第7話 親友の変化

 更衣室はグレンが目覚めたホールから、少し歩いたところにあった。

 スリッパを履いてアンナについていくグレン。廊下を歩きながら周りを観察してみたのだが、病院か研究施設と思われる建物の質感といい、目の前を歩いているアンナの様子といい、どう見ても本物にしか見えなかった。


「さっ、ここが男子更衣室になります。グレンさんの名前が書かれたロッカーに着替えと装備品を用意してますので、それに着替えたら更衣室奥の扉から先に進んでください。その先がミーティングルームになってますので」


 それじゃあ向こうで待ってますね、と言い残し、アンナは歩き去ってしまった。


「なにがどうなってるんだか……」


 いろいろ混乱続きではあるが、このままここにいても進展はなさそうなので、意を決して更衣室に入ってみることにした。 


「あっ、グレン!」


「ユウ! よかった、無事だったか」


 中に入ると同じようなシンプルなデザインの検査着を着たユウがいた。

 部屋の中は二十畳くらいの広さがあり、大きめのロッカーが壁をぐるりと囲むように置かれていた。


「美結……じゃない、シアは? 一緒じゃないのか?」


「うん、シアとは一緒のホールで目覚めたんだけど、ここに移動してくる途中で別れたんだ。今は女子用の更衣室にいるはずだよ。あの子も無事だから安心して」


「そうか、それならよかった。……それにしても、どうなってるんだこれは? 俺たち、駅前のビルでフルダイブシステムのテストプレイをしてたんだよな? まさか、これがフルダイブシステムの中ってことなのか?」


「どうなんだろ……。確かに、さっきのホールのカプセル群といい、現実離れしてる感じはするんだけど。でも、フルダイブテスト中だとしても、こんなにリアルなものなのかな? 視覚も聴覚も触覚も、ボクには現実との区別がつかないんだけど……」


 五感のすべてをゲームに連動させるというのは、VRに慣れ親しんだゲーマー達が一度は夢見る技術である。だが実際にそれを目の当たりにすると、それが現実なのか、バーチャルなものなのかの判断が出来なくなる。


「とにかくいろいろ考えててもしょうがない。アンナさんが説明してくれるって言ってるんだし、とりあえず着替えをしてミーティングルームとやらに行ってみよう」


 グレンはそう言って目の前のロッカーを開けてみた。


「これは……」


 中にはゲーム内のグレンが普段身につけているものを、ほぼそのまま再現した服と装備品が収まっていた。


「わぁ、ゲームのアバターと同じデザインだね。ボクのはいつもの神官服だよ。こういうの見ると、ゲームっぽく感じるね」


「そうだな、鎧や剣も同じデザインだし」


 グレンの普段の装備品は、両手でも片手でも持てるように、持ち手の部分を長くしたバスタードソードと呼ばれる長剣と、カイトシールドという五角形の中型の盾。それに、動きやすさを重視し胸回りだけを装甲で覆った、いわゆるブレストプレートメイルと呼ばれるものだ。

 あとは、腕や足、腰回りにいくつかの装甲を付けていたが、それもちゃんと用意されているようだ。


 ゲームなら一瞬で着替えられるのにな、と思いながら着せられていた検査着を脱ぎ、用意された下着と服に手足を通していく。服はいいけど鎧を着るのは大変そうだな、と思い至ったところで、不思議なことに気づいた。


 グレンは当然のことながら現実世界で鎧を着たことなど一度もない。にも関わらず、今、目の前に置かれている鎧の着方が何故か分かるのだ。止め金の位置、装甲板を止めていく順番、着にくいポイントや着やすいコツなども……。


 もちろん、ゲーム内ではそこまで再現などされているわけもなく、初めて接する知識であるはずなのだが、まるで何十回、何百回と着替えをしてきたような感覚を覚えるのだった。


「なぁ、ユウ。お前の神官服、結構凝ったデザインだったけど、それの着方って………………んなっっっっ!!!??」


 気になったグレンが、隣で同じように着替えているユウに視線を向けた途端、有り得ないものが目に飛び込んできた。


「ん? どうしたの?」


 ちょうど検査着を脱いで一時的に裸になったユウが、隣で妙な声を上げたきり硬直してるグレンに視線を送る。


 グレンとは小学校からの親友であるので、今さら裸を見られたところでどうということはないのだが、そのグレンはというと驚愕の表情を浮かべたまま、ユウを見つめて固まっている。

 いや、より正確に言うと、グレンの視線はユウの顔ではなく、少し下の辺りを向いているようだった。そう、ちょうどユウの胸元辺りを。


「??」


 不思議に思ったユウが徐々にグレンの視線の先を追い、自分の胸元を見る。


「………………え?」


 そこには、普段の自分には存在していない、それなりの膨らみを持った、いわゆる女性のおっ――


「きっ、きゃぁーーーーーーーーーーーっ!!」


 甲高い声のユウの悲鳴に鼓膜をやられて、グレンは慌てて耳を押さえながら目を逸らす。

 グレンはこの時になってようやく、ユウの声がゲーム内でよく耳にする女性の声になっていることに気づいたのであった。

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