第39話 反撃作戦
「そろそろ気づいてもらえたかしら。いくら鍛えても勝てない存在がいるってことに」
一ノ瀬は長い黒髪をゆるく風に遊ばながら、笑う。
俺は身構えた、といって、身構えてどうにかできるものでもない。
完全に判断ミスだった。まさかSランクのナラティブがここまでとんでもないものだったなんて。
「さて、花咲くん。あなたとの戦いはまあまあおもしろいのだけど、他の雑魚はつまらないのよね。……少し間引きましょうか」
一ノ瀬が無造作に片手を持ち上げる。それは後ろから回り込んで弓を放とうとしていたミラさんへと向いていた。
「ヤバい!」
「ウインドカッターの、
風刃の嵐が再び発動される。五百を超える見えない刃がミラさんへ向けてまっすぐ放たれた。
さっきのウインドカッターは広範囲を攻撃したが、今度は範囲を絞った代わりに風魔法自身を追加の風魔法で加速させている。避けようのない速度でウインドカッターがミラさんへと迫った。
「ミラさん!!!」
ウインドカッターの暴風が炸裂した場所で、盛大に砂煙が上がる。
それが晴れた時、最悪の光景は――無かった。ミラさんのもとにはアヌビスが先に回り込んでバリアを展開し守っている。
さらに次の瞬間、アヌビスはミラさんとともに一瞬で俺のそばに戻ってくる。
「大丈夫、ミラ殿はご無事です。マスター」
「あ、ありがとうアヌビス様……」
ホッとして盛大に溜息をついた。
「はーーっ、アヌビス、ありがとう」
俺達を見て一ノ瀬が焦るでもなく感心する。
「すごい速さね……その黒犬の使い魔。私が目で追えない相手は久しぶりよ。これでもSランクだからステータスには自信があったのだけど……。アヌビスって言うの? 魔法も使えるなんてうらやましいわ。あのかぼちゃの死神といい大したものね」
「くっそ、てんで余裕そうな顔しやがって……」
「ですが、たしかに強力です。私の防御魔法でも大きくマナを消費しました。基礎魔法が数の力で恐ろしい威力になっています」
「だよな。単純に五百十二発分だもんな」
「どうしますマスター。このままでは……。私ならあのイチノセとやりあえますが、マスターたちを守りきれる自信がありません」
「ああ、なんとか隙を見つけて態勢を立て直そう」
と言ったものの、あんなでたらめな魔法を使う相手にどうやって隙を見つけるというのか。
その時別方向から声がした。
「みんな、
ウサの叫ぶ声だ。
空? 空ってオレたちは飛べないぞ。そう疑問に思ったがすぐに気づく。これはウサのスキル《いなばの白うさぎ》だ。
予想通り俺のすぐ側の地面に穴が空いた。中からウサが、
「早く早く!」
と手招きしている。最初にミラさんとジャックを先行させ、続いて俺、最後にアヌビスの順で穴へと入った。
穴に入り込む直前、一ノ瀬の方を見ると、まだ空を見上げて動かないでいた。
◆◆◆◆
あの戦闘の最中いつの間に掘っていたのか、穴の先にはちょっとした小部屋くらいの空間が広がっていた。
地上へつながる別の各穴から、燕、鈴芽、タイガさんも降りてくる。
全員の無事が確認できると、ウサが地上に向かって笑う。
「あははは、うっそぴょ〜〜ん。だまされてたね」
「ありがとうウサ、助かったよ」
「えへへ。でも騙せるのは一回限りだよ。これでもうあのおっかないおねーさんに《いなばの白うさぎ》は効かないから」
ウサの《いなばの白うさぎ》はどんなに荒唐無稽なウソでも相手を騙すことができるが、一度きりしか騙せないという制約がある。
「ああ、これからどうするか」
ウサのお陰で一息つけたが、状況が最悪なのには変わらない。
「すまんみんな。まさかあんなにとんでもないナラティブだとは思わなかった」
俺が最初に謝罪すると、燕が首を振って否定する。
「あんたのせいじゃないわ。私も同じよ。Sランクを甘く見ていた。レベルが低いならなんとか付け入る隙があるかも……ってね。バシル帝国から追放されるまでに聞いた情報では帝国のSランクは二人共レベル99でカンストしていたから、規格外の力を聞いてもステータスのおかげだと思っていたわ。まさかスキル自体があそこまで強力なんて」
続けてウサが訊いてくる。
「どうする? いったん逃げる? ボクならちょっと大変だけど、村まで穴掘れると思うよ」
そう言って両手で目の前をかく動作をする。頼もしいしありがたいが、逃げるのは本当に最後の手段にしたい。
「つくづく俺のミスなんだが、最初にこの近くに村があることを言っちまった。今逃げれてもいずれこっちが見つかるのは時間の問題だ。ここで倒せないとどうせ負ける。なら俺は戦いたい」
「賛成だけど、問題はどうやって戦うかよね」
燕が大きくため息をつく。
それから、なにか覚悟の決まった目をした。
「……あたしの《幸福な王子》を使う? 寿命1年くらい捧げれば、なんとか――」
「駄目だよっ!」
大声でまっさきに否定したのは鈴芽だった。普段出さないような彼女の声を受けて、燕が動揺したように振り返る。
「鈴芽……」
「だめだよ燕ちゃん。そんなすぐ自分の命を使おうとしないで」
鈴芽はもう泣き出しそうだった。燕がすっと近寄って、鈴芽を抱きしめる。
「うん……ごめん、ごめんね。わかった。《幸福な王子》は使わないよ」
そう言って鈴芽の背中をさすり、なだめる。
――鈴芽に先を越されちまったな。
「鈴芽の言う通り、《幸福な王子》を使うのもなしだ」
「わかったって。でもどうするの? あたしの《幸福な王子》以外で一ノ瀬のナラティブに対抗できる手段なんてある?」
「…………」
燕に聞き返されて、黙り込んでしまう。
どうやって戦うかまるで思いつかない。さっきの戦いではまるで手も足も出なくて、しかも一ノ瀬は遥かに本気を出してないのだ。
千発の魔法でさえ対処できなかった。これから万、百万と増えていったら逃げ切ることだって多分出来ない。そして一ノ瀬は使わないと言っていたが、その気になったら億まで魔法を放てる。
そこで、それまで黙っていたアヌビスが口を開いた。
「マスター、皆様もよろしいでしょうか。私に考えがあります」
「なんだアヌビス?」
尋ねると、アヌビスは最初にかしこまった礼をしてから話し始めた。
「マスターは、私を信頼してくれております。それはマスターとの間に繋がった
「降ろす?」
「神霊憑依というものです。魔法でもなくスキルでもなく、少々説明ができない複雑な技術なのですが、私とマスターがいわば合体するのです。しかも単に二人の力が合わさるだけでなく、ステータスもマナも魔法技術もあらゆるものが倍加します。今私はマナ以外のステータスはすべて一ノ瀬をはるかに上回っております。それをさらに超える素早さを手に入れられれば、あるいは一ノ瀬の魔法津波もくぐり抜けてこの牙を届かせうるのではないかと思うのです」
「神霊憑依……」
「はい。ただこの技はお互いの深い信頼関係がないと成功しません。失敗すれば弾かれるだけですが、私のマナは大きく消費しますから一か八かの駆けにはなります。ただ私は、マスターとの信頼関係をみるに必ず成功すると確信しております」
「なんか、そこまで言ってもらえると嬉しいな。……その神霊憑依している間、意識はどうなるんだ?」
「なんとも申せません。私とマスターが文字通り同心一体となる術式ですので。もちろん後で憑依は解除できます。というより、私のマナ量でも神霊憑依は1時間と持ちません。消耗も激しい代わりに非常に強力な技です。概算してマスターは一時的にSランクレベル99以上のステータスを手に入れることになります」
「すげえ……」
アヌビスの話を聞く限り、現状それしか方法はなさそうだ。
「わかった。神霊憑依しようアヌビス! 俺は構わないぜ」
「ありがとうございます。ただマスター、もう一つ問題がありまして、憑依に時間がかかるうえに完全に憑依するまで無防備になります。この地下で行いますが、15分ほどなんとか皆様に時間を稼いでいただきたい。……いかがでしょうか?」
アヌビスがそう言ってみんなの顔を見る。
「あの魔法の嵐相手に15分……」
みんな、一瞬顔を青ざめさせる。だが、最初にミラさんが元気よく返事した。
「任せて! さっきアヌビスに様には守ってもらったし、今度は私が守ってあげるよ!」
「俺も、さっきまでまるで役に立てなかった。ここで挽回したい」
続いてタイガさんも一歩前に出て宣言する。
鈴芽が燕から身を離すと、こちらも元気に手を挙げる。
「あ、それなら私にも作戦がある! さっき戦闘中に音声ガイドが聞こえて、《舌切り鋏》の効果がわかったんだ。それを使えば私達でもなんとか戦えるかも」
「へえ、どんなスキルだったんだ?」
「えっとね……」
◆◆◆◆
数分で作戦は決まった。
「よしみんな、反撃開始するぞ。俺が神霊憑依するまでの時間稼ぎ頼んだ! ただ無理はするなよ」
「「「「おーう!」」」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます