第5話 男の二人旅

「それでは、おやすみなさいませ。」

 ゲイルは部屋を出ていく。

 ここは、人間界へ戻る途中にある宿場町の宿屋。


 魔都を引き払って半年が経過した。

 男の二人旅は実に穏やかなものだ。

「レイ、魔物は個人主義が突出している。

 くれぐれも喧嘩沙汰は避けてくれよ。」

「ああ、勿論だ。」

 フードを目深まぶかに被り街中を闊歩しているのだ、喧嘩を売ってくれと言わんばかりの所作なのだが、通行人は勿論、店舗の人も我々に気をめる雰囲気もない。


隠蔽いんぺい

 ゲイルが我々にかけた魔法の効果によるものだ。

 ただ、彼の魔法も完全とは言えない、見破れる存在も居るということだ。

 さらに、オレの存在ニンゲンを良しとしない者達も居る。

 そう、人間側もそうであるように、魔物側も一枚岩ではないのだ。

 しかし、ドルイド法国には絶対の強者たる魔王陛下義父が君臨しており、一見すれば盤石そうに見えるのである。


 今回のノーマイド連合皇国ニンゲン側からドルイド法国マモノ側に戦争ケンカを吹っ掛けた事も、ノーマイド連合皇国の力量を近隣諸国へ知らしめる事が主な目的だったのだ。

 勿論、名目がそのままでは笑い話にもならない為、『国境不可侵』の侵犯をお題目に戦争ケンカを吹っ掛けた挙げ句に、結果は勇者の命と引換えの休戦協定となり、ノーマイド連合皇国の名前も地に落ちることになったのだ。


「まぁ、無理もない。

 我々では、何をどう考えてもドルイド法国国王に勝てる見込みはなかったからな。」

 魔王が放った『絶対防壁』の魔法、あれを鑑定した時、そのスキルレベルの高さ、絶対の強度にオレは戦慄を覚え、これ以上の戦争は我彼兵力差じつりょくさの結果を見るまでもなく、ノーマイド連合皇国の消滅さえ憂慮される事態だった。


「賢い判断ですよ、レイ。」

 ゲイルに事の顛末を話すと、彼はにこやかに答えてくれるのだった。


 さて、今日も無事に宿に入りベッドに寝転がると、一階の酒場からにぎやかな声が聞こえてくる。

 布団を頭から被り寝返りを何度かするが、益々盛り上がる一階の酒場。


 しばらくすると、扉を叩く音がする。

「レイ、起きていますか?」

 ゲイルの声だ。

「ああ、一階の騒動で眠れてないよ。」

 扉を開けると、旅装束に身を包んだゲイルが立っていた。


「申し訳ないが、ここを引き払う。

 不本意ではあるが、先に進み、街道筋で野宿をする。」

「ああ、分かった。」

 部屋に戻り、手早く着替えを済ませ、荷物を纏めるオレ。

 何故かオレの所作に赤面しているゲイル。

 今さら男の裸を見たところで…それとも、ゲイルには男色そっちの趣味がるのだろうか?


 とりあえず、フードを目深まぶかに被ると、我々は陽の沈んだ街中に出ていくのである。


 さて、街の灯を見下ろせる小高い丘についたところで、ゲイルは野営の準備を始める。

 オレは火を起こし、適当な丸太を担いできて椅子にすべく、焚き火の周りに置く。


 天幕を貼り終えたゲイルが席についた。

 オレは沸かしていたお湯を取り上げ、カップにハーブの茶葉を入れ、お湯を注ぐ。


「レイ、ありがとう…

 相変わらず淹れ方が上手ですね。」

「まぁ、王女つま譲りだからね。」

 彼には、私の妻がメイヒル…ドルイド法国のお姫様だという事を伝えている。

 そして彼自身も、自分が魔王妃殿下義母から依頼を受けている旨の話を聞いた。


 男の二人旅、隠し事をするような間柄では心もとない。

 心もとないのだが…

「では、私はこれで。」

 そう言うとゲイルは一人、テントに入って寝てしまう。


「まぁ、いいんだけどな。」

 今夜はオレが野営の登板。

 一人テントで寝るのは、当たり前の話なのだ…でもね、オレが寝るときはいつでも青天井戸外なのだが?


 さてさて、我々が野宿をする羽目になってしまった『酒場の騒動』は一体何だったのだろうか?

「明朝、ゲイルに聞いてみるしかないな。」

 見上げた夜空は満天の星、今夜はやけに『にぎやかな』星空になっているようだ。

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