第4話 魔王、登校する

 勇者の息子として蘇って何日が経った。

 俺はまだ勇者を殺せていない。

 

「ユウ、早くしてよ~!置いていくよ」

 

 ルティアの声が聞こえる。

 その声を無視して、俺の部屋に置いてある立ち鏡を見ていた。

 鏡に反射していたのは人間の姿になってる俺。しかしいつも着ている軽装とは違う、ビシッと決めていた服装だった。

 魔界には学園がないから知らないが、エナの話によるとどうやら人間は制服というやつを着て学園に行くらしい。

 ワイシャツの上に橙色のセーターを着た後、ネクタイをつける。下には黒いズボンを履く。 

 

「ユウ!遅いよ!本当に置いて行っちゃうよ!」


 制服、せいふく……征服。いい響きだ。

 そんなことを思いながら体を捻らせて隅々まで物珍しい服装を見ていると、勢いよく部屋の扉が開く。

 どうやらルティアが痺れを切らしたようだ。ったく………うるさいやつだ。

 

「アンタ………なんで首にネクタイを巻いてるの?」

「あ?」


 違うのか………?

 ネクタイなんてつけたことないから、これが間違っているのか分からない。


「もうめんどくさないな」

「おい、何をする!?」

「ネクタイ結んであげるから、じっとしてて」


 そう言うとルティアは首につけているネクタイを解く。そしてセーターを脱がせると、中腰になりながらネクタイを正しく結んだ。

 なるほど、ネクタイはこうやってつけるのか。


「随分手際がいいな」

「そりゃ私もネクタイつけているからね」

「じゃ明日からも俺のネクタイを結んでくれ」

「いやだよ。自分でやってよね」

 

 ………ケチな女だ。

 ネクタイを結び、俺たちはシャルスト学園へ出発。

 家から出ると、勇者とエナが見送りに来た。


「二人とも気をつけて行くのよ。知らない人について行っちゃダメだからね」

「お母さん………心配しすぎだよ。私はそんな子供じゃないから」

「それもそうね。お母さんとの約束はちゃんと覚えてる?」


 やくそく?

 俺がポカンと口を開いていると、ルティアはうんざりとした表情をしながら答える。


「ちゃんと覚えてるよ。弱き者には救いの手を差し伸べる……でしょ」

「そう。勇者の子供として恥じない行動をすること。いい?」


 ルティアは「はーい」と答える。

 何が、弱き者には救いの手を差し伸べるだ。

 俺は魔王だぞ。なぜ人間を助けないといけないんだ。

「……フンっ」と鼻で笑うとエナから睨まれる。


「ユウ、何か不満がありそうね。思っていることがあるなら言いなさい。話を聞いてあげるから」

「なぜ弱い者を助ける必要がある?この世は弱肉強食。弱い奴は強い………ガっ!」


 俺が喋っている途中で俺の頭上にげんこつが落ちてくる。

 くそっ……話を聞いてあげるんじゃないのかよ。

 やはり人間は信用ならん。特にこの女は。


「つべこべ言わずに黙ってちゃんと言うことを聞く!」

「ふんっ………誰がお前の命令に従うか」

「ねぇ、ユウ。さっきこの世が弱肉強食って言ったよね。だったら私より弱いユウは私の言うことを聞くのが道理じゃない?」

「ふざけるな。いつから俺は貴様より弱いことになったのだ?」

「弱いでしょ?何回もお母さんにお仕置きされているんだし」


 俺がエナを睨んでいると、ルティアは横で呆れ顔をしながら、やれやれと首を振っていた。


「バカめ。俺を誰だと思っているのだ?見せてやるぞ。エナごとき軽く一捻りして……」

「だ・れ・を一捻りにするですって!」


 この一言に機嫌を損ねたのかエナは俺の側頭部を両拳で挟み込んだ。そのままお馴染みのぐりぐり攻撃。


「いだだだだだだ!」


 ズキズキした痛みに涙を浮かべてしまう。

 痛がる俺を見て、ルティアは「バカね」と呟いていた。


「私はまだアンタに負けるつもりはないわよ!」

「まぁまぁ、その辺で許してやれエナ。ユウは生意気な口を言っているが本当は優しい子だ。困っている人を見つけたら必ず助けるさ」


 勇者の一言で俺はエナの攻撃から解放。

 くそ……まさか勇者に助けられることになるとはな。非常に不快だ。


「ユウ、お前が優しい子だっていうことは信じているが、俺の経験上困った人は助けたほうがいい。なんせ女の子にモテるからな。お前にはまだ分からないと思うが女の子は自分に優しくされるとときめく生き物なんだよ。俺も若かった頃は色んな女の子を助けて親密な関係になったもんだ」

「さいてー」


 勇者の発言にルティアは白い目で見る。エナはぽきぽきと指を鳴らしていた。


「も、もちろん、昔の話だぞ。結婚してからは母さん一途だ」

「本当かな~?お父さん、美人な女の人に誘われたらそのままついていきそうだし」

「ハハハ……そんなことないぞ?」

「どうなんでしょうね~?」

「あ、当たり前だろ!ハハハハハ……ルティアは冗談キツイなぁ~。さぁ、お前ら早くしないと遅刻しちゃうぞ。行った行った!」


 あからさまに動揺をしている勇者は俺たちの背中を押した。


「それじゃ二人とも頑張って来いよ!寂しくないように父さんがハグでもしてやろうか?」

「いやだ」

「誰と貴様とするか!」

「……そんなに嫌がるか?」

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