第3話 魔王、勇者と戦う

「ユウ、今日はお前の稽古をつけてやる」


 食事を終えた後、勇者と一緒に外に出た俺は木剣を握っていた。

 なぜ魔王が勇者に剣術を教わらないとならないのだ? と思ったが、これは勇者に借りを返せるチャンス。

 勇者よ今度は貴様が真っ二つに切られる番だ。


「まずお前に剣を教える前に……一つお前に教えたいことがある」

「なんだそれは?」

「あぁ……死ぬっていうこと怖いってことだ」


 その瞬間、勇者から殺意を感じた。

 奴は無言で俺のほうに突っ込んだ。斬りかかろうと持っていた木剣を振り上げた。

 俺は思い出す。勇者に殺された苦い記憶を。

 しかし俺はこのままやられる俺ではない。

 見た目は子供だが、魔王だ。二度も勇者に負けるわけにはいかない。


「……!」


 振り下ろされた木剣を俺は受け止めた。

 勇者にとって想定外だったのだろう。驚きが顔に出ていた。

 ならさらに驚かせてやろう。


「――火弾ファイア


 俺が唱えると、身体が熱くなる。特に両手が熱い。

 だが、成功だ。人間になって初めて魔法を使ったが無事成功だ。

 隙だらけの勇者に俺は左手を向ける。すると手から大きめの火の玉が出てきた。

 さすがの勇者も身の危険を感じたのだろう。素早く後退した。

 俺が放った火の玉は真っ直ぐ飛び、後ろに生えていた木を燃える。


「無詠唱で火弾ファイアを!?」


 メラメラと燃える木を見て、勇者は驚きを隠せていなかった。


「フフフ…どうだ勇者?驚いているみたいだな」

「あぁ……まさか10歳で無詠唱で魔法を使うとはな……すごいぞユウ! さすが俺たちの子供だ。後でハグしてやる」

「いらん。そんなもの」

「恥ずかしがるなよ~」

「……子供だからと言って油断していると死ぬことになるぞ。勇者よ」


 教えてやろうじゃないか。今お前が戦っているのは魔王っていうことを。

 俺は木剣の先を勇者に向ける。


「はぁ……斬る寸前に止めてユウを驚かさせてやろうと思ったがまさかこっちが驚くとはな……よし気が変わった。ユウ、父ちゃんを倒すつもりでかかってきなさい」

「そのつもりだ!」


 俺はまっすぐ突っ込む。

 勇者を倒すために、そして魔王の恐ろしさを教えるために。

 覚悟しろ! 勇者。


 ドガっ


「痛い!」


 バコっ


「痛いっ!……ちょっと」


 バコっドガっ!


「くそっ……この俺が……二度も」


 勇者と魔王の戦いはあっという間に幕を閉じた。

 魔王の負けで………



〇○○


「んっ………」


 目覚めると、部屋の中にいた。

 ふわふわした感触から、ベッドの上に寝ていると自覚する。

 そうだ……俺は勇者と戦って……負けたんだ。

 体を起こすが、全身にズキズキとした痛みを感じる。

 とりあえず痛みを治さないと、


「――治癒ヒール


 あれ?


「――治癒ヒール……治癒ヒール


 マジかよ。魔力が切れたのか。

 火魔法を撃っただけだぞ? 魔力少なすぎるぞ。勇者の息子よ。

 仕方がない。魔力が元に戻るまで安静にしておくか……

 俺は再び眠りにつこうとした時、


「――治癒ヒール


 誰かが治癒魔法を唱える。声がしたほうを見ると勇者の娘、ルティアがいた。

 身体の傷がどんどん癒えていく……体を起こすだけで激痛が走ったが、今もう何とでもない。

 まさか……人間に助けられることになるとは。

 屈辱だが。こいつのおかげで助かったからここは褒めてやる。

感謝しろよ娘よ。この魔王様が褒められることは光栄なことなんだぞ。


「いい働きだ―」

「はぁ~だるかった」


 なんだこいつ?

 ため息を吐くルティア。一気にこいつのことが嫌いになった。

 よし決めた、勇者の次はこいつをぶっ殺そう。


「ご苦労さんルティア」

「今度からはお母さんに頼んでよ。 私、無駄な魔力使いたくないんだから」

「はははははっ! 次も頼む」

「お父さん……私の話、聞いてた?」


 ルティアの横には勇者もいた。

 ……うん? なんで顔が腫れている? まさか俺がやったのか? いや、あいつには傷一つも与えられなかった。

 俺が凝視していると、勇者と目が合う。悟られてしまったようで、笑いながら顔の腫れを触り、説明する。


「これはな。母さんにやられたんだ」

「エナに……なぜだ?」

「当たり前でしょう?」


 勇者の代わりに、娘のルティアが答える。

 はぁ、と息を吐いて、やれやれと呆れながら、


「庭をめちゃくちゃにした挙句、ユウをボコボコにするんだから……それはお母さんに怒られるよ」

「てへっ☆」

「可愛くないから……全然反省してないってお母さんに言ってあげようか?」

「ごめんなさい。それだけは勘弁してください」


 勇者はエナを恐れている様子。

 まさか実力はエナのほうが上なのか?


「ユウ悪かったな。痛かっただろう?」


 勇者に謝られるほど、これ以上の屈辱はない。

 俺は勢いよくベッドから降りる。


「別に大したことない、ただのかすり傷だ。それよりもう一度戦うぞ!」

「やめときなよユウ。どうせ戦っても勝てないって……もう治癒魔法をかけてあげないよ?」

「ふざけるな俺が勇者に負けるわけないだろ? 次こそは勝つ! あの時は目にゴミが入ったせいで負けんだ! さぁ、今すぐ外に行くぞ!」

「あーあ。ムキになっちゃって。子供ね」

「子供は貴様もだろ?」

「私はアンタより2つ上なんですけど」


 俺は睨む。そしてルティアも睨みつける。


「二人とも喧嘩はやめろ」


 勇者は割って仲裁する。


「ユウ、やる気になっているところ悪いが、父ちゃんと戦うのはしばらくお預けだ」

「なに!? 勝ち逃げは認めんぞ!」

「まぁそう怒るなよ。母さんの機嫌が直るまで我慢してくれ……また庭を荒らしたら母さんに殺されるからな」

「むむむっ………」

 

 やはり、勇者よりエナのほうが強いらしい。

 うむ……仕方がない。ここは我慢してやるか。

 勇者が殺されてしまったら、俺の打倒勇者!の目標が果たせなくなるからな。

 エナの機嫌が直るまで。勇者の倒す作戦を立てるとするか。


「そういえば、お前らは明後日で春休みが終わるだろ?ちゃんと宿題は終わっただろうな?」

「うわ~そうだ。もうすぐ授業が始まるんだった。ねぇサボってもいい?」

「ダメだ。ちゃんとユウと一緒に学園に行け」

「えー」


ん?学園?


「ちょっと待て!俺もくだらない場所に行くのか!?」

「当たり前だろ?お前もシャルスト学園の生徒なんだから」

「ふざけるな。俺はそんな場所には行かないぞ!」


シャルスト学園かなんだか知らないが俺は魔王だぞ。そんな所で学ぶことなんて一つもない。

それに学園なんか行ったら勇者を倒すチャンスが少くなるじゃないか。


「ユウ、お前までわがまま言うなよ……いいか?お前らはまだまだ子供なんだ。ちゃんと学園に行って、遊んで、しっかり学ぶ。それがお前らの仕事だ。それに学園は楽しいぞー!友達と会えるし、新しい魔法だって学べるんだからな。正直お前らが羨ましいよ。父ちゃんが子供だった頃は勇者の試練とかあって学園なんか行かせてもらえなかったからな。いいな~俺も友達と青春を送りたかったな」

「何が友達だ。くだらん」

「そんなに青春を送りたいんだったら私の代わりにお父さんが学園に行ってよ」

「お前らな……」


俺とルティアの鳴り止まないブーイングに勇者は言葉を詰まらせる。


「そんなに嫌がるなよ……ほらお前ら姉弟きょうだい一緒にシャルスト学園に登校できるだぞ。嬉しいだろ?なぁ、ルティア?」

「えーユウと? めんどくさい」

「同感だ。なんでこいつと一緒に歩かないといけないんだ?」

「お前らって仲悪いのか……?」

「とにかく俺は学園には行かないぞ。興味もないし行く意味もないからな!」


俺が強く言うと、部屋の入り口から「あら~?」と声が聞こえた。

そこにはエナが立っていた。表情はにっこりしているが凄まじい圧を感じる。

さっきまで文句を言っていたルティアは「お、お母さん」と顔を引きつらせていた。


「私の聞き間違いかしら?さっき誰かが学園に行かないって言ったような気がしたんだけど?」


エナはにこやかな表情のまま俺のほうへ近づく。腰に手を当てながら背の低い俺に目線を合わせると「ユウはそんなこと言わないもんね?」と同意を求めてきた。

どうやらこいつは俺に学園に行かせたいらしい。なら尚更行く気はない。


「聞き間違いではない、俺は学園に行かんぞ」


 俺は魔王だぞ。人間の言うことなんぞ聞いてたまるか。


「ユウはいつの間にか悪い子になったんだね。それじゃおしおきが必要かな」


エナは握りこぶしを見せつける。どうやら力づくで行かせるみたいだな。

さすが大魔法使いエナ。従わないやつは暴力で従わせる、その心意気は素晴らしい。

だが喧嘩を売る相手を間違えたな。


「いいだろ!貴様がやる気なら相手になってやるぞ!」


こいつにも借りがある。殺された優秀な魔物けらいたちの仇取らせてもらうぞ。


「もし俺と戦って貴様が勝ったら学園に行ってやろう。だが俺が勝ったら勇者と戦うことを許してもらうぞ」


エナはにこやかな表情からに一変した。目つきは鋭くなり、怒り顔つきに。

そして右手の拳を振り上げ、俺の頭にげんこつを喰らわせる。


「うおおおおおおおおおお!」


重たい一撃。痛すぎて目から涙が出てくる。


「つべこべ言わずに黙って行く!そんな怠けたこと言っているとダメな大人になるわよ!」


悶絶している俺を見て、ルティアは「バカね」とクスクスと笑っていた。

くそっ……絶対勇者を殺した後、絶対お前を狙うからな。


「バカはアンタもよ!ルティア!」

「いたっ!」


エナはルティアにもお仕置き。

鉄拳を落とされ、涙を浮かべていた。


「お母さん………なんで私も殴るの?」

「聞こえているんだからね!アンタもちゃんと学園に行く」

「うぅ……分かったよ」

「くそっ……暴力女が」


説教中に俺が呟く。

横にいたルティアは「ぷっ」と噴き出していた。


ゴツンっ!


「「いたぁ!」」


再び俺たちの頭上にげんこつが落ちてくる。

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