第2話 魔都にて

 オレが意識を取り戻すと、そこはオレの知らない空間であった。

 部屋の雰囲気は、王侯の寝室だということは見当がつくのだが、照明というか、明かりが青白い炎なのである。

 オレの知りうる限りでは、青白い炎を放つものなど、自分たちの世界には存在していない。


 右腕の感覚は無い。


 さて、周囲を観察していると、扉が開き一人のメイドが入ってくる。

 入ってくるなり、メイドは慌ててオレの下に駆け込んでくる。

「勇者様、目を覚まされたのですね?

 お身体の調子は大丈夫ですか?

 それから…」

 矢継ぎ早に話しかけてくるメイドを静止するオレ。

「待て待て。

 オレは勇者じゃない、レオナルド岸和田という一介の冒険家だ。」

 ゆっくりと身を起こそうとすると、メイドが補助をしてくれる。


「身体の方は大丈夫だよ…まぁ、右腕はお察しだけどね。」

 起き上がり、右腕のあった場所をさすり苦笑いすると、メイドも困ったような顔をする。


「では、レオナルド様…。」

「ああ、『レイ』と呼んでくれ、名前に敬称をつけられるのは、好きじゃないんだ。」

 メイドは一つ頷き、一歩下がるとカーテシーをする。


「レイ、お嬢様がお待ちです。

 ご同行願えますか?」

「喜んで。」

 おぼつかない足下に力を入れ、ゆっくりとベッドから立ち上がるオレ。

 その所作を見届けたメイドが先頭に立って、オレを案内してくれる。


 さて、寝室を出ると質素ながら落ち着きのある調度品の並んだ廊下を抜ける。

 やがて眼前に一際大きな扉が現れる。

「こちらです。」

 扉にノックをした上で、扉を開きメイドは部屋に入っていく。

 二言三言、言葉をかわす声が聞こえた後、メイドは部屋を出てくると、オレに部屋へ入るよう促してくる。


 促されるままに部屋へ入ると、大きなテーブルに色々な料理が並べられ、十数名のメイドを従えた一人の女性が席に座っている。

 年の頃は17歳前後であろうか、あどけない少女の面影と淑女然とした風格、そして華美では無いがドレススタイルが、複雑な美を醸成し、持って彼女の壮麗な姿をまばゆく見せつけて来る。

「お嬢様、レイをお連れしました。」

「レ・イ?」

「はい、勇者様のお名前です。

 彼の命令で、『レイ』とお呼びするよう、承っています。」

 そう言ってメイドは、女性にカーテシーをすると、私の座るべき席のそばに立った。


 促されるまま、女性の向かいの席に座ると、彼女はグラスを掲げる。

「レイ様が、無事に快気出来た事に喜びと感謝を。」

 オレも、ワインの注がれたグラスを掲げる。

「人間と魔物の共生が実現することを、祈念して。」


 そして食事を始める。

 目新しい料理の数々に舌鼓を打つオレ。

 彼女も食事の合間合間にこちらをチラチラ眺めている。

 恐らく部屋中の誰もがオレに関心を示しているだろうが、それは仕方ないことなので、気にするのは止め、食事に集中した。

「食える時に食う!」事が、オレの座右の銘なのだから…。


 一通り食事を済ませたところで、オレから自己紹介をする。

「オレは、レオナルド岸和田。

 勇者などとチヤホヤされていたが、一介の冒険家に過ぎない。

 まぁ、この右腕が無くなったのだから、冒険家も廃業になってしまったがね。」

 自嘲気味に笑顔の仮面を着けるオレ。


「改めまして、私はメイヒル・ラ・ドルイド。

 ドルイド法国国王が第一王女です。」

 彼女は、ゆっくりと席から立ち上がると、優雅なカーテシーを披露し、席につく。


 そこで、王侯の礼に失礼があったと気付いたオレは慌てて席を立ち、一歩テーブルから下り、片膝をつき胸に手を当て拝謁の礼を取った。

 その所作にクスクスと笑うメイヒル嬢。

 さすがは王女、笑う仕草にも気品が漂っている。


「レイ様、そのくらいにしましょう。

 私達は、もはや夫婦なのですから…。

 あ、私のことはメイとお呼び下さいね。」

 真っ赤な顔を両手で抑える王女様メイ


「はっ??」

 話が見えず、思考回路が停止し、身体が強張ってしまったオレ。

「い、今、何と?」

 頬杖をついたような仕草のまま、王女様メイはオレの質問に答える。

「はい、私達は夫婦になりました。

 魔王陛下お父様魔王妃殿下お母様も大変喜んでおられます。」

 彼女の返した言葉を手がかりに、オレの思考回路は動き始める。


 え~~っとぉ~、オレは今年で29歳だ。

 一回りも歳下と思われるお嫁さん、それも魔王のお嬢様をいただいた記憶は全く無いのだが?

 何がどうなって??


 当惑している、オレを眺めながら、彼女は話を続けた。

「貴方と魔王陛下お父様が正対されたあの時、私の一目惚れを精霊女王アイリス様が見抜かれ、その場で祝言を執り行って下さったのです。」

 …なるほどぉ、あの時かぁ…って、オレ記憶がないんですけど!


「レイ様の容態が思わしくなく、私も戸惑っていたのですが…。」

 どうやら、精霊女王アイリスのヤツが『惚れたその日が吉日』とか抜かしやがって、そのまま祝言の儀を執り行ったらしい。

 もっとも、魔王にサーベルを預けたあの瞬間、オレは死ぬ覚悟を決め、魔王を退けた証として若き騎士皇帝候補にオレの右腕を託していたのである。

 恐らくは、精霊女王アイリスの粋な計らいで、オレは九死に一生を得たのかも知れないが…。


「レイ様はご不満ですか?」

 可愛らしいお姫様が目を潤ませて迫ってくる。


「身に余る光栄ですよ、メイ殿。

 それから、今後は私のことをレイとお呼び下さい。」

 オレは何とかお姫様との距離は保った。


「分かりました。

 では、私のこともメイと呼んで下さいね。」

「わ、わかりました。」

 オレの返事に、弾けるような笑顔で答えるメイ。


 …ダメだぁ、笑顔が眩しすぎて、メイを正視できないっ!!

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