第4話 フルダイブテスト①

「蓮……場所、間違ってないよね?」


「ああ……一応、入り口の扉にも張り紙がしてあったぞ。コピー用紙に黒字のデフォルトフォントで『ネットゲームテスト会場』とだけ印刷されたものだったけど……」


 翌日。

 テスト会場だと指定された場所の前で、蓮、悠、美結の三人は戸惑っていた。

 駅ビルの7階にあるその場所は、中小企業の事務所や倉庫などがあるテナント階の一室で、普段は会議室やフリースペースとして貸し出されている場所だった。

 三人は、しばらくその場に立ち尽くしていたのだが、お互い顔を見合わせた後、無言で頷き合い、意を決して中に入ってみることにした。


「………………」


 中の光景を見て、思わず無言で立ち止まる三人。


 部屋の中は中規模の会議室くらいの広さがあった。テーブルや椅子は畳まれ部屋の角に積み重ねられており、代わりに簡易のベッドが10台ほど一定の間隔で並べられていた。

 それぞれのベッドの傍らにパソコンや機械類が備え付けられており、そこから伸びたケーブルがベッド上に置かれたヘッドマウントディスプレイに繋がっている。


「なんか……臨時の診療所や献血センターみたいだね……」


「お兄ちゃん。ホントに場所、間違ってないよね?」


 不安げな悠と美結に同時に話しかけられ、さすがに蓮も言葉に詰まった。

 最新技術のテストの場としては、あまりにも貧相だ。ゲームマスターのアンナから話を聞いた時は、てっきり運営会社の本社に招かれるのだと思っていただけに、現状とのギャップに落胆を隠せないでいた。


 もしかして、騙されたんだろうか。そう思い始めた時、中で作業をしていたスタッフの一人が話しかけてきた。


「こんにちは、テストプレイヤーの方ですね? テストまでもう少し時間があるので、向こうの休憩スペースで待っていてください。置いてあるジュースやお菓子は好きに食べてくれてかまいませんので」


 テストプレイヤーという言葉に、どうやら場所は間違っていなさそうだと安堵するとともに、拭いきれない不安が蓮の口から漏れ出た。


「あの……ここって『エルナリードオンライン』のフルダイブシステムのテスト会場で間違いないですよね? 運営の方ですか?」


「あー、すみません。俺、派遣会社から来てる日雇いのバイトなんで詳しいことわからないんですよ。ここに来た人を案内して、マニュアル通りに機械に繋いで、パソコンのソフトを起動するっていうことしか説明受けてないもんで」


「えっ、じゃあ、運営の方はどちらに?」


「うーん、一応、ここを取り仕切ってる人はいるんですけど……。さっき聞いたら、その人も別の派遣会社から来てるだけだって言ってたし、パソコンとか機械類をセッティングしに来てた人もレンタルパソコンの業者の人で……。どうも、ゲーム会社の人って一人も来てないみたいなんですよねぇ」


「そ、そうなんですか……。そんなのでテストとか大丈夫なんですか?」


「ははは……まぁ不安になりますよねぇ。でも多分大丈夫ですよ。マニュアルでは、専用のヘッドマウントディスプレイをつけた状態で、ベッドに寝てゲームをしてもらうだけって書いてますし。手とか足にセンサーをつけて、脳波とか脈拍をモニタリングして、30分から1時間ほどしたら終了みたいなんで。今回は本格的なテストっていうより、テストのためのテスト、みたいなもんじゃないですかね?」


「……なるほど。確かに1時間くらいで終わるんじゃ、大したテストじゃないのかもしれないですね」


 蓮は、バイトの青年にお礼を言って、悠と美結の元に戻ると、先程の内容を二人にも話した。


「テストのテストかぁ、あり得るね。フルダイブ技術なんておいそれと社外に持ち出せないだろうし、とりあえず僕たちの適性とかを診断するだけなのかも?」


 悠も同意してきたことで、蓮は楽しみにしていたテストプレイの雲行きが怪しくなってきた気がした。


 とは言え、まだテストのためのテストだと決まったわけでもない。それに、仮にそうであったとしても、自分が夢見ていた『ゲームの中の世界に入り込む』ということに一歩近づくことは間違いないのである。

 焦ることはないと自分に言い聞かせ、指定された休憩スペースでテスト開始を待つことにした。


 三人が休憩スペースに移動すると、自分たち以外にも数名の男女がテスト開始を待っていた。大学生らしき女性や、スーツ姿の男性、年齢性別はバラバラなものの、その顔には蓮たちと同じような期待と落胆が混ぜ合わされたような表情を浮かべていた。


「あれ?」


 そんな中、一人の人物が目に留まった。蓮と同じくらいの年齢で、少し茶色がかった髪をセミロングにした少女だ。蓮が住んでいる地区では見かけないセーラー服の制服を着ており、同じ学校の生徒ではないのは確かなのだが、どこかで見たことがある気がしたのだ。


 それがどこだったかを考えようとしたのだが、ちょうどその時、スタッフが休憩スペースへとやってきた。

 蓮は気にはなりつつも、一旦、その少女のことは置いておくことにした。


「お待たせしました。これよりテストプレイを始めさせていただきます。みなさん指定されたベッドに移動し、枕元にあるヘッドマウントディスプレイを装着してください。スタッフがモニタリング用の電極を手や足に貼らせて頂きますので、準備が出来た人から横になってください。その後、ディスプレイに表示される指示に従って――」


 ようやくテストが開始されるようで、スタッフがテキパキと指示を出していく。

 蓮たちも指定されたベッドに移動し、横になりながらヘッドマウントディスプレイを装着する。

 ヘッドホン付きのタイプだったので、これで視覚と聴覚が現実世界から隔絶されることになる。しばらくすると、目の前が明るくなりCGによって描かれたバーチャル空間が目の前に広がってゆく。


 最初に目に入ってきたのは、真っ白い明るい天井だった。電灯などがあるわけではなく、天井そのものが淡く光っているようだった。

 頭を起こして周りを見渡してみると、そこは何もない白いのっぺりとした部屋がCGによって描かれていた。飾り気がまったくない、病院の大部屋のようなところで、中央にベッドがひとつ置かれてるだけである。

 さらに頭を上げて自分の寝ているベッドに目をむける。現実世界では白いシーツが下に敷かれているはずだが、ヘッドマウントディスプレイ越しに見ると、それは複雑な文様の魔法陣が描かれた古めかしい布に置き換わっていた。


「なんか……この布だけ妙に気合が入ってるな」


 フルダイブシステム――最新鋭の技術のテストと聞かされていたわりに、いつものゲームと変わらない、視覚と聴覚だけのバーチャル世界。

 やはり期待のしすぎだったかと失望混じりのため息が出てしまう。

 だが、不思議と、自分の下に敷かれた魔法陣から、なにか得体の知れない『力』のようなものを感じる気がしていた。


 まるで、偽りの世界の中で、そこだけが『本物』であるかのように。


 その不思議な感覚を確かめようと、蓮が魔法陣に手を伸ばそうとした瞬間。


「こんにちわ~、グレンさん。聞こえますか~? ゲームマスターのアンナです! やっほ~」


 空虚な空間に、緊張感のない声が響き渡った。

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