第32話 閑話 ミアの思い出・3



 頼まれると断り切れない。


 その場の勢いに流されてしまう。


 礼儀作法も、知識も、実務も、戦闘能力さえも。あらゆる面で超一流であるリリーナ・リインレイト公爵令嬢の欠点はそれだった。


 できるからと。自分がやった方が早いからと。苦労を苦労と思わず貧乏くじばかりを引いてしまう人。


 ……まぁ、人に頼ることばかりが上手く、阿呆ゆえに後先考えない勢いがあった元王太子とは意外と良いコンビだったのかもしれない。もちろんリリーナばかりが損をするいびつな関係だったのだが。


 そんなリリーナも、4年前に婚約破棄をされた。


 平民として生きてきた男爵令嬢を虐めたという、どうでもいい・・・・・・理由で。


 この国は階級国家。貴族の住まう国。貴族が平民を虐めたところで罪には問われないし、公爵令嬢が男爵令嬢を虐めたところで、『リリーナ様のお手を煩わせるとは、何と不躾な』と男爵令嬢の方が責められる。そんな国だ。そんな階級制度があるからこそ、国王は国王として振る舞えるし、王太子は王太子として傅かれるのだ。


 だというのに。あのバカは男爵令嬢の側に立った。血筋も怪しい平民の手を取り、公爵令嬢を断罪した。いわく、人間は平等。いわく、公爵令嬢であろうとも、その価値は平民と同じであると。


 なんという愚かさであろうか。


 リリーナへの否定の言葉は、そのまま『王太子』である自分に返ってくるというのに。


 白けた空気が会場を支配する中、リリーナは静かに王太子と男爵令嬢を見つめていた。まるで穀物に群がる鼠に向けるような目で。


 ――その直後のリリーナによる反論は、未だに高位貴族の語りぐさになっている。


 王太子と、彼の周りで騒ぎ立てる側近候補たちから敵意を向けられても怯むことなく。むしろ全力で見下しながら。リリーナは『罪』とされた事柄に反論し、自らの無罪を証明し続けた。


 その場で王太子暗殺の隙を伺っていたミアは、リリーナのその毅然とした態度に心底惚れ込んだ。


 あれこそが貴族であろう。


 あれこそが王妃に相応しい姿だろう。


 ミアにとって、リリーナが父や国王陛下より敬愛するべき存在となった瞬間であった。




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