第31話 【廃神】アヌビス
「えっと……アヌビス?」
『いかにも』
アヌビスを名乗る犬人……いや、犬神が威厳たっぷりに頷く。アヌビスは喋っていないのに頭の中に直接声が聞こえるので、いかにも神様っぽかった。
俺はこそこそと隣の燕に確認する。
「なあ、アヌビスってなんだっけ?」
「エジプト神話に出てくる冥界の神よ。死者の書で天秤を持っている姿が有名ね。見た目は伝承そっくりだから多分本物だと思う」
「冥界の神って、俺殺されんの!?」
「知らないわよ。でも《ここほれワンワン》で使い魔化したんじゃないの?」
燕と小声で話していたらアヌビスがふっと笑った。
続いて、牙のある口を開けて普通に聞こえる声で喋る。
「マスター、驚かせて申し訳ない。私はマスターの守護神獣として契約した。もちろんマスターの命を取ったりも、傷つけるつもりも毛頭ない」
「よ、よかった……」
「少し説明が必要であるな。マスター、落ち着いて話せる場所はあるだろうか」
たしかに、今いる場所は村の救護所代わりにしているテントの中なので、話し合いには向かない。
俺は鈴芽に尋ねる。
「鈴芽、すずめのお宿にこのアヌビスを案内してもいいか?」
「いいよー」
「ありがとよ。じゃあすずめのお宿に来てくれ」
「了解した」
頷いたアヌビスが、宙に浮くのをやめて地面に降り立つ。
こうして俺たちはこのアヌビス神(?)を連れてお宿へと入った。
◆◆◆◆
すずめのお宿のリビングにメンバーが揃うと、さっそく年少組がアヌビスをいじり始めた。
「わー、もふもふー」
「毛並みがきれいだね、素敵」
そう言いながらウサ、夜釣、みぞれがアヌビスの肌に触れたり耳を引っ張ったりする。
俺は冷や汗を流した。
「おいおい、相手は冥府神なんだぞ。もうちょっと丁重にだな」
そう止めようとすると、アヌビスは動じずに言う。
「かまわない。ただ耳はくすぐったいのでやめて欲しい」
……見た目より怖くないのかもしれない。
それにしても、普通の日本家屋の中にエジプト神がいる絵面は違和感マックスだった。なんか教科書でしか見たこと無いような二股に別れた杖持ってるし……。
「この杖はウアスという。私が権能を示すうえで重要なものだ。人間よりはるかに強力な魔法を放つこともできる」
「ははあ、すげえアイテムなんだな……っていま俺の心を読んだのか?」
「私はマスターと契約したことで
すげえ。本当に契約者って感じだ。
アヌビスが深々と頭を下げる。
「改めてこの度は我が命を助けていただき感謝する、マスター。あのままでは私は消滅してもおかしくなかった。マスターは我が命の恩人だ。我が生涯をかけて守ると誓おう」
「お、おう。そんな堅苦しく考えてくれなくていいんだけどな。ところでアヌビスってすごい神なんだろ? なんであんなに重傷を負って死にかけていたんだ」
聞くと、アヌビスは苦しげな表情をした。
「いくつか、私の恥も話すが聞いて欲しい。まず、私はこの世界で生まれたがこの世界出身ではない」
「んん????」
いきなりわからない。
「マスターもこの世界が物語をもとにする魔法で動いていることは知っているだろう。私ははるか千年以上も昔に、この世界へ来訪した地球のエジプト人によって持ち込まれたナラティブであり地球神だ。この世界には似たような流れで、いくつもの地球の神がマナで実体を得て顕現している」
「千年!?」
「そうだ。そして全ての神が繁栄するわけではない。むしろ地球神はこの世界では異端の神、異物だ。信仰する者も渡ってきた地球人しかいない。地球人が死ねば信仰も消える。こうして信仰力を失った神が《廃神》と呼ばれる。私もそうだった」
アヌビスの語りに燕が口を挟んだ。
「え、ちょっと待って。この世界の人間は千年も昔から地球人を召喚してきたの?」
「そうではない。異世界同士が偶然、ごく稀につながることがある。それに巻き込まれた者が地球からやってくるのだ。
「はあ、なるほど。召喚っていう形じゃなくても、地球人は昔からこの世界に放り込まれていたってわけね」
「そうだ。そうして持ち込まれた神話によって新たにこの世界に生まれたモンスターもいる。例えば以前マスターが契約を希望したというフェンリルもそうしてこの世界に存在している」
そこで、アヌビスが俺に対しペコリと頭を下げる。
「もふもふでなくて済まない。私は毛が短いのだ。その代わり毛並みは良いので、マスターが良ければ好きに触って欲しい」
「いやいやいや! そこまでもふもふを求めていたわけではないから!」
本気で残念そうにしている。申し訳ない。
「こほん。話が最初に戻るけど、それでお前はその《廃神》っていうのになってからどうしたんだ」
「信仰力を失ってからは消える運命。あらたな信仰者でもこの世界に来ない限り、復活の見込みはない。そこで私は少しでも力の消耗を抑えるため、故郷の地に似たこのエンドア砂漠で休んでいたのだが……」
そこでアヌビスが苦い顔をした。
「運悪く、人間の冒険者に狙われてしまった。衰えたりとは言え私は莫大なマナを持っている。経験値、というものを稼ぐのに廃神はちょうどいいのだ。言葉をかわしたわけではないが、あれはおそらくマスターと同じ地球の、日本人だった。しかも一人はSランクランクのナラティブ持ちだった。神といえど無敵ではない。私はAランクまでは問題なく蹴散らすことができるが、Sランクには敵わない。Sランクというのは本当に次元が違う強さなのだ。もともと力の衰えていた私はそこで致命傷を負った。なんとか逃げ出せたのは、私が素早さではエジプト神一の力を持つおかげだ」
「日本人の、Sランクナラティブ……」
おおかたどこかの国によって召喚され、戦わされてるやつなんだろう。それにしても衰えたとは言え神相手にも勝てるなんて、とんでもねえな。
「休める場所を探して空をさまよっていたところ、力の流出が限界となり意識を失ってしまい、あのように無様な姿を晒した。あの時マスターたちに助けてもらえたのはまこと僥倖だった。感謝の念しかない。本当にありがとう」
そうしてまたアヌビスがぺこりと頭を下げる。律儀なやつだ。
「いいって。単にほっとけなかっただけさ。しかも俺が勝手に使い魔――じゃない、守護神獣にしちまって、怒ってないのか」
「怒りなど無い。マスターはきちんと私の意思を確かめてくれた。契約を結んだのは私とマスター双方の意思だ。それにマスターの守護神獣になったことで、神生魂魄が安定した。マスターが居る限り私はこの世界に堂々と顕現できる。まさに生まれ変わったような気分だ」
そう言ってアヌビスはまた笑う。オオカミが牙を剥いている絵面なんで本当は怖いはずなんだが、アヌビスの笑顔は怖くなかった。
「良かった。それじゃあこれからは俺達の仲間だ。俺の名前は花咲天道、改めてよろしく」
「こちらこそよろしく。マスター、ハナサカテンドウ様のためにこの身を捧げる」
アヌビスが
「ところで、マスターとパスが繋がったおかげでいくらかマスター自身のことも知ったのだが、マスターのナラティブ《花咲かじいさん》はすごい。マスターのマナは人の身にはありえない性質と将来性を感じる。私がすぐに復活できたのもマスターのマナのおかげだった。本来人間のマナが神聖存在を補完するなどありえないことだ。マスターは素晴らしい才能を持っている。私が保証する」
「へへ、照れるな〜」
「マスター、廃神とは言え私も神だ。様々なことで役に立てると思う。戦闘力と俊敏さなら自信がある。マスターのマナで復活した今、あのSランクのナラティブ持ちとも今度は互角に戦えると思う。それから私は冥府の神だけでなく医神としての権能もある。怪我の治療や病気の治癒、呪いの解呪なども得意だ」
「ええーっ! すっごいいろいろ頼りになるじゃん! 病気の治療ならちょうど村で何人も病人がいるし、怪我だって…………待ってくれ、呪いの解呪?」
「ああ、私は冥府神であり、エジプトは呪術の発展した文明だった。呪術とその解呪に関してはそれなりに得意なつもりだ」
俺は鈴芽と、続いて燕と顔を見合わせる。そして燕の首筋――そこに刻まれている呪紋を見つめた。
アヌビスへと視線を戻す。
「アヌビス、呪いが、例えばSランククラスの呪紋でも、解呪は可能か?」
◆◆◆◆
「うーーーーん」
アヌビスはしばらくツバメの呪紋を診察し(呪いに診察っていうのも変な話だが、その姿はまさに医者みたいだった)、低く唸った。
「この呪いは強力だ。おそらくこの世界の魔法でもっとも強力な部類だろう。私でも難しい」
「そんな……」
「すまない、私でも解呪に3日はかかる」
「いやできるんかい」
一瞬絶望しかけたじゃねえか。
「ほとんどの呪いを一瞬で解呪できる私が3日もかかるのだ。本当に強力な呪いだ、これは」
アヌビスは真剣な顔で燕の呪紋を見つめた後、俺に顔を向けた。
「マスター、村の近くのなるべく人の通らない場所に、私専用の土地を頂きたい。
「わかった。頼んだぞアヌビス」
「任せてくれ。マスターからの初依頼、必ず成功させる。解呪作業も一日かかりきりというわけじゃない。村に病人がいると言ったな、そちらの薬も作ろう。この世界はポーションという名でとても作りやすい薬があるから、医神としてありがたい」
「そっちもやってくれるのか! ありがとな。手伝えることがあったら言ってくれ」
「それでは薬草の栽培をして欲しい。薬草の株は私が出す。いくらか畑の場所を貸して欲しい。マスターのナラティブなら、すぐに生育できるはずだ」
「わかった、すぐに育ててやるよ!」
長く燕を苦しめてきた呪紋にようやく希望が見えた。村の病気の人達にもようやくまともな薬が渡せる。
アヌビス、最高だぜ!
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