初めての娘

第9話 幼女の名前は「パトラ」

 オレとアビーが新居で生活を始めて半年。

 良くも悪くもはボチボチで、街での評判もそれほど悪い事はない。

 メイヒルからもアビー宛に手紙が届いたそうで、アビーがオレと寝たことを殊の外喜んでくれているらしい。

 まぁ、オレに連絡一つ寄越さないことを考えれば、妻のご立腹も一々もっともなところである…はぁ、お馬鹿なオレ。


 さて、自警団は四六時中見回りしごとがある訳ではなく、非番などの交代制で事にあたっている。

 本日のオレは非番、ということで、庭で木刀の素振りをしている。

 アビーは街へ買い物に出かけている。

 何でも、今日はお祝いが有るとか何とか言っていた。


 お昼前の一休憩。

 庭に座っていると、玄関の方からアイリスが入ってくる…一人の幼女を連れて。

「やぁ、アイリス。

 今日は子供連れでどうし…た?」

 胡座をかいて戯けるオレの前に、神妙そうな面持ちで立つアイリス。

 幼女の顔はあどけないが、その目には精気が感じられない。


「レイ、この娘の未来を貴方に託します。」

 アイリスは幼女をオレの前に立たせる。


「未来も何も、オレはこの世から消えた存在だぞ?」

 魔王と刺し違え、亡くなったことになっているオレ。

 ここに住んではいるが、果たしてオレに子育ての才能などあるのだろうか?


「ええ、分かっています。

 だから、貴方にお願いしているのです。」

「はぁ~、訳が分らねぇ~な。」

 アイリスの言葉に肩をすくめるオレ。


 丁度そこへ買い物から帰ってきたアビーが姿を表す。

「まぁ、アイリス!いらっしゃ…い?」

 アビーもアイリスの連れている幼女に目が留まる。


 慌ててオレの傍にアビーがやって来た。

 幼女の前にかがむアビー。


「アイリス、この娘は?」

「この子の名前はパトラ。

 こことは別の地方にある人間たちの国々が起こした戦争の被害者…戦災孤児よ。」

 アイリスの表情に応え、アビーも真剣な面持ちで幼女を見ている。


「治癒に…浄化に…祝福…。

 この娘はひょっとして…。」

 オレは鑑定眼の結果を口頭で伝え、アイリスに顔を向ける。

 アイリスは何も語らず、一つ頷いた。


 アビーもオレの方に振り返った。


 この娘は危険な存在だ。

 彼女の持つ技能スキルを想起させる。

 為政者にとって、民衆を扇動する上で、これ程便利な道具はない。

 まして宗教が介在することにでもなれば、魔王陛下義父が提唱した『人と魔物の共生』を排斥し、それこそ陳腐な神至上主義をかたる蛮族共の旗頭にされてしまう。


「分かったよ、アイリス。

 この娘を…パトラを引き受けるよ。」

 オレも立ち上がると、幼女パトラの前に膝を屈める。


「パトラ、こんにちは。

 オレの名前は、レオナルド岸和田、レイだ。

 隣りにいるのは、アビゲイル、アビーだ。」

 パトラの顔に僅かな反応がある。


「今日から、パトラはここでオレたちと一緒に住むんだ。

 よろしく頼むぞ。」

 オレが語り終わると、アビーがパトラの頭に優しく手をおいた。


「パパ…ママ…?」

 おずおずしながら話すパトラの目に精気がわずかに戻る。


「ええ、パトラ。

 私がママよ。」

 そう言って、パトラを抱きしめるアビー。

 すると、堰を切ったようにアビーの胸の中で泣き出すパトラ。


 その様子を嬉しそうな面持ちで眺めるアイリス。


「…で、この娘をどのように育てたいんだ?

 アイリス…いや、。」

 パトラの隣に立つアイリスの方へ視線を送るオレ。

彼女パトラの心のままに。

 願わくば、貴方がその右腕を託した若き騎士様の想われ人になれば…。」

 アイリスは目を瞑り、オレは苦笑した。


「お姫様候補…ね。」

 オレの言葉に、アイリスは頷くだけだった。

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