第32話 燕の呪い、解ける
思えば、ハロウィン村には病人が多いのに薬草が足りなかった。
カヅノさんに聞いたんだが、このエンドア砂漠まで逃げてきた人たちの中には病気のせいで働くことができず、税金を納められなくなり追放された人たちもいるのだとか。
彼ら彼女らはろくな薬もなくテントで寝ていることがほとんどだ。村にある薬草は逃げ出す時に持ち出した僅かなもので数は少なく、とても全員分は賄えない。命も危ぶまれる重病人に少しずつ使われるだけだ。
今までは足りない薬の分を、ウサがスキル《蒲の穂》を使って助けていた。《蒲の穂》は怪我の治癒だけでなく病気治療や体力低下にも効くのだ。とはいえ治せるのは軽い病気や怪我のみで、重病人には進行を遅らせる程度の効果しかない。
早く薬草の栽培をするべきだった。みんなの食料確保を優先して気づくのが遅れた。
俺は、村に残っていた分の薬草とアヌビスに新たに出してもらった分を合わせて村の畑の一部に薬草区画を作った。
◆◆◆◆
「うっし、こんなもんか」
さすが栽培チートの《枯れ木に花を咲かせましょう》、一時間で十分な量の薬草が収穫できた。
また怪我の功名というか、《枯れ木に花を咲かせましょう》に関して新たな能力がわかった。
以前かぼちゃに何度も灰を振りかけることで成長を促進させたことがあったのを覚えているだろうか。
あのとき灰をふりかけた頻度で畑を分けて成長や果実がどう変わるのか実験していたんだが、その後ウサのかぼちゃ泥棒とかいろいろゴタゴタしたので検証がそのままになっていた。
あらためてハロウィン村で実験してみると、成長を促進させて1日で収穫できるようにしたかぼちゃも一週間かけて成長したかぼちゃも特に変わらなかった。どちらもおいしいかぼちゃだ。
俺の作る野菜は日本にいた俺達からすると「日本でも十分美味しい野菜」くらいだが、カヅノさん達異世界の人に言わせると「今まで食べたことがないくらい美味しい野菜」らしい。
まだ食料確保中なので売ることはしないが、仮に交易ができるようになったら飛ぶように売れるだろう、とのこと。
で、灰を多くかけても成長が促進するだけで特に作物は変わらないのかと思っていたら、薬草栽培で新たな事実がわかった。
灰を多く振りかけるほどより上級の薬草になったのだ。
具体的には灰をかけるごとに、薬草→上級薬草→特上薬草となった。カヅノさんに聞いたところ、薬草は普通のポーション、上級薬草はハイポーション、特上薬草はスペシャルポーションの原料になるらしい。
薬草も特上薬草も、植物としての種類は変わらないらしい。マナを豊富に含んだ土地で育った薬草が上級、特上と進化していくんだそうだ。つまり薬草は灰(つまり俺のマナ)をたくさん吸収したから、特上薬草になったのだ。
これで俺のマナが続く限り、いくらでも特上薬草が取れることになった。
完成した特上薬草をアヌビスのもとに持っていくと、彼は目を輝かせた。
「これほどすばらしい薬草をたくさん……。マスターありがとうございます。さすが私の主となられた方です」
「おう。いくらでも作れるから遠慮なく使ってくれ。アヌビスが提供してくれた毒消し草や銀月草、赤辛草もできたぞ」
銀月草は呪いの解消に、赤辛草は眠り毒などに効くらしい。他にもアヌビスは様々な種類の薬草を作り出すことができた。
銀月草を見たアヌビスが相好を崩す。
「すばらしい。この品質の銀月草であれば、燕殿の解呪にもよく効きます」
「良かった。燕の呪紋の解呪の方もよろしく頼むぜ」
「お任せください。これだけの薬草を頂いたのです。必ず成功させてみせます」
アヌビスが力強く返事をしてくれた。
◆◆◆◆
ジリジリするような思いを抱えながら迎えた三日目。
「マスター、燕殿の解呪が完了しました。これから最後の確認をしますので、どうか来てください」
「ああ、わかった」
アヌビスに呼ばれて俺はすぐに向かった。俺だけじゃない。パーティーメンバーはみんな立ち会った。
燕はアヌビスの祠で、床に足を開いて座っていた。床面には俺にはわからない様々な呪紋が書かれており、燕の首には包帯が巻かれている。
アヌビスはミイラづくりの神でもあったそうで、治療や解呪にも包帯を使うのだという。戦闘にも使ったりするらしい。
アヌビスも心なしか緊張した顔で俺に言う。
「これから燕殿の包帯を解きます。その時燕殿の首筋から呪紋が消えていれば解呪は完了です。完璧にできたと思っていますが、最後の確認を行います」
「わかった。……燕、気分はどうだ?」
俺が尋ねると、燕はいつもの皮肉っぽい笑みを返した。
「首に包帯巻いたのなんて、地雷系病みコスした時以来よ」
「元気そうだな」
「窮屈だから早く外してほしいわ」
そう言って肩をすくめる。相変わらず飄々としていた。
「だな。じゃあアヌビス。さっそく解いてやってくれ」
「はい」
アヌビスが静かに片膝をついて、燕の包帯をほどいていく。みんな知らず知らず固唾をのんで見守った。
最後のひと巻きが外される――そこには真っ白な美しい燕の首があった。
アヌビスがホッとしたように息を吐く。
「成功です」
「「「「やったーーーーーー!!!!」」」」
思わずガッツポーズする。みんな一斉に小躍りして喜んだ。
「やったやったやったやったー! 燕ちゃん治ってよかったねーーー!」
「燕さんよかったね! ボクも嬉しい!」
「燕さん!」
「つばめさーん!」
鈴芽、ウサ、夜釣り、みぞれが次々燕に抱きついていった。
むしろ燕のほうが落ち着いているくらいで、苦笑しながらみんなの頭を撫でていく。
「ふふ、心配してくれてありがと。……ねえ天道、鏡とかある?」
「お前はこんなときでも冷静だな」
「燕殿、こちらに」
用意のいいアヌビスがすっと手鏡を差し出す。
受け取った燕がしげしげと自分の首を確認した。
「……うん、本当に消えてるわね。ありがとうアヌビス、みんな。呪いは完全に消えたみたい。身体の中にもしっかりマナを感じるわ」
「良かった。……本当に良かったな、燕」
燕が、異世界に来てから一番の晴れやかな笑顔を見せる。
「ええ……約束守ってくれてありがとうね、天道」
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