第38話 一ノ瀬汨羅のナラティブ
「行け、ジャック!」
「――――!」
開戦速攻、俺はジャックを突撃させる。ジャックは飛ぶように早く一ノ瀬の元へと向かった。
対して一ノ瀬はゆるやかに片腕を上げる。
「火の神バーンよ。我にその加護と力を……、
一ノ瀬の前に小さな火球が生み出される。
ファイアボール? 基礎魔法じゃないか。小手調べということか、単純にこっちを舐めているのか。
当たっても問題ないだろうが、ジャックはわずかに身をずらして射線を避けた。もうジャックの大鎌は、一ノ瀬に届きそうな距離まで近づいている。
意外なほどあっさり決着する――そう思ったときだ。
「――の、
「!!!!」
いきなりファイアボールが無数に増えた。目で数えることもできない。たぶん百以上ある!
巨大な炎の壁と化したファイアボールが、ジャックを飲み込もうと迫ってくる。
「ジャック避けろーーーっ!」
俺が叫ぶと同時、ジャックはものすごい空中機動を発揮して一気に数メートルも飛びのいて、ギリギリ横に避けた。それでもファイアボールを全て避けきることはできず、マントの端が焦げ付いた。
使い魔としてリンクしている俺は、ジャックのマナがわずかに削られたのを感じる。威力は普通のファイアボールと同じらしい。しかし、一度に100以上も食らったら……。
ジャックを捕えきれなかったファイアボールは、3メートルほど進んだところで霧散した。良かった。射程も普通のファイアボールと同じらしかった。
信じられない。まさかただのファイアボールがこんなに恐ろしい魔法になるなんて。
一ノ瀬が感心したように言う。
「あら、やるじゃない。たいてい最初の
それから嗜虐的な笑みを浮かべた。
「じゃあ次は、
一ノ瀬が再びファイアボールを生み出す。しかも今度は無詠唱だ。
次の瞬間、火球は先程の倍の数に増えた。おそらく200以上ある。
「うおおおおおお!」
もはや一ノ瀬の正面に逃げ場はなかった。ファイアボールが放たれた途端、全力でダッシュする。前衛の俺も、中衛にいた鈴芽、燕、ウサも、できる限り横に広がって逃げる。
次のファイアボールも3メートルほど進んで消えた。消えた後も砂漠の気温が上がった気がする。数百も集まったことで、ただのファイアボールが砂漠を焦がすほどの熱を孕んでいる。
ファイアボールの射程が短くて助かったが、これでは一ノ瀬に近づくこともできない。
一ノ瀬がカラカラと笑った。
「アハハハ、これも避けるのね。いいじゃないあなた達、戦闘慣れしている。いいね、楽しいわ。……それじゃあ今度は、射程も速度も上げるわよ。――ウインドカッター」
再び一ノ瀬が片手を持ち上げると、その周囲に風が集まっていくのを感じる。
まずい、ウインドカッターってことは、まともに視認できないんじゃないか。
「嘘だろ……。みんな! 一ノ瀬の正面からとにかく逃げろ!」
「……の、
俺たちは必死に走って逃げた。
一ノ瀬がウインドカッターを放つ。もはや風刃なんてもんじゃない、巨大な突風が迫ってくる。巻き上げられる砂煙が竜巻のようだった。
間一髪、魔法の範囲から脱出する。
嵐のような突風が過ぎ去った後、俺は振り返って愕然とした。一ノ瀬の正面数メートルの空間が120度ほどの扇型に、風の刃でめちゃくちゃにされていた。砂とわずかにあった岩、樹木が寸刻みで細切れにされている。
「な……、ん……」
言葉が、出ない。
俺だけじゃなく、鈴芽も、燕も、ウサも他のみんなも青ざめて震えていた。ちゃんとレベルを上げていなかったら、間違いなく風の刃に捕まり死んでいた。
ただのウインドカッターをいったいどう強化したらこんな威力が出せるのだろう?
200?
300?
まさか……千?
拍手が聞こえる。振り向くと、一ノ瀬が大仰な仕草で手を打っていた。
今追撃されたら、たぶん死んでいた。
一ノ瀬にとってこれはまだまだ遊びなのだ。
「すばらしい、きちんと鍛えた挑戦者は久しぶりよ。あなたのレベルは40台ってところかしら?」
「お前、一体……」
「ふふ、ずいぶん驚いてくれるわね。いいわ、そういう顔とても好み」
一ノ瀬がゆるやかに両手を広げる。
「生物以外のものを2の
Sランクのナラティブがいかにヤバくてとんでもないか、俺たちは思い知らされる。
「今の私のレベルは32。つまり最大32乗まで増やすことができる――。ちなみに2の32乗は42億9496万7296よ」
一ノ瀬の言葉を脳が理解できない。
四十……二億?
「でも大丈夫、本気は出さないから安心して。私がここで億単位の火球なんて出したらオアシスまで消えてしまうもの。そういう意味ではいい場所で戦い始めたわね」
「……ずいぶんペラペラ自分の能力明かしてくれるじゃねえか。いいのかよ」
そんな風に返すのが精いっぱいだった。一ノ瀬は薄い笑みを浮かべたまま言う。
「何も問題ないわ。だってあなた達……ここで死ぬんだもの」
――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
一ノ瀬汨羅のスキルは、曽呂利新左衛門が豊臣秀吉から褒美を何にするか問われ、今日は米1粒、翌日には倍の2粒、その翌日には更に倍の4粒と、日ごとに倍の量の米を100日間もらう事を希望したというお話を元にしています。
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