隠居勇者と愉快な人々

第6話 旅の終焉

 魔都を抜け出して一年経った。

 いよいよ、人間界の入口となる城壁の街を見下ろせる丘まで辿り着いた。

 そして、風のうわさでメイヒルつまが男の子を出産したことを聞いた。


 そして、ここでゲイルとはお別れの筈なのだが…。

「貴殿の住まいまでお供致します。」

 そう言って、彼は引き下がりそうにない。

 まぁ、魔王妃殿下義母から依頼を受けている手前、思うところもあるのだろう。

 しかし、このまま入国をするにしても、色々と怪しまれること受け合いである。


 さて、そうこうしているうちに陽は沈んでしまい、結局丘の上で野宿をする羽目になったオレたち。

 いつものように、野営の準備をしていると、思わぬ珍客が我々の前に現れる。


「ご無沙汰しています、レオナルド。」

 聞き覚えのある女性の声に振り返ると、そこには精霊女王アイリスが立っている。


「これはこれは…精霊女王直々の来訪とは。」

 オレはアイリスの方へ向き直ると、片膝をついて王侯の礼をする。

「ふふ、お元気そうで何よりです。

 どうぞ顔を上げて、楽にして下さい。」


 アイリスは焚き火の前に座り、彼女の正面にオレが座る頃、水汲みに出ていたゲイルが戻ってくる。

 彼はアイリスに恭しく一礼し、オレの隣に座る。

 全く持って躾の行き届いた男である。


「それで、元勇者の死体さんは何用があってこちらに?」

 珍しく毒づくアイリスに苦笑いが出てしまう。

「レイ、この失礼な女性は?」

 ゲイルは顔色こそ変えないが、不満を声に出している…そう、心の声がダダ漏れなのだ。

 そんな彼の言葉に声を出して笑ってしまう。

「「レイ?」」

 二人が揃って首を傾げる。


 一頻り笑い終わったところで、オレは謝意を示す仕草をした。

「いやぁ~、すまない、すまない。

 珍しい風景が眼前に広がったもので、ついつい笑ってしまった。」

 そして、お互いを紹介するべく話を続ける。

「ゲイル、こちらは精霊女王のアイリス。

 昔の仕事ゆうしゃ仲間。

 アイリス、こちらはドルイド法国のゲイル。

 オレの水先案内人。」

 お互いの紹介が終わると、どちらも慌てて立ち上がると頭を下げあう。


「初めまして、ゲイル。

 レイのであるアイリスよ。」

「初めまして、精霊女王。

 レイのゲイルです。」


 二人とも揃って、笑顔で自己紹介と挨拶をしているのだが…。

「何だか、オレの扱い酷くね?」

 オレの愚痴に、満面の笑みで答えるアイリスとゲイル。


 ◇ ◇ ◇


「…そうだったの。

 離婚したり、死別したわけではないのね?」

「はい、レイと王女メイヒル様の仲睦なかむつましい姿は、王城では有名な話です。

 残念ながら法国民に広く知らせる事は叶いませんが…。」

「そう、祝言の儀式をして正解だったのね。」

「はい、それはもう。

 魔王陛下も魔王妃殿下もたいそう喜んでおりまして、レイの仕事ぶりも良好で、諸侯の方々の評判もすこぶる絶好調なんです。」

「あらあら、それは嬉しい限りね。」

「ええ、そうなんです。」

 何故だろう、オレが会話に入る空きが出てこない。


 しかし、メイヒルつまの懐妊に話が及んだところで雲行きが怪しくなる。

「そう、お姫様には赤ちゃんが出来たのね?

 嬉しい知らせ…なのよね?」

「はい…ご懐妊は喜ぶべき慶事だったのですが、お相手が…。」

 ここで、二人の視線がオレに向けられる。

 ヨシッ!これでオレも会話に…。


「それで、レイは人間界へ送り出されることになったのね。」

「さすが精霊女王!

 早々のご理解、感謝致します。」

「で、これからお姫様はどうされるのかしら?」

「はい、こちらに来る途中で聞いた話によれば、生まれたと共に、王女様はお隠れになるそうです。」

「それは、良いことなのかしら?」

「はい、元々王家の力ある人物というのは、幼い頃から英才教育を受けるものなのです。

 法国内では、『次期国王も現国王に負けるとも劣らない、優れた逸材になるだろう。』と盛り上がっているようです。」

「そう、それは楽しみね。」

「はい、王子様が帰還された際には、精霊女王様も是非お逢いして下さいね。」

 二人は楽しそうに談笑している。

 …オレの入り込む隙間なし。


 今宵の星空もやけに『にぎやかな』星空になっているようだ。


「ところで、ゲイル。

 あなたは、これからどうするのかしら?」

「はい、レイの側仕えになります。」

「!!!」

 ゲイルの言葉を聞いて、彼の顔をまじまじと見てしまうオレ。

「そう…、じゃぁ、手配をしないとね。」

 アイリスはニコニコしながら立ち上がると、鼻歌交じりで消えて行った。


「ゲ…ゲイルさんや?」

「はい、何でしょう?」

 困惑しているオレをよそに、こちらもニコニコ顔のゲイルだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る