第30話 アヌビスを仲間にする
エンドアバイソンを撃退した翌日の昼過ぎ、ハロウィンパーティーのみんなでさっそくジャッカル探しを開始した。
なお、朝から動かなかったのは前日の夜遅くまで村を上げての宴会が開かれていたからだ。
「いやー、タイガさん達よく食べてたなあ」
エンドアバイソンの肉を次々と平らげていく村の人たちを思い出しながらつぶやく。隣で燕が頷いた。
「さすが獣人って感じだったわね」
「やっぱり肉があると違うんだろうな。《すずめのお宿》の冷蔵庫に入る量も限られているし、そろそろ食料庫かアイテムボックス的なスキルが欲しいぜ」
「そうね、みぞれのスキルで一時的に凍らせることはできるけど、保存を考えるとやっぱりずっと冷えている空間がほしいわね」
なんて、村の周囲を見回りつつ雑談をしていたら、唐突にウサが言った。
「ねえみんな。……この世界の犬って、空を飛べると思う?」
「? なに言ってるんだ?」
「いや、あれ……」
ウサが指さした方角を見ると、はるか高天でたしかに犬らしき動物が一匹、空に浮かんでいた。
「へ、なんだあれ?」
「ワンちゃん、だよねえ」
「というかあれ、飛んでるんじゃなく落ちてない?」
「助けなきゃ!」
ウサの最後の一言で、全員弾かれるように駆け出した。
レベルが上ったおかげで全員の身体能力が向上しており、砂漠の上でも素早く走ることができる。
「間に合ってくれ……」
空から落ちてくるのは大きな黒犬だった。どうやら風系の魔法を使っているらしく、落ちてくる速度はパラシュートでも使っているようにゆっくりだ。それでも浮かび上がることはできないらしく、着実に地面が近づいている。
黒犬とは目測よりもずっと距離があった。みんな焦り、走るスピードを上げていく。レベルアップで一番能力が向上している俺が、真っ先に黒犬の元へと迫った。
それでも、受け止めるには間に合わない。
「デーツ、《枯れ木に花を咲かせましょう》!」
俺は携帯している種の一つにマナと灰を加えて、黒犬の落下地点へと放り投げた。種はすぐにナツメヤシへと成長し、枝を伸ばしみるみる葉を茂らせると下から黒犬を受け止めた。
「よしっ、助けられた!」
続いてナツメヤシに追加で灰を与えて、使い魔化する。トレントに変わったナツメヤシは樹上からやさしく黒犬をおろしてくれた。
大きい。近くで見ると黒犬というより大型のオオカミだった。
顔つきは以前遭遇したジャッカルに似ている。シュッとした細身の体型で、三角耳が鋭く尖っていた。
落下から助けることはできたものの、黒犬は全身傷だらけだ。
まだ生々しく出血している怪我もあった。
「ひどい……」
鈴芽が口元を抑えてつぶやく。
ウサがそっと確認するように俺を見上げる。
「どうする? たぶん、モンスターだと思うけど……」
俺はためらいなく答えた。
「助けよう。モンスターだって、こんな怪我してるのほっとけねえよ」
ウサがうれしそうに頷く。
「うん! それじゃあまずボクのスキル使うね! 《蒲の穂》!」
ウサがスキルを発動させると、地面に柔らかそうな蒲の穂が寝床を作る。その上に黒犬を寝かせると、いくらか呼吸が楽そうになり出血も止まった。が、ウサは焦ったように言う。
「ボクの《蒲の穂》は低級ポーションくらいの回復量しかないから、この深い傷は回復しないよ。早く村に連れ帰ってちゃんと手当しよう」
「ああ」
村にはわずかだが薬草がある。トレントに蒲の穂ごと黒犬を抱えさせて、俺たちは来た道を急いで引き返した。
◆◆◆◆
薬草と手当でいくらか回復したものの、黒犬は目を覚まさなかった。
「どうしよう、このままじゃ……」
心配そうに鈴芽が言う。
しばらく何事か考えていた燕が、俺に顔を向けた。
「天道、あんたのスキル《ここほれワンワン》をこの犬に使ってみたら?」
「どういうことだ?」
「モンスターはマナと瘴気で生きている。なら、このモンスターにはマナが今足りないはずよ。あんたのスキルで使い魔化したら、マナが補給される。そうすればこの子の回復も早くなるはず」
「なるほど!」
俺は黒犬のそばに顔を寄せ、尋ねる。
「聞こえるか? 俺は今からお前を助けたい。もしお前が望むなら、俺の使い魔になって欲しい。そうすれば俺のマナをお前に分けられる。切羽詰まってて悪いが、もしいいなら一声鳴いてくれ」
言葉が通じるかはわからなかった。ただ確認せずにはいられなかったのだ。
黒犬は、鳴かなかった。
しかし小さく、黒犬が頷く。それを同意と受け取った俺は、スキルを発動した。
「スキル、《ここほれワンワン》発動!」
俺の右手から光がほとばしる。いつもの音声が頭の中に鳴り響いた。
[半径2メートル以内に犬系モンスターを確認。《ここほれワンワン》発動条件クリア。スキル《ここほれワンワン》を使用し、対象のモンスターを使い魔としますか?]
「ああ」
[…………失敗しました。使い魔にするには対象の魂魄が大きすぎます]
「はあ?」
[守護神獣契約ならば結べます。使い魔ではなく守護神獣として契約しますか?]
「それでこいつを助けられるのか?」
[はい。対象肉体の損傷は契約を結ぶことでナラティブ所有者のマナにより補完されます]
「なら契約する!」
[了承を確認。対象モンスター【アヌビス】を守護神獣とし、《ここほれワンワン》を発動します]
「へ? アヌビスって……」
聞き返す暇もなかった。真っ白い光が溢れ出して空間を包み込み、眩しくて目を開けていられない。
しかもなんか、すごい勢いでマナを吸い取られている。レベルアップでかなりのマナ量を得たはずなのに、三分の一……、半分……と吸い取られて、三分の二まで消えてもまだ終わらなかった。
「おいおいおいおい、まさかマナの取られ過ぎで死ぬとか無いよな!?」
俺がそんな心配を口にしたとき、激しい光が一瞬強く輝いて、消えていく。
光が収まったとき、そこにはいかにもエジプト神風の格好をした犬頭の黒い獣人が浮かんでいた。
『我が名はアヌビス。冥界の守護神。マスターよ、私の命を助けてくれたこと感謝する。人間と契約するのは初めてだが、これより全霊をもってマスターを守護させてもらう』
「……え?」
「「「「ええええええ〜〜〜〜!!!?」」」」
パーティーメンバー全員の驚愕する声が、空に響いた。
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