第5話 フルダイブテスト②

「聞こえてるよ。今日も元気そうだね、アンナさん」


「む、なんか微妙に馬鹿にされたような気がする。あ、いや、そんな事より……。コホン、えー、この度は新システムのテストプレイにご協力いただき誠にありがとうございます」


「急に真面目ぶっても全然似合わないよ」


「ちょっと! 茶化さないの! こういうのは形式が大事なんですっ。とにかく、テストのナビゲート役は私がやりますので、よろしくお願いしますね」


「アンナさんがナビゲーターかぁ。…………不安だなぁ」


「なんてこと言うんですか!? そりゃ新人の頃はいろいろポカもやらかしましたけど、最近じゃゲーム内イベントだって、そつなくこなせるようになってきたんですから」


「あれ? でもこの前のイベントで、ボスモンスターを間違えて街の中に出現させて、地獄絵図になった時のGMって、確か……」


「かっ、過去は振り返らず未来に目を向けましょう! いや、そうじゃなくて! もー、全然話が進まないじゃないですか!」


 その人懐っこさと、からかいがいのある性格とで、アンナは何人かいるゲームマスターの中でも特に人気が高かった。

 蓮たちより年上のはずだが、落ち着きがなく何かとドジをやらかすため、彼女がゲーム内イベントを担当する時は、プレイヤーたちは『イベント楽しむぞー』という雰囲気から『俺たちがしっかりしてイベントを成立させなきゃ……』という謎の使命感と一体感に包まれるのであった。


「はははっ、ごめんごめん。それより……今日は声だけなんだね? てっきり画面内にいつものアバターで出てくると思ってたんだけど」


「ええ、今日は召喚――っじゃなくってぇ! え、えーっと……フルダイブシステムの適合率の調査をメインとしたテストなので、私はモニタールームから指示を出すだけになるんですよ、あは、あははははは」


「ど、どうしたの、なんかすごい慌ててるみたいだけど……」


「なっ、何でもないです! ちょっと今、技術主任に視線だけで殺されそうなほど睨まれてますけど問題なしです!」


「そ、そう。なんだかわからないけど、がんばって……。で、俺たちはこのままこうやってベッドに寝てればいいのかな?」


「あ、はい。もうすぐこちら側の機材のチェックが終わるので、そうしたら本格的なテストが始まります。ふっふっふー、無事にテストが成功したらきっと驚きますよ~。楽しみにしててください!」


「それは噂のフルダイブに成功したらってこと? その言い方だと、失敗する可能性もあるみたいだけど」


「ああ、それは……私の勘ですけど、きっと大丈夫ですよ」


 楽しみにしていたゲーム世界へのフルダイブ体験が期待はずれに終わってしまうのではないか。そんな不安から、つい言葉に出てしまった蓮に、アンナが優しく語りかけた。それは母のような姉のような、年相応の大人の女性の優しさに満ちていた気がした。


「グレンさんたちはきっと成功する気がするんです。いつもゲームの中で楽しそうに、真剣に、一生懸命に遊んでる姿を見て『この人ならきっと大丈夫』って思ってたんですよ。だから私、テストプレイヤーの選考役に抜擢されたとき、絶対グレンさんたちには声をかけようって決めてたんです。だから……大丈夫です。きっと、きっと成功します」


「そ、そうなんだ。えっと、その……あ、ありがとう」


 普段とは違った雰囲気の、アンナの熱のこもった言葉に、戸惑いと照れくささを感じた蓮は思わずお礼で返してしまっていた。ヘッドホンからは何も聞こえてはこなかったが、何故かアンナが優しく微笑んでいるのが伝わってくるような気がした。


「あ、準備が出来たようですね。じゃあ、テストを始めさせてもらいますので、そのまま待っててくださいね」


 音声が切れると同時に、蓮は自分の鼓動が早くなっていくのを感じた。

 会場の状況からして今日は大したテストは行われないのかもしれないと過度な期待をしないようにしていたが、いよいよ始まるとなると否が応にも気持ちが高ぶってきた。


「それではテストプレイヤーの皆さん、これよりテストを開始させていただきます。これから幾つかの音声や、CGによるエフェクトが発生しますが、ベッドに横になったまま動かないようにしてください」


 個別の音声チャンネルからテストプレイヤー全員に聞こえるチャンネルに切り替わったようで、少し真面目なトーンに変わったアンナの声がヘッドホンから流れてきた。


「それでは――召喚シークエンス、開始」


 緊張した様子でアンナが宣言する。それを復唱するオペレーターの声がヘッドホンから微かに聞こえてきた。

 それとともに、寝かされたベッドに描かれていた魔法陣が淡く光り始める。光が強くなるにつれ、複雑な文様が描かれた魔法陣が徐々に熱を帯びていくような錯覚に陥る。

 ベッドだけではない。気がつくと、寝ている蓮を中心に複数の魔法陣が球状に展開されていた。それぞれの魔法陣が回転したり明滅を繰り返しており、その複雑さはとてもゲームのそれとは思えないほどのものであった。


 ヘッドホンから耳に入ってくる音にも変化があった。


「VR空間に魔法陣展開を確認、第2フェーズに移行」

「2番、5番、8番から11番の霊子パターンに変化なし。バイパス切断、記憶処理シークエンスに入ります、2、1、スタート」

「増幅炉に接続、マナ充填率98、99……複合魔法陣『カラビヤウ』、安定可動域に到達」


 大勢のオペレーターと思わしき声がいくつも聞こえていたが、それが徐々に遠くなっていく。いや、声が遠くなっているのではなく、強烈な眠気に襲われ、徐々に意識を失いかけているのだ。


 蓮はその眠気に必死に抵抗していたが、段々抗いきれなくなってきた。魔法陣の光で眩しいほどに感じていた視界も、いつの間にか真っ暗になっていた。聞こえてくる音も、大勢の人間の喧騒ではなく、優しい声が紡ぐ子守唄のようなものに変わっていた。


(なんだか……魔法の詠唱みたいだな)


 消えかけた意識の中で、そんな取り留めのないことを考えていた。

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