第31話 閑話 ミアの思い出・2


 ――手も足も出なかった。


 元々騎士は接近戦重視。遠距離戦を主体とする魔術師とは相性が悪い。だが、そんなことは百も承知であり、魔術を防ぐための結界を鍛えたり、瞬時に距離を詰めるために肉体強化の魔法を習熟するのが騎士の基本であった。


 そして、天才であったミアは大人の騎士を越える結界を展開できたし、肉体強化を使えば近衛騎士団長父親ともいい勝負ができると確信していた。


 ――だというのに、手も足も出なかった。


 展開した結界は力ずくで破壊され、接近しようにも、肉体を強化することすらできなかった。


 肉体強化の術式に介入・・されている。無効化されている。と、気づいたのは5回ほど打ちのめされたあとだった。


 あり得なかった。


 呪文詠唱に介入するのならまだ理解できる。出来るできないは置いておくとして、そういう理屈があるのは分かる。


 しかし、肉体強化はあくまで術者の体内の魔力を操るもの。そもそも呪文詠唱などしないし、他人の体内の魔力に介入することなんて……できるはずがない。


 だというのに、彼女はやった。


 平気な顔で。できて当然という顔で。


 リリーナは、天才という自覚のない天才であった。



 ――これは、勝てない。



 勝つ意味も、なかった。


 彼女であれば一人で国王陛下を守れるだろう。近衛騎士なんていらないし、いたとしても攻撃魔法を放つ際の邪魔にしかならないはずだ。


 勝てない。意味がない。


 どれだけ剣の腕を鍛えようとリリーナには勝てないし、そこまで鍛える意味もない。


 このとき、剣士としてのミアの心はすっかり折られてしまっていた。天才を越える圧倒的な才能を前にして、生まれて初めての挫折を味わわされたのだ。


 もちろん、ミアよりも才能がない兄が勝てるはずがない。男性である兄は、ミアよりも容赦なく打ちのめされていた。


 手加減されていなければ、とっくに死んでいるだろう。

 五体満足で立てるのが奇跡。まだ意識があることが理解できない。


 勝てるはずがない。

 時間の無駄。

 彼女がいる限り、近衛騎士に出番はない。


 だというのに。

 それを分かっていながらも。


 兄は、何度も立ち上がった。

 何度も何度も、リリーナに剣を向け、突撃した。最後の方にはもう、リリーナの方が根負けしてしまうほどのしつこさで。


 ――負けた。


 と、ミアは思った。


 リリーナに、ではない。


 兄に負けた、と思った。


 才能はミアの方が上。技術も、まだまだミアが優位に立っている。肉体強化があるこの世界では、男女の身体能力の差は驚くほどにない。


 けれども、ミアは負けた。

 兄に負けた。

 こういう人こそ、最も気高い騎士――近衛騎士団長になるべきだと思った。


 そうしてミアは騎士としての道を諦めて。リリーナを師匠として貴族令嬢としての知識を詰め込みはじめて。だんだんと『第二王子の婚約者に』という声も上がり始めた。


 無理だろうな、とミアは思った。


 第二王子。カイン殿下。


 第一王子である兄とは違って穏やかな性格。兄とは違って優しげな風貌。兄とは違って聡明で、兄とは違って運動神経も抜群。


 そんな彼には、一つだけ欠点がある。



 ――彼は、リリーナにしか興味がないのだ。





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