第2話 魔王、状況を整理する

 勇者が部屋から出て行った後――状況を整理していた。

 魔王である俺は人間に生まれ変わった。

 そして勇者と再開。奴は俺を見て「息子」って呼んでいた。

 つまり俺は勇者の息子に生まれ変わってしまったことになる。

 信じられないが……マジで認めたくないが。俺は本当に勇者の息子に生まれ変わってしまったようだ。

 よりによって、なんで勇者の息子なんだ?

 神の嫌がらせか? 


「魔王、勇者の息子になる……か」


 笑えないな。

 しかし、このままずっと悲しむわけにはいかない。

 人間になってしまったのはしかたがない。こんな時は前向きに考えよう。


「姿は人間になってしまったが、俺は蘇ったんだ! 俺は新たな魔王軍を作り、今度こそ勇者を倒すぞ!」


 たとえ姿が変わっても、打倒勇者!という目標だけは変わらない。

 勇者に倒すために、まず俺がするべきことは、


「そうだな、勇者の息子について知ることだな」


 たしか名前は……ユウだったな。

 立ち鏡で映っている自分の身体を見て、名前を思い出す。

 勇者も「ユウ」って言っていたし当たっているだろう。


「ユウ! ご飯よ!」


 部屋の外から聞こえる声も「ユウ」って呼んでいる、勇者の息子はユウで間違いない。

 背丈は小さい。父にみたいに肉体を鍛えているわけでもなく、軟弱な体つき。

 勇者の血が通っているから特別な力を持っているかと思ったが、特にそんなことはなさそう。

 どこにでもいる普通の子供。


「ユウ? 聞こえているの!」

「それにしても本当に弱そうだなぁ……」


 とりあえず勇者の息子こいつの実力を確かめるために、軽く体を動かしてみるか。

 まずは手を開いたり閉じたりして、その次にぴょんぴょんと跳ねてみる。

 準備運動が完了したところで戦闘開始。


「てやぁ! はっ! せいやぁ!」

「ユウ!」


 この部屋には誰もいないので、見えない敵と戦う。


「ていやぁ……はぁ……はぁ……」


 殴ったり、飛び蹴りしたり、武器(ほうき)を振り回したり、5分間ほど動かすと、身体の限界を迎える。

 息苦しさを感じ、俺は休憩をするためにベッドに寝転ぶ。

 まったく人間の身体っていうのは不便なものだ。

 少し動いただけなのにへばってしまうとは。魔族だったら10時間ぐらいは休憩なしで動けるぞ。

 まずは体力のほうをどうにかせねば、このままじゃ勇者には勝てんぞ。


「――爆撃ブラスト

「うおあああおおおっ!」


 呼吸を整えていると、突如扉が爆発する。

 激しい音と想定外の出来事に体をビクッと跳ねる。


「なんだ、敵襲か!」


 戦闘が始まったと思い、俺はすぐさま武器(ほうき)を取る。

 そして俺は入り口のほうを睨みつけると、部屋の入り口に立っていたのは勇者ではなく、エプロンをつけた女だった。

 艶のある金髪は後ろに束ねていて、肌は雪のように白い。しかし顔は真っ赤になっている。

 女がこちらを睨みつけると、俺は恐怖を感じる。


「ご・は・ん! さっきから呼んでいるんだけど!」

「……すみません」

「ったく呼ばれたら早く来なさいよね!」

「はい」


 つい謝ってしまった。魔王である俺が人間に下げてしまった。何という屈辱。

 だが、俺は謝って正解だと思う。

 なぜかは分からないが、『この女は絶対怒らせないほうがいい』と魔王の勘が言っている。

 こいつ何者だ?……こいつに勝てるイメージが浮かばない。

 ん?待てよ……この女、どこかで見たような……


「まさか……エナなのか!?」


 俺の一言に金髪の女は近づく。

 勇者と続いて、またも先手を取られてしまった。

 金髪の女はこめかみ辺りに両拳を当て、グリグリと動かす。

 なにこの攻撃すごく痛いっ!


「母親に向かって!呼び捨てとはいい度胸ね!アンタをそんな生意気な子に育てた覚えはないわ!」

「痛い痛い痛いっ!」


 こめかみをグリグリする攻撃に、俺は手も足も出せなかった。

 なんだ……あの攻撃? Sランクの魔法でも使ったのか?

 あの女ならあり得るな。

 大魔法使い――エナ。

 勇者は魔王城に乗り込んだとき、3人の仲間を連れてきたのだ。

 大魔法使いエナもその仲間の1人。

 多種多様の魔法を巧みに使用し、多くの魔物はおろか魔王軍四天王を殺した、厄介な奴である。

 ……なるほど。一つ情報を得ることができた。


「こいつが母親ということか」

「誰がこいつですって! どうやらお仕置きが足りないようね! ユウ!」

「痛い痛い痛い!」


 やめてくれぇ! そのグリグリ攻撃!


○○○○


「はむっ!……はむっ!」

「ユウ、もうちょっとゆっくり食べなさい」

「母さん別にいいじゃないか!男らしい良い食いっぷりだ!ユウ、たくさん食べて大きく育てよ!」

 

 エナと勇者の言うことを聞き流して、俺は料理を口いっぱい頬張る。

 魔族は飲まず食わずでも問題ないのだが、人間は定期的に食事をとらないと生きていけないみたいだ。

 大魔法使い、エナの手料理は非常に美味だった。

 悔しいが、あの女の料理の腕は認めざるを得ない。美味すぎておかわりをしてしまった。                                                                                   

 空腹を満たしたついでに、新たな情報を手に入れた。

 まず勇者の娘についてだ。

 俺の他に、勇者とエナの間に生まれた子供はもう一人いる。

 それはルティアという女。

 年齢は俺より年上。俺が10歳で、あいつが12歳。背丈もルティアのほうが高い。

 腰まで伸びている金髪に白い肌。外見は母親のエナに似ている。

 この家は、勇者、大魔法使いエナ、娘のルティア、そして俺の四人で暮らしている。

 二つ目の情報。

 この家は二階建て、俺が目覚めた場所は2階の一室、そこが俺専用の部屋。

 窓から見た景色はのどかな田舎。一面の小麦畑があって、所々家が建っている。

 魔王城とは全く異なる場所だ。ずっといると平和ボケをしそうだな。

 情報はこれくらい。

 あと、もう一つ。

 人間はご飯を食べた後、合掌させながら必ず「ごちそうさま」と唱えるみたいだ。

 ……なぜかは分からない。

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