第36話 Sランク、一ノ瀬 汨羅

「Sランク、って……」


「いや待て待て待て、Sランクって言やあどこの国でも特級戦力なんだろ? なんでエンドア砂漠ここにいるんだよ」


 その一ノ瀬いちのせ 汨羅べきらってやつのナラティブがどんなものか知らないが、少なくともSランクで弱いってことはないだろう。Fランク以下と勘違いされた俺のEXや、戦う力がないと判断された鈴芽と違って追放される道理がない。


 最近住み慣れてきたので忘れていたが、エンドア砂漠は基本死の土地、捨てられた者たちが集う流刑地なのだ。


 するとタイガさんはゆるやかに首を振った。


「俺も詳しくは知らないんだが、なんでも一ノ瀬はどこかの国によって召喚された者ではないらしい。ハイエルフと言う種族があるのだが、その里に偶然異世界から渡ってきたのが一ノ瀬だと聞いた。

 その後何らかの事情から人と関わりを絶ったのだと聞く。他国からのスカウトも多数あったが、ずいぶん手荒な方法で追い返されてるらしい。西のオアシスは事実上一ノ瀬の独立国だよ。

 ただこれらもずいぶん昔の話だと聞いた」


「ずいぶん昔って、それいつの話なんだ?」


「それは俺も……」


 そこでタイガさんはカヅノさんの方を見た。頷いてカヅノさんが言う。


「私も一ノ瀬の伝説は聞いています。たしか70年ほど前の話です」


「70年!? そんな昔からこの世界に日本人が来ていたのか!?」


 いや、ていうか。


「70年前って、それ今でも生きてんのか?」


「生きているどころか今も若々しいままです。この世界に来た時にハイエルフに転生したそうで、寿命は私達人間よりずっと長いのです」


「なるほどな。ウサと同じようなパターンか」


 ウサは、ナラティブ《いなばの白うさぎ》の影響で兎人に転生した。ナラティブの影響で身体そのものが変わってしまうのは珍しくないらしい。

 ……しかしハイエルフになるナラティブってどんなのだ?


「ところで、ここが肝心なんだが、交渉して一ノ瀬から水を分けてもらうことは可能か?」


 タイガさん、ミラさん、カヅノさんが目線を交わした後、そろって首を振った。


「無理だな」


「無理」


「まず、無理でしょうね」


「そんなにか……」


 三人の考えを代弁するようにカヅノさんが語る。


「タイガも言っていましたが、一ノ瀬汨羅は昔から孤高を好み人と関わらないと聞いています。バシル帝国をはじめとして様々な国が彼女を陣営に取り込もうと勧誘や脅迫を行いましたが、すべて跳ね除けてきました」


「しかし孤高を好むなんて言ったって、何もかも一人で生きれはしないだろ? 食料や水はオアシスでなんとかなるのかもしれないけど、住む場所や服とか、薬や日用品はどうしているんだ?」


 幸い、こっちには食料だとか鈴芽の小さな葛籠で作り出せるアイテム、財宝がある。場合によっては交渉してそれらと水と交換してもらえないだろうか。


 そう考えて尋ねたんだが、カヅノさんは再び首を振った。


「一ノ瀬は盗賊団を一つ飼っているのです。その盗賊は一ノ瀬の配下というわけではなく、ただ必要な時に呼び出され必要なものを奪ってくる役割だと聞きます。仮にその盗賊団が強奪に失敗したとしても、一ノ瀬は助けたりしません。主人と奴隷のような関係だとか」


 ……嫌な予感がする。


「その盗賊は、当然さらに弱い人達から奪ってくるんだよな」


「はい。先程一ノ瀬の配下ではないと言いましたが、その盗賊は一ノ瀬の威光を笠に来てやりたい放題しています。この村も以前に一度、食糧を奪われたことがありました。最近でも遠くの集落が、わずかな食料も蓄えも何もかも奪われ滅ぼされたと聞いています。そして一ノ瀬は、それを知っていながら放置しています」


「…………」


 知らず俺は両拳を握る。


「それじゃあ、その盗賊団は、またここにやってくるかもしれないじゃないか」


「はい。以前の追放者だけの村だったとき、ここには食料も蓄えもなにもありませんでした。だから襲われずにすんだのです。ですがハロウィン村となった今、ここにたくさんの食料があると知られたら……」


 欲しいものは奪ってくる。それが向こうのやり方ってことか。


 そんなの、放っておけない。


「わかった。俺がなんとかする」


「なんとかって、どうする気? 戦うの?」


「それは最後の手段だ。まずは交渉してみる。どっちにしろ目をつけられたら終わりなんだ。戦うにしてもこっちからあらかじめ準備して、できる限り有利な状況で戦いたい」


「ふむ……。ま、防衛力を整えるのは賛成ね」


 と、燕が頷いた。


「ところでカヅノさん、一ノ瀬はなんのナラティブなんだ?」


 ナラティブやスキルが分かれば、だいぶ戦いやすくなる。

 しかしカヅノさんはこれにも首を振った。


「わからないんです。一ノ瀬汨羅と戦ったものは全員倒されてしまって、ナラティブの詳細が知られていないんですよ。ここ何年もモンスター以外と戦ってないですし。近づく事もできないので、みな遠目に一ノ瀬の戦いを見ることしか出来ないでいます。ただ……その戦闘を見た者によれば、非常に巨大な炎を放っていたと言う話です」


「俺は、大量の水を出していたとも聞いたことがある」


 タイガさんが補足する。俺は腕組みしてうなり、燕を見た。


「う〜んそうすると、魔法系か?」


「魔法使いで有名なのだと、《シンデレラ》や《茨姫》、《ヘンゼルとグレーテル》の魔女なんかもあり得るわね。女だし」


「前から気になってたんだけど、もしかしてナラティブって性別によって発現しやすいスキルが変わるのか?」


「あるわよ。例えば《シンデレラ》で言えば、女はシンデレラか魔法使い、男は王子系のスキルが発現しやすいわ。《浦島太郎》なら男が浦島太郎、女は乙姫と言う感じね」


「それじゃあ一ノ瀬も魔女や魔法使い系か……。弱点が絞りづらいな」


 万能に魔法を使えるとしたら、かなり厄介ない相手だ。対策が取りづらい。


「弱点というほどではありませんが、こちらに有利なことが二つあります。一つは一ノ瀬が孤高を好み、パーティーを組まないこと。もう一つは、一ノ瀬のレベルが低いことです。これは本人も自分から言っているので広く知れ渡っているんですが、彼女のレベルは32とSランクにしてはだいぶ低いです。たまにモンスターと戦ってもいるのですが、レベルが上ったりはしてないそうです」


 と、カヅノさんが言う。


「70年前からこの世界にいるのに、そんなに低いのか? なんでだ?」


 俺ならレベリングめっちゃするが。


「理由はよくわかっていません。いくらSランクのレベルが上がりにくいと言っても、戦っていればそれなりに増えていくものなのですが……何十年も前から32より上がってないそうです。もしかするとナラティブの制約で、非常にレベルが上がりにくいのかもしれません」


 俺は燕に尋ねる。


「レベル差っていうのは戦力的に重要か?」


「めちゃくちゃ重要よ。レベルの上昇はステータスに直結するし、ナラティブも成長する。同ランク同士なら一つでもレベルが高いほうが有利だし、まず覆ることはないわ」


「わかった。じゃあまずは俺が一ノ瀬のレベルを超えることから始めよう」


 EXの俺が一ノ瀬のレベルを超えれば、まず負けることはないはずだ。ジャックにアヌビスも加わって、戦力は数倍に上がっているからな。

 それに、最近はパーティーメンバー全体の戦力が上がってきて、より多くのモンスターを倒せるようになってきた。今の俺のレベルは29だから、32を超えるまでそんな時間かからないだろう。


「ハロウィンパーティー全体でレベル上げしてから、一ノ瀬に挑む。タイガさん、ミラさんも鍛えておいてくれるか? たぶんハロウィン国の最大戦力で臨むことになる。一応交渉から入るが、場合によっては戦いになるだろう。みんなそのつもりで鍛えてくれ」


「「「はい!」」」

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