第37話 Sランクとの初対決
10日ほど後、俺たちは一ノ瀬と交渉するべく出発した。
と言っても、高確率で戦闘になりそうなのでみんな戦闘準備をして臨んでいる。
遠征メンバーは俺、燕、鈴芽、ウサに加えて、タイガさん、ミラさんの総勢6人だ。
本当は夜釣とみぞれ、それに戦闘班のメンバーも全員連れていきたかったんだが、村の方をまったく
タイガさんは斧をメイン武器にしている戦士、ミラさんは基本弓を使う弓兵だが、短剣の扱いもうまい。俺より歳上なので戦闘経験からも頼りになる二人だ。
俺も出発までの間みっちり鍛えてきた。レベルは一気に上がって40になっている。新しいスキルは手に入らなかったものの、ステータスは相当上昇していた。数値ではわからないものの、例えば俊敏さでは以前は追いつくのがやっとだったジャックのスピードにも問題なく連携できるようになっている。本気で走ったらジャックを追い越せるくらいだ。
俊敏さが売りのアヌビスにはまだまだまかなわないけどな。
時間があればもっともっと鍛えておきたかったが、やむを得ない事情で遠征開始となった。
というのも、最近ハロウィン村に食料があることが周辺に知られ始め、移住希望者がやってくるようになったのだ。
移住希望者たちはその多くが行き場のない追放者、避難民で、日々生きるのもギリギリの生活をしていた。藁にも縋るような思いでハロウィン村までやってきたのだ。
俺も以前かぼちゃを栽培していたら数日でウサに見つけられた。エンドア砂漠は過酷な環境だけにみんな食料のある場所を必死で探しているんだろう。
移住希望者は全員受け入れることにした。彼らに話を聞くと、ハロウィン村のことはまだ大きな噂として広がっているわけではないらしい。ただこのままでは村のことが他に知れ渡るのは時間の問題。そうすれば
こちらから打って出るには今しか無い、と決まった。
だが戦力に不足はないと思う。参考までにみんなのステータスを示すと、
――――――――――――――――――――――
花咲 天道
【レベル】40
【ナラティブ】《花咲かじいさん》
【ランク】EX
【スキル】
スキル1《枯れ木に花を咲かせましょう》
スキル2《黄金臼》
スキル3《ここほれワンワン》
――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
九十九 鈴芽
【レベル】27
【ナラティブ】《舌切り雀》
【ランク】B
【スキル】
スキル1《舌切り鋏》
スキル2《すずめのお宿》
スキル3《大きな葛籠と小さな葛籠》
――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
心裂 燕
【レベル】35
【ナラティブ】《幸福な王子》
【ランク】A
【スキル】
スキル1《小さなツバメ》
スキル2《王子の両眼》
――――――――――――――――――――――
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右左 白煌
【レベル】35
【ナラティブ】《いなばの白うさぎ》
【ランク】C
【スキル】
スキル1《いなばの白うさぎ》
スキル2《蒲の穂》
スキル3《大国様の袋》
――――――――――――――――――――――
このようになる。一ノ瀬がどのくらい強いか知らないが、ソロ相手なら負ける気はしない。
事前の準備もした。レベル上げだけじゃなく畑で薬草を作って
ちなみにこの金は俺のアカシア《黄金臼》で出したものだ。ナツメヤシ《黄金臼》は白米だったが、アカシア《黄金臼》は金貨を生み出す能力があった。カヅノさんに確認してもらったところ、俺が出したのは世界共通の貨幣で一万ガルド金貨だった。だいたい日本の1万円と同じ価値だ。
これがマナを入れる限り無限に生み出せる。出せる量は1割のマナで500枚くらいだ。いくら金があってもここはエンドア砂漠のど真ん中、使う機会なんて無いかと思ったが、初めて役に立つ時が来た。
一ノ瀬が素直に金が大好きなやつだといいんだが……。
これらの物資はアヌビスとウサに運んでもらっている。特にウサの《大国様の袋》は見た目以上にいろんな物が入る簡易アイテムボックスだ(ただし中で時間が止まったりリスト化して自由に出し入れしたりはできない)。
こうして俺たちは、一ノ瀬のいる西のオアシスへと向かった。
◆◆◆◆
「あれが目指すオアシスか」
西に向かって歩くこと数時間、いよいよ目的のオアシスが見える。
遠目にも植物が生い茂りカラフルな鳥が飛び立ち、砂漠の楽園みたいな場所だ。
しかも、オアシスに近づくにつれて音楽まで聞こえてきた。
砂漠に音楽? なんか、クラシックっぽいけど。
「これは……バイオリンか?」
「ええ。曲はパッヘルベルのカノンよ」
燕がつぶやく。
慎重に警戒しつつ近づいたのだが、オアシスから攻撃が飛んできたりはしなかった。ひとまず平和的に会ってくれるのか、それとも俺たちのことなどまともに警戒する気もないのか。
やがて、オアシスにいる人間の顔がはっきりと分かるまでに近づく。
オアシスにいたのは二人だった。
一人は立って優雅にバイオリンを弾いている。楽器に見合うタキシード姿な上にシルクハットまで被っていて、めちゃめちゃカッコつけていた。さらには顔も嫌味なくらい整っていたが、胸が豊かに膨らんでいるので女性らしい。年はたぶん俺より2〜3コ上に見える。
もう一人はオアシスにある小さな水場のそばで、パラソルの下ビーチチェアに寝そべっていた。ご丁寧も隣のテーブルには、こちらの世界の飲み物らしいオレンジ色のジュースがグラスに入れられている。その絵だけ切り取るとセレブの優雅なバカンスって感じだ。
こちらに背を向けているため、まだ顔はわからないがこちらも女性らしい。
絵面だとどう見てもビーチチェアのほうが主人って感じで、たぶんこっちが一ノ瀬だ。
俺たちが近づいても、二人は何の動きも見せなかった。バイオリンも止まらない。ここまで無警戒だといっそ清々しくなる。
どうせなら近づけるだけ近づいてやろうと思って、俺はあと数メートルの距離まで歩み寄ってから声をかけた。
「あの、挨拶してもいいか!」
俺が声をかけても、バイオリンの演奏は止まらなかった。こちらを見もしない。
ただ、ビーチチェアの女性が振り返りもしないままゆるく片手を上げる。それでイケメン女子はピタッと演奏を止めた。
ゆったりとした仕草でビーチチェアの女性が身体を起こす。意外にも、日本のセーラー服姿だった。
「なにかしら?」
なんとも雰囲気のある女だった。背は高く、スタイルも抜群で、異常に整った顔をしている。イ◯スタの写真とかでたまに怖いくらいきれいな顔のモデルさんを見ることがあるけど、まさにそんな感じだ。美しいんだけど、作り物みたいに整った美女だった。紺のセーラーに赤いリボンというクラシックな制服だが、そこから発される雰囲気は只者じゃない。
容姿は人間離れしたものじゃないが、腰まで届く長い黒髪とか、光のまったく見えない闇色の瞳とかが、魔物、妖怪のようなそら恐ろしさを醸し出している。
もう一つの特徴として、耳が横に長かった。髪も目も墨を流したような漆黒だが、そこだけハイエルフとして転生した特徴を残している。
なるほど、これがSランクか。そう思いながら俺は挨拶する。
「一ノ瀬さん……ってのは、どっちかな?」
「私よ。あなたも日本から来た召喚者?」
案の定、エルフ耳の黒髪が一ノ瀬だった。彼女の言葉に頷く。
「ああ。俺は花咲天道。一ヶ月ほど前にこの世界へやってきた」
「そう、ご愁傷さま。最悪でしょうこの世界」
「まったくだ。今まで生き延びられたのは奇跡だよ」
一ノ瀬の瞳は真っ黒なまま、何の光もたたえていない。人形と話しているみたいだ。
「そう、運が良かったのね。なら拾った幸運に感謝するべきだわ。言っておくけどここは、私の機嫌次第で命が吹き飛ぶ場所よ。発言は慎重に行うことね」
「ああ、らしいな。だがこっちにも切羽詰まった事情っていうのがあってね。俺たちはより長く確実に、生き延びたいと思っているんだ。
それでどうだろう、ここの水を少しばかり融通してくれないか? もちろんただとは言わねえよ。食糧でも金でも、ポーションやアイテムでも欲しいものを行ってくれ、あんたに提供する。そっちの言い値で買い取るぜ」
俺なりに破格の条件をつけたつもりだったが、一ノ瀬は冷淡だった。
「お断りするわ。私は他者との交流を望まないし、他者の生存にも興味がないの。食糧は必要な分だけ奪ってくればいいし、あなた達と助け合う必要はない」
「そんな事言わずに一度食ってみろよ。俺の作る米はうまいぞ」
「あらそうなの。じゃあ今度
一ノ瀬が美しく笑う。仮面を付け替えたような笑みだった。
ダメだ。話が通じねえ。
交渉は対等な立場で行わないといけないって言うが、完全に向こうはこっちを弱者だと思っている。
「……このオアシスの近くに、百人くらいの人が住んでいる。みんな水を欲しがって、腹をすかせている。なにもオアシスを干上がらせようってわけじゃない。ちょっと分けてくれるだけでいいんだ。お礼は必ず十分にする。考えてみちゃ、くれないか?」
「同じことを2度言わせないで。私は他者に興味がないの。減点1よ、花咲くん」
言葉通り一ノ瀬の雰囲気が変わる。明らかに一ノ瀬のマナが活性化していた。
早えよ。もう戦闘態勢かよ。
カヅノさんたちの言った通り、これは覚悟を決めないといけなさそうだった。
「別に喧嘩しに来たわけじゃないんだけどな。言っておくけど、俺たち強いぜ」
「フフ、なにか勘違いしているようね。戦いになるとでも思っているの? あなた達の生殺与奪を決めるのはすべて私よ」
無理だ。俺も身体のマナを活性化させる。
「後悔しても、知らねえぞ」
「だから、こちらのセリフよ」
俺はちらっとイケメン美女を見た。
「そっちのねーちゃんも、戦う気か?」
「まさかまさか、僕は観戦者さ」
格好に似合う気障ったらしい振る舞いで、イケメン美女は優雅に礼をした。
「自己紹介が遅れたね、初めまして。僕は
イケメン美女
一ノ瀬が、少し自慢げな顔をして言う。
「
「お褒めに預かり光栄だよ。お嬢様」
「ええ、あなたを失う訳にはいかないわ。有都、できるだけ離れていて」
そう言った後、一ノ瀬がこちらに顔を向ける。
「ありえないとは思うけど、仮に有都を傷つけたら許さないから。生まれてきたことを後悔するくらいひどい目に合わせてあげる」
「こっちも、戦闘に関係ないやつを傷つけるつもりはねえよ。というか、別にこっちは戦いたくなんか無いんだぞ」
「態度が間違っているわ。一応言っておくけれど、今すぐ謝罪して持ち物全部おいていくなら、見逃してあげてもいいわよ」
「……話が通じねえことが、よくわかった」
俺は構える。ジャックとアヌビスがすぐさま隣にやってきた。
他のパーティーメンバーもみんな戦闘準備完了だ。
そんな俺達の姿を見ても、一ノ瀬は変わらず人形のように笑っていた。
「かかってきなさい。少しは楽しませてよね」
「……みんな行くぞ!」
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