第33話 宴の夜
タイガさんがグラスを掲げて音頭を取る。
「それでは、ツバメさんの解呪と病気の者たちの快癒を祝って」
「「「カンパーーーイ!!!」」」
夜、ハロウィン村では宴会が開かれた。口上の通り燕の呪紋解消と村の人たちの病気快復を祝ってだ。
あ、宴会と言っても村には酒がないので飲み物は果実ジュースだけだ。俺たちは別にいいけどタイガさんとか大人組が飲みたそうにしていた。
村のみんなが笑顔で食べたり飲んだりしている。ハロウィン村の住民全員が集まるのはこれが初めてだ。病気で寝ていた人たちもみんなアヌビスの作ってくれたスペシャルポーションで快復することができた。
みんな本当にうれしそうだった。
広場中央の大きなテーブルにはごちそうが並んでいる。肉、魚、野菜に果物とよりどりみどりだ。
「うう、うまそ〜」
俺も早く食べたい。
開幕、村の人達から感謝の挨拶をされっぱなしでなかなか料理を取りに行けないのだ。
ただ、料理を取りに行く前にどうしてもねぎらわなきゃいけない相手がいる。
「お疲れ様、アヌビス」
「マスター?」
飲み物を持ってアヌビスのところへ行くと、驚かれた。
「今回一番頑張ってくれたのはお前だろ、お疲れ様。燕の解呪も村の人の治療もありがとうな」
そう言って飲み物を手渡す。アヌビスはびっくりしたままだった。
「そんな、私はマスターの守護神獣ですからお役に立つのは当然です。例の言葉など不要です」
「なーに言ってんだ、がんばったやつに感謝するのは当然だろ。ほら、お前もこんなスミっこでかしこまってないで宴会に混ざれよ」
宴が始まってもアヌビスは広場の隅で彫像のようにつっ立っていた。一部の村の子からは本当にそういう石像だと思われていたフシがある。
今回の立役者がそんなんじゃもったいない。遠慮してるやつは巻き込むに限る。
「みんなー! 今回呪いの解消と病気の治療をしてくれたアヌビスだ! 歓迎してやってくれ」
わあ、と村人がアヌビスの周りに集まってくる。
ありがとう、アヌビス様のおかげです、そう口々に感謝の言葉を述べて、乾杯していく。
アヌビスはまだずっと目を白黒させていた。長いこと神様だったから、人の輪に直接入るって経験がないのかもしれない。
まあだんだん慣れてもらおう。ハロウィン国は神様も人間も隔たりないのだ。
「アヌビスも早く一緒に騒げるようになるといいな……。さーって、俺もメシ取ってくるか」
料理テーブルに行くと、ウサが走り寄ってきた。
「見て見ておにーさん! ついにイクラが出来たんだよ!」
「うおおおお!」
ウサの手には丼ご飯の上にたっぷり盛られたイクラが載せられている。月並みな表現だが、まさに宝石みたいにつややかだった。
「どうしたんだこれ?」
「夜釣の《置いてけ堀》が進化して鮭が取れるようになったんだ! なんか季節関係なく釣れるらしくって10匹に3匹くらいイクラ持ちの鮭が取れるの! すごいでしょ」
ウサの説明に、後ろで夜釣が照れていた。
「えへへへ、いきなり鮭が取れるようになってぼくもびっくりしました」
「やったな夜釣!」
「たくさんあるんでいっぱい食べてください」
「おう!」
夜釣のすすめに従って俺も遠慮なく取らしてもらう。どんぶりいっぱいの白米を取ってきて、木桶に盛られたイクラから好き放題持っていった。
「すげえ……こんな、こんな山盛りイクラ丼が食べれるなんて……」
「向こうに鮭の塩焼きもあるから親子丼もできるよ」
「最高かよ……」
イクラに醤油を回しかけて、一気にかきこむ。
「ん〜〜〜〜〜っ」
文句なしにうまい。
「最高だ……」
「まさかこんなに早くいくらご飯が食べれるなんてね」
「海苔とかたらこも早く欲しいな」
エンドア砂漠は内陸にあるので、海産物はまだまだ先だ。
ウサと二人夢中でイクラ丼を食べていたら、ネコ族獣人のミラさんがやってきた。
「おもしろいもの食べてるね―」
「ミラさんたちはイクラ食べないのか?」
「イクラっていうんだ。んー、魚卵はあんまり食べないかな。でも二人ともおいしそうに食べてるね」
「良ければ食べてみてくれよ」
「それじゃあ……」
ミラさんが白米をよそって俺たちと同じようにイクラを持って食べる。
「んーーーっ!」
「どう?」
「んっ! んっ! んっ!」
笑顔で肩をバンバンたたかれる。
おいしかったらしい。
「……はぷっ、すっごいおいしい! なんで今まで食べなかったんだろう」
「そりゃよかった」
「みんなに教えてくる!」
「あっ……」
ミラさんが広めた結果、わいわい村の人が集まりあっという間にイクラは争奪戦になってしまった。
しまった、もっと食べたかったのに……。
◆◆◆◆
1時間ほどすると、宴会はさらに盛り上がってきた。あちこちでみんなおしゃべりに興じたり、一芸披露したり、広場のいたる所で踊り始めたり、乾杯したりしている。
なんか、酒が入っていないはずなのに村の人達のテンションが高い。場酔いってやつだろうか。
それはパーティメンバーも例外じゃなく、特に村の人たちのダンスを見ていた鈴芽が真っ先に手を上げた。
「はいはーい! 次私も踊りたい!」
言うが早いか広場の一番目立つ高台に飛び上がって、もう踊る体勢になる。
「燕ちゃん、歌お願い!」
「鈴芽ねえ、そんないきなり……。で、なにがいいの?」
「劣等上等で!」
「はいはい」
気怠そうにしていた燕だが、フィンガークラップでリズムを合わせると完璧な声で歌い始める。
それに合わせて鈴芽が楽しそうに踊り始めた。
おお……鈴芽も燕もすげえ。アカペラなのにリズム完璧だ。
燕の歌もすごいが、鈴芽も伸びやかな手足を存分に活かし、見るものの目を引き付けるダンスを踊る。
ウサ、夜釣、みぞれも大盛りあがりだった。
「やったー! Tsubasaの生歌!」
「鈴芽さんもダンスうまーい」
「異世界でこんなの見れるなんて……がんばって生きててよかった」
最初はなんだなんだと興味深そうに見ていた村人たちも、しだいにノッてくる。
「かっこいい歌だね! なにこれ!?」
「これが、ハナサカ様たちの故郷の曲なのか!?」
初めて見聞きするボカロ曲もダンスもみんな新鮮だったようで、次第に鈴芽とツバメのステージに釘付けになっていく。
ダンッ、と鈴芽が力強く足を打ち鳴らしてダンスを終えると、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「かっこいいいーーー!!!」
「最高だったよ!」
「もう一回やって!」
「あははは、みんなありがとー! ――久しぶりに踊ると楽しーね!」
弾んだ息を整えながら、鈴芽がうれしそうに笑う。
「よーしノッてきた、まだまだ踊るよー! 燕ちゃん次、神っぽいなで!」
「もう……ふふ、任せなさい」
やれやれという顔をしながらも、燕も楽しそうに歌い始める。
そこからしばらく、異世界の砂漠の真ん中で地球の歌とダンスが次々披露されていった。
◆◆◆◆
すっかり夜もふけた頃ようやく宴会はお開きとなった。
さすがにみんな騒ぎ疲れたのか、片付けもそこそこに解散となる。
踊り疲れた鈴芽は早々にすずめのお宿に帰り、まだ幼い年少組もお宿に返した。
最後まで広場にいた俺も、そろそろすずめのお宿に戻ろうと腰を上げたとき、離れたところに燕が一人でいるのが見えた。
その背中がちょっと寂しげだったので、そばまで歩いて声をかける。
「よっ、お宿に帰らないのか?」
「……ああ、天道」
燕が、彼女にしては緩慢な仕草で振り返った。その顔は無表情ともまた違う、透明な光をたたえている。
「どうかしたか? 料理食いすぎたとか?」
「あんたと一緒にしないでよ。……まあいいわちょっと、隣に座ってくれる?」
「? いいけど」
なんの気無しに燕の隣へ腰を下ろすと、俺の膝の上へぽすっと彼女が頭をのせてきた。
「つ、燕!?」
「ねえ天道、ちょっと、このままでいてくれる?」
びっくりしたが、燕の声に少し湿っぽいものが混ざっていたので黙って言われたとおりにする。
燕はしばらく黙っていたあと、やがてポツリポツリと語り始めた。
「……天道、今日は本当にありがとね。あたしの呪紋解いてくれて感謝してる」
「俺はなんにもしてねえよ。アヌビスがやってくれたんだ」
「でも、動いてくれたのはあんたよ。本気で感謝してるの」
「はは。でも燕が最初に俺の呪紋を解いてくれたんじゃん。ならこれはその借りを返したってだけさ」
「うん……そうね。あたしも、あの時あんたのこと信じてよかったなって、今日心から思った」
燕がくるりと体を仰向けに変えて、俺のことを下からまっすぐ見上げてくる。
「あんまり楽しい話じゃないんだけど、聞いてくれる?」
「ああ」
「……あたしの両親はね、まったく自分たちで働かない人だった。仕事だけじゃないの。家事とか、それどころか買い物とか、出かける時に鍵をかけるとか、そういう生きるために最低限必要なこともまったくやらない人たちだった」
「そのくせお金が大好きで、あたしが金になるってわかってからはずっと働かされていた。あたし、自分がどれくらい稼いでいたか知らないのよ。全部親の通帳に振り込まれていたから。あたしが寝る暇もないくらい仕事してどんなに稼いでも両親はすぐ使い切っちゃって、うちにはいつもお金がなかった。必要なお金も使い込んじゃうの。あたしの実家はしょっちゅう電気や水道が止まっていたのよ。信じられないでしょ? ものを一瞬一瞬でしか考えられない人たちだったの。あたしは生まれてから一度も、誕生会もクリスマスもお正月も祝ってもらったことはなかった。それどころかありがとうって言ってもらったことも一度もない。」
「…………」
「毎日毎日、また電気を止められて真っ暗な実家に帰りながら、18歳になって、成人するまでの我慢だってずっと自分に言い聞かせてきた。でもうちの両親、変なところで察しが良いのよね。あたしが独立する準備を進めているって気づいたら、いきなりとんでもない借金を作ったの。それで人形みたいな笑顔で言うのよ。このお金、返さないとまずいよね。Tsubasaの両親が借金まみれなんてイメージ出すわけにいかないでしょ、仕事もなくなっちゃうよ。だから、がんばって返してねって。あたしは頭が真っ白になって怒る気力もわかなかった」
涙も流すことなく、淡々と、燕は地獄のような生活を語る。
「その日よ、あたしがこの世界に飛ばされたのは」
「燕……」
「あはは、あの人達どうするんだろうな。あたしが突然いなくなっちゃって借金だけが残って。そう思うとちょっといい気味だわ」
燕はそう言って片腕で顔を覆った。俺は、なんて声をかけていいのかわからなくて、ただどうしようもなく燕の頭を撫でた。
しばらくそうしていたら、燕はやがて腕を外した。涙の跡はない。
「あたし、生まれてからずーーっと自分に首枷がある気がしていたの。あんたのアヌビスが私の首から包帯を解いてくれた時、なんだか、首枷も外れる気がした」
燕が、その細い腕を伸ばしてそっと俺の顔に触れる。
「天道……天道が、あたしを解放してくれたのよ」
「俺はそんな、大したもんじゃねえよ。首枷があったなら、燕が自分で外したんだ」
「もう、そこまで謙遜すると嫌味よ。素直に感謝されときなさい」
燕がようやく明るい声で笑う。
「さて、と」
燕は俺の顔から手を話すと、身軽に身体を起こした。
「天道にはお礼をしなきゃね。一曲歌ってあげるわ。なんでもリクエストして。言っておくけど正真正銘あんたのためだけのステージだからね」
「お、おう。ありがとよ。しかし急にリクエストって言われてもな」
「なによ、キスのほうが良かった?」
「ばっ!? キスって!?? そんなの冗談でもやめろよ!」
「全然冗談じゃないんだけど。まあいいわ、歌でいいならそれでも。ほら、なに歌ってほしいの」
ちょっと考えてから、俺は答える。
「……じゃあ、木星のビートで」
「あんたほんとナユタンさん好きね。……いいわ、心して聞きなさい」
燕がくすっと笑ったあと、ゆるやかに深呼吸した。
そして唇から、柔らかい旋律が紡ぎ出される。
二つの月が浮かぶ空と、冬の海みたいに静かな砂漠と、すべてを包み込むような冷たい闇の中で、燕の歌声はどこまでもやさしく夜を揺らしていった。
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