第34話 水場を探して

 ハロウィン国(といってももまだ村が一つあるだけだが)では毎晩会議を開いていている。

 会議の参加者は、俺、燕、元村長カヅノさん、男性代表のトラ族タイガさん、女性代表のネコ族ミラさんの5名だ。国の方針は大まかにここで話し合って決めてる。


 そんなある日の会議の冒頭で、俺は言った。



「水が足りない」



 ミラさんが不思議そうな顔で問い返す。


「飲み水ってこと?」


「いや、そっちもいずれ考えないといけないが、今必要なのは農業用水だ」


《花咲かじいさん》をレベルアップさせ、ハロウィン村のみんなにも協力してもらったおかげでどんどん畑は増えた。

 正確な大きさはわからないが、たぶんもう50ヘクタールくらいはあるんじゃないだろうか。

 ハロウィン村の食糧を賄うには十分過ぎる広さだ。

 ただそこまで広げた結果、問題が出てきた。畑にまく水が足りないのだ。


「この砂漠で水を出せるのって、すずめのお宿と村の井戸一つだけだものね」


「そうなんだよ近くに川でもありゃいいんだが、ここは砂漠だからな」


 もちろん雨も一滴も降らない。それどころか俺がこの世界に飛ばされてからもう一ヶ月近く経つが、雲一つ見たことがない。


「実は、村の井戸も少しずつ水位が下がっておりまして」


 カヅノさんが困ったように眉を寄せて言った。


「もともと枯れ井戸だったところを村のみんなで掘り返してようやく復活させた井戸でしたから、水量はそれほどでもないのです。すぐまた枯れるわけではありませんが、このままずっと使うことは難しいでしょう」


 それを受けて燕が意見を出す。


「夜釣の《置いてけ堀》から水を引くことはできないかしら。あれ、消費マナの割に結構な水量よね」


「夜釣はこの前レベル15に上がったときに《置いてけ堀》出してくれたけど、半径5メートルってところだったな。畑に撒くには足りないし、あれ元々が罠用に作られたスキルだから、減った水量はマナ追加しても少しずつしか回復しないらしいんだよ」


「んん、緊急で使うならともかく、毎日は無理ね」


「カヅノさん、次いつ雨が降るかってわからないか。エンドア砂漠って全く雨がふらないわけじゃないんだろ? ところどころ木はあるし、前に雨で毒が流れ出して砂漠が広がったって聞いたから。俺のいた地球のサバンナって場所では、たしか雨季と乾季って季節があったんだが」


「あるにはありますが今年の雨季はもう終わってしまいました。エンドア砂漠では雨は夏にしか降らないのです。次に降るのは来年の夏になります」


 今は冬。こっちの暦では11月終盤だ。


「半年以上先かあ。きっついなあ……」


 とても待てない。

 燕もため息をついて言う。


「やっぱり新しい井戸を掘ることが必要そうね。でも井戸なんて、闇雲に掘っても水は出ないわよ。ちゃんと専門知識を持って地形を読まないと」


「そもそも、このエンドア砂漠に地下水脈は限られています。掘ったところで出るかどうか……」


 カヅノさんもそう心配そうにする。

 俺は腕組みして唸った。


「うーーん……」


 実のところ、俺が悩んでいたのはどうやって井戸を掘るかじゃない。もうその当てはある。問題は、その当てをあまり使いたくないことだった。


 だが、背に腹は代えられない。


「しょうがない、なるべくやりたくなかったけど、あの手を使うしかないか……」


「「「?」」」



◆◆◆◆



 翌日、俺はパーティーメンバーとともに村の外に出た。

 砂漠の真ん中で、俺はアヌビスに手を合わせる。


「アヌビス……すまねえっ!」


 ある残酷な命令をしなければならず、心からアヌビスに詫びていた。

 これから恐ろしい命令を下されるというのに、当のアヌビスは落ち着いている。


「私はマスターの守護神獣です。マスターのお役に立てることこそ我が喜び。どうかお気になさらず、存分にご下命ください」


「すまねえ……ほんと……。こんなことに神のアヌビスを使うなんて申し訳ないんだが」


「お気になさらずと申し上げました。さあ遠慮なく、私にお命じください」


「すまねえ……アヌビス! スキル《ここほれワンワン》発動!」


「わんわーん!」


 アヌビスはひと鳴きして走り出すと、あたりの砂地を嗅ぎ回り、やがてある場所に気づくと、猛烈な勢いで地面を掘り始めた。ちなみに鳴くのまでスキルの範疇だ。


 うう、残酷すぎる。

 まがりなりにも神として生を受けた者の姿か、これが……?

 惨すぎる……これが尊厳破壊ってやつか。


 俺の作戦は、アヌビスに《ここほれワンワン》で井戸を探してもらうことだった。 

《ここほれワンワン》は使い魔化した犬系モンスターに命じることで、地面の下から有効なアイテムやお宝を掘り出させるものだ。なにを掘り出せるかはわからずガチャみたいにランダムだが、このスキルを発動したら、井戸も見つけられるのじゃないかと俺は考えたのだ。


「すまねえアヌビス。村の未来はお前にかかっている、たのんだ。……それじゃあみんな、アヌビスを守るぞ」


「「「はーい!」」」


 アヌビスが掘っている間、俺たちは彼にモンスターを近づけさせないよう護衛する。


 なお、今日は鈴芽の単独戦闘初挑戦の日でもある。

 俺と燕がハラハラする中、鈴芽は自信満々だった。


「大丈夫! 最近私すっごい強くなったんだから!」


 さっそく敵が現れた。鉄サソリとエンドアスネークが合わせて10体、砂の中から現れる。かつての鈴芽なら戦うこともできなかった相手だが……。


「スキル発動、《大きな葛籠つづら》! いっけー! バイソンちゃん」


 鈴芽がスキルの発生とともに身の丈ほどもある葛籠を生成する。葛籠の口がガパリと開き、そこからエンドアバイソンが群れをなして突撃していった。


 鉄サソリもエンドアスネークもなすすべなく蹂躙されていく。エンドアバイソンの太い角と強靭な脚が、サソリの甲殻も蛇の鱗も関係なく突き払い踏み潰していった。


 もしものときの護衛として鈴芽のそばにいた俺は、ぽかんと口を開けてその光景を見つめる。


「す、すげええ〜〜!」


「お疲れ様バイソンちゃん、みんなもどってー!」


 鈴芽が言うとバイソンが次々と葛籠の中へと戻っていった。聞いてはいたが本当に従順なんだな。


「あ、まだ生きてるサソリがいるね。《小さな葛籠》!」


 鈴芽が瀕死の鉄サソリのそばに行って小さな葛籠を向けると、そいつは葛籠の中へと吸い込まれていった。鈴芽が小さな葛籠を背中に負う。小さな葛籠の方はショルダーバッグくらいの大きさだ。

 

「よし、と。どんなアイテムになるか楽しみだね」


「小さな葛籠は背負う必要があるのか?」


「うん、背負っている時間が長ければ長いほどいいアイテムや価値のある宝物になるんだって。1時間位は背負ってないとアイテムにならなくて、途中で開けると中のモンスターも消えちゃうんだ」


「ほー。そういえば、昔話の舌切り雀でも正直爺さんが『途中で降ろして中身を見ない』って約束を守って宝を持ち帰ってたな。それが制約化してるのか」


 ナラティブに制約のない能力はない。前に燕の言っていたとおりだ。

 まあ、燕自身はそのルールから外れる特異能力持ちなわけだが。

 

 その燕はもうひとりでモンスター相手に戦っていた。呪紋が解けてマナを使えるようになり、魔法をバンバン使ってる。

 しかも自分なりにアレンジしていた。


「――フレイムバード!」


 燕が詠唱を終えると、鳥の形をした炎が敵モンスターめがけて発射される。フレイムランスを燕が自分で詠唱を変えて改造したもので、従来のフレイムランスより距離や飛び方に自由度が高いらしい。


 この魔法のアレンジを見たカヅノさんは、青ざめて倒れていた。本来ならAランクの《賢者》をスキルを得られるようなものじゃないとできないらしい。

『天才でございます……』とはカヅノさんの言だ。


 考えてみれば燕は俺たちの中で唯一ナラティブに頼っていない。《幸福な王子》が滅多なことで使えないせいだが、燕は持ち前の才能と努力だけでいつも俺たちについてき、それどころか引っ張ってくれていた。


「つくづく凄いよなあいつ……」


 次々とモンスターを倒していく燕の姿を眺めながら、俺は今更に感心する。


「……マスター! どうぞ、こちらへ来てください。すごいものが見つかりました!」


 その時、アヌビスが俺を呼んだ。


 やった、地下水脈か!?


 急いでアヌビスの元に行くと、彼は笑顔で自分の掘った穴を指さしている。


「地下水か?」


「いえ、それは残念ながら」


「そうか……」


「ご期待に添えず申し訳ありません。」


「いいんだ。こちらこそごめん。それでなにが見つかったんだ?」


「はい、見てください! 金鉱床がありました!」


「すっ……」


 アヌビス、井戸どころかとんでもないものを見つけてくれた。

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