーム内を見渡す。そう言う彼女は分厚い鉄板で全身を覆ったフルプレートメイル姿だった。傍らに身長より長い
「シア、それ、重くないのか?」
「うん、それが……重さも感じるしゲームとは思えないくらいリアルなんだけど……ちゃんと持てるし、この重さが逆にしっくりくるというか……」
シアも不思議に思っているようで上手く説明できずにいるようだった。見た目だけが金属っぽいだけの、軽い素材で出来ているのかとも思ったのだが、どうやらそうではないらしい。
質問したグレン自身も、重い鎧や剣を不自由なく装備出来ている自分を不思議に思っていた。シアほどではないにしろ、今グレンが身につけている装備を現実の自分が身につけていたら、重さでまともに動けなかっただろう。
「それになんというか……シア、身長低くなってないか? いや、ゲーム内のアバターの身長になってるといえばその通りなんだけど、なんというか……小学生?」
「ううっ、やっぱり身長縮んでるんだ……。ゲームの中だと、そういう種族を選んでるから気にならなかったけど……。自分の顔や姿で身体が縮んでるのを見ると、ちょっとショック……。せっかく中学生になって身長が伸びてきてたのに……」
現実の身体の背の低さにコンプレックスを持っていたシアが、涙目になりながらしゅんとしてしまう。
シアの身長といい、ユウの性別といい、現実に起こっているものだと考えるには、いろいろと違和感がある。やはりこれは現実ではなく、高度なVR技術で再現されたゲームの世界なのでは、という気もしてくる。
だがそれにしては、各々の顔だけはゲームのアバターのものではなく、現実の顔と同じになっていることが気にかかる。
そうやってグレンが今の状況をいろいろと考えていると、突然、聞き慣れた明るい声と共にアンナが部屋の中に入ってきた。
「テストプレイヤーの皆さん! お待たせしましたー! さぁさぁ、空いてる席に座ってください。これからミーティングを始めちゃいますよー」
そう言って、ミーティングルーム前方に置かれた教壇のような場所に立つ。どこか気の抜けたアンナの声に促されて、部屋にいた者たちが思い思いの席に座っていく。
グレンが席に着こうとしたとき、アンナの傍らにもう一人、白衣を着た女性がいることに気づいた。
年齢はアンナと同じくらいだろうか。髪を頭の後ろで纏め上げ、黒縁のメガネをかけている。女医に見えなくもないが、医学生と言った方がしっくりくるだろう。
にこにこと明るい笑顔を浮かべているアンナとは対照的に、眉間に皺を寄せ、終始難しい顔を浮かべている。手に持った分厚い資料に時々目を向けつつ、何事かを考え続けている様だった。
「みなさん、席に着きましたねー? オホン、それでは、今みなさんが思っているであろう疑問に、これからゲームマスターであるこのアンナさんがお答えしていきたいと思います! はい、はくしゅー」
自分で、わーと歓声を上げつつ拍手をするアンナ。申し訳程度にぱちぱちと拍手が返ってくる。アンナの空気の読めなさ加減はゲーム内でも有名な話だが、ここでもそれは変わらないようだ。
「えー、まずは、エルナリードオンライン、フルダイブシステムのテストプレイに合格おめでとうございます! みなさん、今、驚いていらっしゃると思いますが、今回の新システムでは、現実と見分けがつかないほどのリアルさでゲームを楽しむことが――」
「ストップ」
アンナの隣で黙っていた女性が凜とした声で割り込んできた。
「アンナ。その説明マニュアル、いつ更新した?」
「え? 更新? なにそれ? 私、ずっとゲームサポート課にいて、今回初めてこっちに来たから何のことかわからないんだけど?」
「なるほど、入所した当時のマニュアルってことね……。そのマニュアルは召喚者たちとの信頼関係を築く上で問題があるとして、2ヵ月前に更新されたはずよ。サポートスタッフには全員に通達があったはずだけど?」
「あー……なんか2ヵ月くらい前に、難しい内容の長文メールが来てるなぁとは思ったけど、あれのことかなぁ、あははははぁ…………う……ごめん、読んでなかった……」
「……まったく、呆れるわね。急な配置転換なのは同情するけど、ゲームと違ってここはシビアなの。いい加減、気持ちを切り替えなさい」
「うう、ごめん、エレン」
「勤務中はオルレット博士です。もういい、私が説明する。あなたは下がってて」
「そんなぁ……徹夜して覚えたのにぃ……」
怒られた子犬のようにしょんぼりしたアンナを傍らに押しのけつつ、白衣を着た女性が代わりに教壇に立った。
「失礼、いろいろと不手際があったわ。私はここの研究員で、召喚課の課長を務めるエレノア・オルレットといいます。以後、よろしく」
先ほどのアンナのものとは打って変わって、事務的な挨拶がされる。どこか緩みがちだった部屋の空気が、一気に引き締まった気がした。
「早速だけど……ここにいる皆は、エルナリードオンラインにおけるプレイヤーキャラクターの設定。どういうものか知ってるかしら?」
「ああ、知ってるぜ。俺、設定マニアだから資料集とか暗記するくらい読み込んだことがあるんだ」
重装備で大剣を傍らに置いた20代半ばくらいの男性がすかさず答えた。
「エルナリード、この世界の名前だよな? このエルナリードにおける人類は、万物の霊長とはほど遠く、亜人種や魔族との長年の生存戦争で疲弊し、大陸の辺境に追いやられ滅亡の危機に瀕してた。そこで魔術師たちが考え出したのが、筋力や魔力を増強した人工生命体、ホムンクルスを大量生産し、それに異世界の住人たちの魂だけを召喚、憑依させ戦ってもらうという方法。召喚者たちは戦場で死んでも、また新しいホムンクルスに憑依し復活することが出来るので、戦闘経験を積むことでどんどん強くなり、最終的には魔族や竜種とも対等に戦えるようになる。俺たちプレイヤーは、その魂だけ召喚された異世界の住人っていうわけ。どうだ? 合ってるだろ?」
「その通り。さて、そこまで分かってるなら話は簡単だ。今、聞いたゲームの設定。それがそのまま、現実に起こっていると考えてくれればいい」
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