第35話 オアシスへ

「金鉱……?」


「はい、この大きさですと、埋蔵量はざっと100トンはあるかと」


「ひゃ……」


 すごすぎて想像がつかない。


 頭がパンクしたときは燕を頼るに限る。戦闘配置を変えて、燕にこっちへ来てもらった。

 さっそく燕に質問する。


「なあ、金100トンって何トンだ?」


「はあ? あんたバカなの? 砂漠の熱気で湯だった?」


 辛辣な物言いだったが、かくかくしかじかとアヌビスの見つけてくれた金鉱の話をすると、燕も同じ状態になった。


「金100トンって何トンだっけ……?」


「な! なるよな、そうなるよな!」


 人間、すごすぎるものを目の前にすると冷静に計算できなくなるのだ。

 それでもしばらくすると、燕は徐々に理性を取り戻していった。


「……たしか、佐渡金山の総採掘量が、約80トンだったはずよ」


 震える声でそう語る。さすが燕、なんでも知っている。


「す、すげえな。俺たちいきなり大金持ちじゃねえか……」


「あ、あははは、喜ぶのは早いわ。金の採掘も精錬も簡単ではないし……」


「あ、そのような技術は私が持ち合わせております。これでも神ですから」


 アヌビスが手を上げてあっさりと言う。

 燕が引きつった笑顔で、


「そ、そう……じゃあ、すぐにでも開発できる、わけ?」


「マスターたちがお望みとあらば」


「ふ、ふーん……。まあでも、どうせエンドア砂漠ここじゃあろくな交易もできないし、開発は後回しでもいいわね。今はまず新しい井戸、でしょ?」


「そうでしたな。マスター、申し訳ありませんが今一度スキルの発動を!」


「お、おう。スキル《ここほれワンワン》!」


「わんわーん!」


 アヌビスが再びどこかへと走り去っていった。


 ついでに言うと、《ここほれワンワン》はそれなりにマナを消費する。俺の体感だと1割くらいだ。安全マージンを考えると日に3〜4回が限度かな。

 まあ、消費マナに見合うどころじゃないものをアヌビスは見つけてくれたわけだが……。


 燕が心配そうな顔で俺の袖を引っ張った。


「ねえ、どうするの? 金鉱床なんて完全にあたしたちの手に余るわよ」


「はは、どうしようかな……。村の共有財産にするにしても、管理が大変そうだ。それにもし周囲から金を狙って悪い奴らが来たらどうするか。ほら、昔アメリカでゴールドラッシュってのがあったんだろ?」


「十分考えられるわね。国の防衛戦力が整うまでは、いったん金鉱床は秘密にして……」


「マスター! 向こうでミスリル銀鉱床を見つけました!」


「「もうやめてえええええええ!!!」」



◆◆◆◆



 その後三回、《ここほれワンワン》を発動して、結局井戸は見つけられなかった。

 代わりに……、


・金鉱床、1

・銀鉱床、1

・ミスリル銀鉱床、1

・かつての盗賊が埋めたらしい財宝の山、1

・あきらかに怪しい地下神殿のあるダンジョンの入口、1


 が、見つかった。


「………………」

「………………」


 俺と燕は頭を抱える。

 アヌビス、すげえ、すげえよ……。

 でもなんかすごすぎてもう訳わかんなくなってるよ……。


「マスター、最後に見つけたダンジョンの入口ですが、おそらくあの先にはこの地にかつてあった古代文明の遺産が残っているはずで……」


「待って! 待ってくれアヌビス! 俺も燕ももうキャパオーバーだから!」

 

 俺は慌てて全力で制止する。

 アヌビスが、見るからにしょんぼりした。


「期待に応えることは……できませんでしたか」


「違うんだ! お前は最高の仕事をしてくれたんだ! ただ俺たちがいろいろとついていけないだけなんだ」


「かくなる上はこのアヌビス、マスターのために次こそはダイヤモンド鉱山を発見して……」


「もういい、もういいんだ!」


「お願いもうやめて! ただでさえ埋蔵量を考えるのがこわいの!」


 責任感からさらに張り切ろうとするアヌビスを燕と二人必死になだめた。



 ◆◆◆◆



 その後どうにかアヌビスを落ち着かせ、パーティーメンバーにもまだ気軽に話さないよう口止めをした後、俺と燕は定例会議で今日の出来事を報告した。


 結果を聞いたカヅノさん、タイガさん、ミラさんはもちろん唖然としていた。

 俺と燕が顔を見合わせて話す。


「アヌビスの《ここほれワンワン》は、しばらく封印ね」


「ああ、ここまでとんでもない効果をはっきりするとは思わなかった」


 しばらくして、最初に衝撃から立ち直ったカヅノさんが質問してきた。


「それで……諸々の地下資源のことはひとまず置くとして、結局井戸は見つからなかったんですよね」


「ああ、アヌビスいわく、ここは地下水脈のルートから大きく外れていて、新しい井戸に使えるほどの水量はないって話だった」


「なんか、西の方に有望そうな地下水脈がある気がする……とか言っていたわね」


「西、西か……」


 タイガさんが何か考えるようにつぶやく。


「おそらく、あそこのことだな……」


「なにか知ってるの?」


 俺が尋ねると、タイガさんが難しい表情で答えた。


「……西のオアシスのことだ」


 途端、カヅノさんが顔を青ざめさせ、ミラさんが「あそこか〜」と露骨に渋い顔をする。

 なにかあるらしいが、オアシスと聞いては捨て置けない。


「西のオアシスって?」


「実はここから15キロほど行った場所に、この周辺では唯一のオアシスがあるんだ。それほど大きくはないが、水量は豊富で花々も動物も活き活きと生を謳歌している楽園のような場所が」


「本当か! なんで早く教えてくれなかったんだよ。……あれ、でもタイガさんたちは村の井戸しか使ってないよな? 近くにオアシスがあるならなんで使わないんだ? というか、いっそそっちをを拠点にすればもっと暮らしやすいんじゃないか」


 俺の問いには、仏頂面のミラさんが答える。


「そこがね、一ノ瀬いちのせ汨羅べきらの支配地なんだよ」


「「いちのせべきら?」」


 俺と燕が同時に聞き返す。


「一ノ瀬って日本の名字ってことは……召喚者か?」


「そう。あなた達よりずっと前にやって来た異世界人。しかも……Sランクの、ナラティブ保持者なの」


「「Sランク!!?」」


 また俺と燕が同時に驚いた。

 Sランクの恐ろしさはこの前燕に教えてもらったばかりだ。


 まさか……早くもSランクのナラティブと戦わないといけないのか?

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