第6話 目覚め

 どこからか自分を呼ぶ声がする――


 その声に導かれるように、深い眠りの中から急速に意識が覚醒していく。


 異様な体のだるさを感じながら、うっすらと目を開けてみる。どうやら薄暗い円筒形のカプセルのような物の中で寝かされているようだ。

 暗さに目が慣れてきたので視線を体の方に向けてみる。いつのまにか病院の検診などで着る、浴衣やガウンのような検査着っぽい服を着させられていた。下着もどうやら脱がされているらしく、少し肌寒さを感じる。


(……あれ? 確かフルダイブシステムのテスト中だったはずだよな)


 一瞬、バーチャルの世界にまだいるのかとも思ったが、感覚があまりにもリアル過ぎる。顔を触ってみても、付けていたはずのヘッドマウントディスプレイはなくなっているし、手の質感は薄暗い中で見ても本物としか思えないものであった。


「グレンさん、聞こえますか? アンナでーす」


 自分が寝かされているカプセル状のベッドの外側から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あ、えっと、聞こえます。ここは、いったい? 確かフルダイブテストが始まって……どうしたんでしたっけ? それに、体が異様に重くて……上手く、身体が動かないんですが」


「あー、それは召喚酔いですね。精神体がまだ肉体に定着して間もないからですよ。すぐに良くなりますので大丈夫です。とりあえず、蓋を開けますね。まぶしいと思うので、少し目を閉じておいてください」


 アンナがそう言い終わると同時に、パシュっという空気が抜けるような音が狭い空間に響く。それとともに、目の前に細い光の線が縦方向に走った。

 寝かされていたカプセルの上面部分が左右に開いていっているようで、ゆっくりと光の線が太くなってゆくが、まぶしさで目を閉じてしまう。


「大丈夫ですか? 無理しない程度に、ゆっくり体を起こしてみてください」


 言われるがままに上体を起こしていく。徐々にまぶしさに慣れてきたので、カプセルの外の様子が目に入ってきた。


「……こ、ここは!?」


 そこは講堂や体育館のような広い空間だった。

 中央に進むほどに低くなる床は、すり鉢状の形状をしており、自分が寝かされていた同タイプのカプセルが、所狭しと階段状に並べられていた。ざっとみただけでも2、300はあるだろうか。

 SF映画などに出てくる冷凍睡眠装置のようなそのカプセルには、チューブやケーブル類がむき出しで何本も繋がれており、それらが床に無秩序に広がっていた。

 そのケーブル類の隙間を縫うように、白衣らしきものを着た者たちが計器をチェックしたり、何かしらの作業をしている様子が見て取れた。


「これは……ゲームの中? いや、でも……どう見ても現実の……」


 伝わってくる五感の感覚はどれもバーチャルなものとは思えない。それに、インターフェースの類いは何一つ装着していなかった。

 自分はテスト中になにか事故にでも巻き込まれて、この謎の施設のようなところへ運ばれたのだろうか。

 様々な可能性が思い浮かんでは消え、軽いパニックになりそうになってきた時、背後からアンナの声が聞こえてきた。


「ははは、混乱してますよね? まぁ、皆さん、最初はそんな反応になりますよ。無理もありません」


 アンナの楽しそうな声に振り向くと、ゲーム内と同じデザインの制服を来たアンナが、にこやかな笑顔を浮かべて立っていた。


「アンナさん……。えっ、本物?」


 技術の向上でCGの3Dモデルも高解像度化が進んだとはいえ、今、目の前にいる人物はどう見ても現実のものとしか思えなかった。

 ゲーム内で何度も見たキャラクターとよく似た、愛らしい容姿の女性がグレンの顔をじっと覗き込んできた。


「うんうん、バイタルデータ通り、異常はなさそうですね」


「ちょっ、顔……近……」


「あっ、ダメです、ちゃんとよく見せてください。うーんと、目もちゃんと見えてますよね。頬に触れてる私の手の感触、わかりますか?」


「は、はい、あっ、柔らかい……です」


「触覚も良好、っと。あれ? でもちょっと熱っぽい?」


 ゲーム内ではいじられキャラで通ってるアンナだが、こうやって間近で見るとかなりの美人だ。ましてや、唇が触れあうような距離で顔を覗き込まれては、思春期の男の子ならば体温も上がろうものである。


「だっ、大丈夫です! そ、それより! これ、どうなってるんですか? フルダイブシステムのテストですよね? まさかこれがゲーム内の世界だとでも? どう見ても現実のものとしか……」


「えーっと、その辺りを説明するにはちょっと時間がかかるので、とりあえず、落ち着ける場所に移動しましょうか。召喚に成功した他の人たちも、そろそろ移動し始める頃でしょうし」


「……召喚? 他の人?」


 そういえば、ユウやシアの姿が見えない。さっきまで、隣のベッドに寝ていたはずだが、今、グレンの隣にあるカプセルは閉まったままだし、開く気配もない。中で眠っているのだろうか――


「あ、お連れの二人は、別の召喚ルームで目を覚ましてるはずですので、心配しなくて大丈夫ですよ。じゃあ、まずは、更衣室の方に移動しますね。グレンさん用の服を用意していますので」

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