第16話 パーティー結成
「あっ、お兄ちゃんたち、帰って来たよ」
訓練ブースに戻ってきたグレンたちの姿を見つけたシアが声をあげた。壁に開いた大穴は、とりあえずシートのようなもので塞がれて、今も作業員が修理に奔走しているようだった。
「遅かったね、長々と怒られてるのかと思って心配してたんだよ」
側にやってきたグレンに向けて、ユウがからかい混じりにそう話しかけてきた。
「怒られるどころか……。世界を救って欲しい、って深々と頭を下げられたよ」
苦笑いを浮かべつつ、グレンが答える。
「私たちも、今、アンナさんからいろいろ説明を受けてたんです」
アイリスがグレンのいない間の出来事を簡単に説明してくれた。
グレンが所長の部屋に移動したあと、アンナから各自のランクの発表と説明があったらしい。
概ね、グレンが所長室で聞いた話と同じような内容だったが、それ以外にも、召喚された直後の強さはゲーム内換算で40レベル前後だということ。それでも、この世界の人間が何年も修行を積んでようやく辿り着ける達人レベルの強さであるということ。また、ランクはその後の行動によって変動する可能性がある、といったことが説明されたようだ。
「40レベルくらいというと、ゲームだと初級を卒業して中級のダンジョンなんかにチャレンジし始める頃合いだな」
「あと、最後にアンナさんをはじめ研究所の職員の方達が、みんなここに集まって、私たちに向かって頭を下げられました。この世界を救って欲しい、って……」
ゲームのテストプレイのつもりでやってきたグレンには、まだ実感は湧かないものの、この世界の住人が切羽詰まった状況にあることは、この研究所のスタッフたちの様子からうかがい知ることができた。
自分たちの世界の命運を託すのに『遊び半分でも良いから』と言ってくるほど、この世界の人類は追い詰められているのかもしれない。
「とりあえず、僕とシアはBランクだったよ。大体、Bランクになるのが普通らしくて、ここにいる人のほとんどはBランクみたい。でも、アイリスはAランクなんだってさ。結構、レアっぽいよ」
「Aって言われても……全然実感とかないんですけどね。私以外にも何人かAランクの人はいたけど、Sランク以上なのはグレンくんたち二人だけみたいです」
「すごかったよね。お兄ちゃんは人形壊しちゃうし、魔法使いの人は部屋の壁に大穴開けちゃうし」
シアが自分のことのように興奮気味に言ってきた。シア的にはグレンを褒めるつもりで言っているようだが、グレンとしては高価な機材を壊してしまったという後ろめたさしかなかった。
「そのことについても、この研究所の所長と話してたんだよ。とりあえず、俺たちが壊した、人形と壁の大穴はおとがめなし、ってことだった」
「それは良かったね。ボクはてっきり壊した物の弁償として、これからドラゴンでも倒してこいって言われるのかと思ってたよ。で、Sランク同士、意気投合して、そっちの魔法使いさんを仲間に誘ってきた、ってところかい?」
ユウに、そっちのと言われてグレンが振り返ってみると、魔法使いのセレナが自分のすぐ後ろに立っていることに気付いた。思わずぎょっとして一歩引いてしまったが、セレナは気にした風もなく、相変わらずじっと魔導書を読みふけっているようだった。
「あ、いや、別に仲間に誘ったわけじゃなくてたまたま――」
「セレナ。魔法使いよ……よろしく」
グレンが口にしかけた否定の言葉にかぶせるように、魔導書から視線だけ動して皆の方を見ながら、セレナがそう言ってきた。ぎりぎり全員に聞き取れそうなくらいの声だったが、そこには有無を言わせぬものがあった。
魔導書で顔の下半分が隠され目元しか見えなかったが、或いはそれは、照れ隠しだったのかもしれない。
「よろしく、ボクはユウ。ゲームの中だと
「シアです。
「えと……風精霊使いのアイリスと言います。私もさっき、このパーティーに入れてもらったばかりなの。よろしくね」
グレンが口を挟む間もなく、なんだか5人でパーティーを組む流れになってしまった。
(まぁ、いいか。無愛想だけど悪い人ではなさそうだし……)
「さて。これでグレンとシアが前衛。ボクが回復担当で、新しく入ったアイリスさんとセレナさんが後衛かな。うん、なかなか良いバランスのパーティーになったんじゃない? なんと言っても、Sランク以上が二人もいるなんて贅沢なパーティーだ」
「はっ、調子に乗んなよ! ランク付けなんて、大した意味ねぇからって、さっき説明されただろうが」
ユウが新パーティー結成に喜びをあらわにしていると、突然、大声で割り込んでくる者がいた。
「ランクは成長可能なレベルの最大値ってだけで、今の俺たちのレベル差はほとんどねーから。それに、ランク自体も後天的に上がるらしいし、今、ちょっと差がついたからって良い気になってんじゃねぇぞ」
ユウの話を聞きつけたのか、少し離れたところにいた男性3人組パーティーの中から、見覚えのある男がわざと大きな足音をさせつつ近づいて来た。
「あんたはさっきのプロゲーマー…………えと、名前なんだっけ?」
「ロベルトだよ! 名前くらい覚えとけ!」
とぼけたつもりはなく、本当に名前を覚えてなかったグレンだったのだが、その態度がロベルトの機嫌をさらに損ねることになってしまったようだ。
「いいか、こっちはプロとして真剣にゲームに取り組んできたんだ。今、俺はAランクだが、俺が本気出せばランクなんてすぐにSにしてやるぜ。最強になった俺に、後から媚びへつらってきても、もう遅いからな。その時になって後悔するんじゃねーぞ」
どうやら、プロゲーマーである自分より、グレンたちの方が高ランクだったのが気に入らないようだ。プライドを傷付けられたのか、憎しみさえ籠もった目でグレンをにらみつけていた。
「ま、まぁまぁ、ロベルトさん、落ち着いて! とはいえ、ランクが今現在の強さに直結していないことは事実なので、これから行くところでは皆さん、油断しないようにしてくださいね」
険悪な雰囲気を察知してアンナが割って入った。未だに何か言いたげだったロベルトだったが、MMOプレイヤーの性なのか、普段、GMとして接しているアンナの言うことには素直に従い、ブツブツと悪態をつきながらもグレン達と距離を取る形で、彼の仲間の元へと引き下がっていった。
「やれやれ、すっかり目の敵にされちゃったみたいだな……。ところでユウ、これから行くところって?」
「えっとね、これから移動して、チュートリアルをやるらしいよ」
「チュートリアル? ゴブリンでも倒そうってのか?」
「はい、その通りです!」
グレンとユウの会話に、テンション高めなアンナが割り込んで来た。
「魔法や戦技などが自然と使えるようになってるのは、さっきのテストで皆さん経験済みかとは思いますが、実戦となるとまた話は変わってきますからね。ゲームの中では、いずれ劣らぬ廃人……じゃない、強豪揃いの皆さんですが、まずは基本に立ち返ってゴブリン退治からしてもらうのが慣例となってるんですよ」
ゲームの中では、エルダードラゴンやデーモンロードなどハイレベルなモンスターを毎日のように狩ってきたグレンにとっては、今さらゴブリンと戦うのかと思いつつも、実戦という言葉に少し緊張を覚えるのも確かだった。
「でも、今からだと、時間とか大丈夫なんですか? フルダイブテストの会場に来た時、アルバイトのスタッフさんがテスト時間は1時間くらいで終わるって言ってましたけど。私、あんまり遅くなると、親が心配するので……」
時間を気にしてか、シアがアンナに質問してきた。
確かに、そこはグレンも気になるところではあった。ゴブリンとの戦闘と簡単に言っても、ゲーム内ならばともかく、それが実戦ともなればどれくらいの時間がかかるのか想像もできない。数時間程度ならばともかく、日をまたぐようなことになるのであれば、いろいろと都合が悪い。
「あっ、いけない! そこの説明を忘れてました。え、えーっと、時間についての説明マニュアルは確か……あったあった! 地球との時間差は通常時で約10倍ほどありまして、こちらの10時間が地球での1時間に相当し、またブレーンワールド間の距離を調整することで、ほぼ時間差のない状態にまで――」
「ちょっと、アンナ。それ、研究員に向けた説明マニュアルよ。英雄用の説明マニュアルはもっと後ろの……ふぅ、もういいわ。手際が悪くてすまない、英雄の諸君。要するに、今はこちらに10時間滞在したとしても、地球上では1時間しか経過しないようになっている。時間に関しては余程のことがない限り心配いらないわ。安心してちょうだい」
それまで黙って様子を見ていたエレノアが、見かねて代わりに説明を始めた。
「初めての実戦相手となるゴブリンの群れは、すでに我々の調査隊が発見して監視している。現地までは魔術師ギルドにある転移装置を使う手はずになっているから、これからそちらに移動してもらうことになる。で、いいんだな、アンナ?」
「え、ええと、その前にですね……。皆さんの初めての戦闘で万が一のことがあってはいけないので、こちらで護衛を雇っています。魔術師ギルドへ向かう道中、冒険者ギルドによって、その護衛の方々と合流する必要がありますね、あはははは」
笑って誤魔化そうとするアンナであったが、英雄たちの間に不安が広がるだけであった。
そんな表情を見て取ったアンナが取り繕うように、部屋にいる全員に聞こえるように言い放った。
「さ、さぁ、皆さん。まずは護衛の方々と合流するために、冒険者ギルドの方に移動しますよ。街中を移動することになるので、はぐれないようについてきてくださいね!」
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