第40話 神霊憑依
一ノ瀬汨羅は消えた天道たちを探していた。
「いなわいね……いったいどうやって逃げたのかしら。そんな一瞬で空に逃げられるような隙はなかったはずだけど……」
汨羅が不思議そうに一人つぶやいた時、注意を払っていなかった方角の地下から巨大なマナの光が起こった。
驚きはっと身をひるがえす。
「地下!? いつの間に……。そうか、空に逃げるといって注意をそらして地下に潜ったのね。なんでこんな単純なウソに騙されたのかしら。それにしもこのマナ量、まだ何か企んでいるわね」
疑問には思いつつも、すぐマナの奔流が起こる場所へと急行する。
「フフ、地下に隠れていようと無駄よ。火球で何もかも吹き飛ばしてあげる。――ファイアボールの
汨羅が片腕を持ち上げ天に向かってピンと一本指を伸ばす。その指先へ次々とファイアボールが生み出され、互いに合体してみるみる大火球へと育っていく。
やがてそれは直径数十メートルの巨大な火の玉となった。発動者自身の汨羅でさえじわじわとダメージを受けるほどの熱量だ。Sランクとして高いステータスを持っているため汨羅が燃えることはないが、少しずつHPが削られていった。
「久しぶりにこの技を出したけど、さすがに熱いわ……。まあこれでおしまいだしいいでしょう。オアシスのすぐ近くに潜んでいれば吹き飛ばされることもなかったのに、バカな子たち」
そう言って汨羅が大火球を地面へと放とうとした時だ、
予想もしない方向から手斧と矢が飛んできた。
すぐに気づいて避けた汨羅だが、体勢を崩されたために、大火球はあらぬ方向へと飛んでいく。元のファイアボールの集まりに戻ってしまった火球は3万の炎の波となって砂漠と空中に霧散した。
「っ、何!?」
苛立ちのままに武器の来た方向を睨みつけると、砂漠の別の場所に開いた穴からタイガとミラの二人がそれぞれ新たな矢と手斧を構えている。
「雑魚のくせに邪魔を……。大火球なんていくらでも作れるのよ。そんなに死にたいならそっちから消し炭にしてあげる。……ファイアボールの、15――」
「《舌切り鋏》!」
別方向から今度は鈴芽の声が響く。途端、汨羅は舌先に痛みを感じた。
同時に指先から生み出そうとしていたファイアボールが消え去る。
「いつっ! ……これは、私のスキルがキャンセルされた!!?」
正確にはキャンセルしたのは詠唱だった。燕の《小さなツバメ》などのように、スキルには発動に詠唱が必要なものがある。汨羅の《米一粒》もまた、発動時増やす累乗を必ず宣言しなければならない。また汨羅の場合ファイアボールの方の呪文名発声もキャンセルされている。
《舌切り鋏》、鈴芽が手に持つ鋏を敵に向けた状態でシャキンと
「27秒しか封印できないよ! みんな急いで!」
鈴芽が叫ぶと、あらかじめ右左の掘っていた穴からジャック、燕が飛び出した。
27秒間、汨羅はスキル《米一粒》も魔法も使うことが出来ない。
「――――!」
「くっ、スキルが」
ジャックが大鎌で汨羅へと斬りつける。レベル32とはいえSランクの汨羅は決してステータスも低くない。ジャックの攻撃を素早くかわした彼女は、地面を蹴って後ろへと退避する。
しかしその動きを見越して、汨羅の逃げた先にはすでに落とし穴が仕掛けられていた。足からバランスを崩して一気にはまり込み、身動きが取れなくなる。
「っ、落とし穴か。舐めた真似してくれるわね」
身体が砂の中へ半ばまで埋まってしまった汨羅へ、燕が魔法詠唱する。
「火の神バーンよ、かつて闇の眷属をその炎で打ち払ったように、我にその力を貸し紅焔の翼を得て敵を燃やし尽くせ、――フレイムバード!」
燕の指先から炎によって生み出された鳥が、汨羅へ襲いかかった。
「あぐっ! ああもう、こんな下級レベルの魔法を喰らうなんて……」
この世界のステータスにはHPだけでなく攻撃力も防御力も概念として存在する。これは突き詰めるとマナによる肉体強化であり、先程汨羅が自身の火球で燃え出さなかったように、防御力が高ければ、魔法を受けてもいきなりやけどすることはない。これは身につけている服にも適応される。
フレイムバードをまともに食らってしまった汨羅だが、ヒットポイントは減ったものの、見た目には服がわずかに焦げただけでダメージはなかった。
「……この程度の魔法で私を倒すつもり? ずいぶんとなめられたものね」
嘲りの笑みを浮かべる汨羅だが、燕はさらに不敵な顔で笑い返した。
「そうでもないわ。戦いを見ていて気づいたけど、あなた回復魔法が使えないわよね? ダメージはわずかでも蓄積する一方なんじゃない?」
汨羅が一瞬虚をつかれたような顔をした後、すぐ無表情にする。
「さあ、どうかしらね」
「ま、教えるわけ無いわよね。それにいいのよ。あたしたちは足止めだから」
燕が次の魔法詠唱に映る。その間にジャックが追撃の大鎌を振るった。汨羅はようやく穴を抜け出すが、詠唱キャンセルが解かれてからもジャックが隙無く攻撃してくるため次の魔法を詠唱することができない。
「くっ、このカボチャ頭、使い魔のくせにこっちが嫌なとこばかり……」
接近戦では埒が明かないと判断した汨羅が、後ろへ大きく飛び退く。距離を取ったうえで魔法を詠唱しようとし、
「ファイアボールの……」
「《舌切り鋏》!」
「ぐっ」
再び汨羅の詠唱が鈴芽によってキャンセルされる。27秒間またも汨羅は逃げ回るしか無い。
一方燕は、鈴芽に向かって声をかけた。
「鈴芽、あと何回まで《舌切り鋏》使える?」
「あと一回! これすごいマナ使うんだ」
消耗した様子で鈴芽が応える。
「わかった。みんな、今のうちに畳み掛けるわよ!」
燕が続けて魔法を放つ。ミラ、タイガ、鈴芽に右左も攻撃に加わった。雷撃、風刃、次々と魔法が汨羅に襲いかかる。
汨羅の元に次々と矢や魔法が着弾し、音を上げて砂を巻き上げた。
両腕で身体をかばうようにしながら汨羅が負けじと声を張る。
「――足止めって、地下でなにか企んでるってこと? ずいぶんあの花咲って男を買うじゃない。そんなに大した強さなのかしら?」
「実際大したやつなのよ、あいつは。ここぞって時に逆転してくれるんだから」
「いいわね、気に入った」
汨羅のつぶやきの後、巨大な砂煙が上がった。
「スキルが、戻って――」
「……あなたの前に花咲の首を転がしてあげたら、きっといい悲鳴を上げてくれそうね。残念でした、時間切れよ」
「……っ!」
燕が即座に穴の中へと撤退する。他の者もすぐ地下に避難した。汨羅は無理に追おうとはせずマナの操作に集中する。
「『風の神エアよ、かつて戦場で風を吹かせたように突風を起こし敵を打て、
とてつもない竜巻が砂漠に巻き起こった。地下に隠れていた燕たちへ猛烈な風が襲いかかる。砂も混じりとても目を開けてられない。
やがて、ようやく風が収まり目を開いた時、視界に飛び込んできた光景に愕然とする。
周囲1キロほどの地面から砂が消えていた。地下に隠れていたはずの燕たちの姿が陽の下にさらされている。
「そん、な」
「これでもう隠れ場所はないわね。覚悟はいい?」
汨羅が笑う。
「《舌切り鋏》!」
何か詠唱される前にと、鈴芽が最後の《舌切り鋏》を発動する。
だが汨羅は動揺することなく鈴芽への距離を詰め、片手で首元を掴むと地面に叩きつけた。
「うぐっ!」
「詠唱をキャンセルできるからって舐めないで。格闘訓練はしてこなかったの? ランクもレベルも違うのよ、こうなるに決まっているでしょう。あなた、戦場に出てくるべきじゃなかったわね」
瞳に何も映していない無表情のような笑みを浮かべ、汨羅は空いてる片手を上げる。
鈴芽は《大きな葛籠》を発動しようとするが、マナが足りない。
燕が悲鳴じみた声を上げた。
「鈴芽!」
「よく見ておきなさい。生半可な覚悟で喧嘩を売ると、お友達がどうなるのか」
汨羅が手を振り下ろそうとしたその時、遠くでひときわ大きなマナの奔流が起きた。
地下で何かやっている天道のことなど完全に無視していた汨羅は、そのマナを感じ取って愕然とする。
「は? なにあのマナは……」
続いてはっと気づいた時、組み伏せていたはずの鈴芽がいなかった。慌てて周囲を見渡すと、離れた場所で天道に助け出されている。
おそらく天道……しかしその男は見た目も気配も何もかも、汨羅の記憶にないものだった。
「あいつ、一体何をしたの?」
全身が浅黒く褐色の肌に変化し、上半身は裸で筋肉質な肉体となっている。片手には独特の形状をした杖を持ち、頭にはエジプトの壁画で見かけるような冠を頂いていた。姿形に大きな変化はないが、耳が尖った三角形のものに変わっている。
褐色の男は、まず抱きかかえている鈴芽へと笑いかけた。笑うと口の奥から尖った犬歯が除く。
「待たせたな。悪りい、遅くなった」
「天道くん、なの?」
「ああ。神霊憑依はうまくいったよ。これでも急いだんだがな、こわい思いさせちまった。謝るよ」
「う、ううん。ぜんぜん大丈夫だよ……」
今まで見たこと無いワイルドな天道の姿に、鈴芽はそんな場合じゃないのドキドキした。
天道が立ち上がり、動く。
それはまさに瞬間移動としか表現できないような移動速度だった。
瞬きをしたあとには鈴芽含む他の戦いの仲間たちは皆一箇所に集められていた。
「ウサ、みんなを回復しといてもらえるか? それと、なるべく離れていてくれ」
「う、うん……。いいけど、一人で大丈夫?」
「大丈夫だ。あとは俺に任せてくれ」
そう言いおいて、天道は汨羅の元へと戻る。
汨羅は笑顔は維持しながらもこめかみをひくつかせていた。
「大した自信ね。全員でかかって手も足も出なかった私に、たった一人で挑む気?」
「ああ、悪いがもう負けない」
「言うじゃない。その顔すぐに青ざめさせてあげる」
実は言葉ほど汨羅の内心は穏やかでなかった。先ほどの天道の動き、まったく目で追うことができなかった。素早さだけなら明らかに汨羅をはるかに超えている。
ただ、汨羅の能力は素早い相手にも面制圧できるのが強みである。大丈夫、どうとでもなる……汨羅はそう自分に言い聞かせている。
対して天道はどこまでも落ち着いていた。
「行くぞ、汨羅」
「来なさい、格の違いを教えてあげるわ」
こうして二人最後の戦いが始まった。
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