第18話 置いてけ堀と雪女
めちゃくちゃな入村だったが、俺たちはひとまず村長の家に案内された。家というかテントな。
テントに入ってからもウサはずっとひっついてくるし、隣からは燕が「あんた異世界ものよろしくハーレム作る気?」とか冷たい目をしてくるし、鈴芽が「私ももっとグイグイいかなきゃ……よし!」とか詳しく聞くのが怖いことつぶやいてるし、散々だった。
さて、追放者の村の長は老齢の御婦人だった。頭に二つの角が生えており、何でも鹿人なんだという。
「これはこれははるばる異世界からようこそこの村へ……」
「いやいやこちらこそどうも」
御婦人は丁重に挨拶してくれたあと、気まずそうに切り出す。
「その、見ての通りここは村とは名ばかりの荒れ果てた集落でして。皆様々なところから逃げてきた者たちが身を寄せ合って暮らしている状態です。大したおもてなしもできませんがどうかご容赦を」
「いえいえもちろんお構いなくっす。俺たちはこの世界に来てまだ日が浅いんすよ。不躾ですが皆さんの事情を聞いてもいいすか?」
「はい。まず私達のことですが、この村に多く住む獣人は元々隣国で暮らしていました。ですがその国の獣人への迫害がひどくなって……多くの者達がたまりかねた末国を捨て逃げ出しました。私達もそうした一団の一つです。合わせて獣人は80名ほど。他の人間や亜人種を加えれば、全体で100名ほどになるかと思います。」
「なるほど。100人ってのは大所帯っすね。食糧とかはどうしてたんです?」
「恥ずかしながら、そこの右左ちゃんやナラティブを持っている子達に頼り切りでした。私達も基本的な生活能力は有るのですが、何しろここは周囲がモンスターだらけで狩りもままならず……」
たしかにエンドア砂漠のモンスターは毒もあって強力だ。普通の人たちじゃ厳しいだろう。
どんと胸を叩いて言う。
「任せてください。俺の《花咲かじいさん》は食糧に関しては誰にも負けないスキルっす。すぐにみんなの分の食いもんを出して……」
俺の話を遮るように、隣から燕がぐいっと割り入ってきた。
「言っておきますけど、私達は救世主じゃありません。貴方がたのことは無償で助けるわけじゃない。食糧の支援をする代わりに、こっちにも労働力などを提供してもらいたい」
「お前なあ、なにもそんな言い方」
「大事なことよ」
反論を許さない鋭さで燕が言う。
「厚意や温情で何もかもうまくいくわけじゃないわ。助けるのに反対はしないけど、必ず対価は要求するべきよ。でないと早晩破綻する」
「うぐっ……」
俺がなにも言えないでいると、代わりに長さんが口を開いた。
「大丈夫です。もちろん私共もただで御世話になるつもりはありません。私達のできることは何でも致します」
「OK、それでいいです。無理はしなくていいですよ。なにかをやってもらうっていうのが大事だから」
燕がふっ、と緊張を解いた笑顔を見せる。
……本当しっかりしているな。助けてもらってばっかりだ。
俺はさらに気になっていることを長さんに尋ねた。
「あの~、ところで聞きづらいんですが、この村にナラティブ持ちは何人いますか?」
「
「はいはーい! そこはボクが紹介するね。ちょっと待ってて」
元気よく手を上げたウサは、そのまま長のテントを飛び出して行ってしまった。
◆◆◆◆
ややしてウサが連れてきたのは二人の小さな子どもたちだった。男の子と女の子の二人組だが、どちらも十歳未満にしか見えない。
「
「右左ちゃん……その、ナラティブのことは?」
「このおにーさんたちは大丈夫。話してもいいよ」
「そ、それじゃあ僕から……」
小学校高学年くらいに見える男の子が、おずおずと一歩前に出た。
「はじめまして、
続いて、こちらは淡い色合いの髪に真っ白な肌の、儚げな雰囲気をまとった少女があいさつする。まとっている服も現代の子供には似つかわしくない着物姿だった。
「私は淡雪みぞれ、9歳です。ナラティブは《雪女》です」
「二人共ありがとう。俺は花咲天道。ナラティブは《花咲じいさん》だ。よろしくな、夜釣、みぞれ」
にかっと明るく笑ったつもりだったのだが、夜釣は固い表情のままで、みぞれにはおびえられて夜釣の後ろに隠れられてしまった。
うう、俺って怖く見えるのかな……。
一人落ち込んでいると、入れ替わりに鈴芽が出てくる。
「私は九十九鈴芽! ナラティブは《舌切り雀》。よろしくね、夜釣ちゃん、みぞれちゃん」
さすが鈴芽の笑顔は天下一品で、すぐに夜釣とみぞれの二人も笑う。
「「よろしくお願いします。鈴芽おねーちゃん!」」
「か、かわいい〜」
身悶えている鈴芽。俺のときとの落差がひどい。うう……。
最後は燕だった。やはりと言うべきかなんというか、そっけない態度であいさつする。
「心裂燕。ナラティブは教えない。あんたたちの名前だけは覚えたわ。以上」
ぶっきらぼうどころじゃない言い草だったが、燕の挨拶が一番劇的な反応をもたらした。
「ね、ねえ……もしかして、Tsubasaちゃん、ですか?」
「Tsubasaちゃん!? Tsubasaちゃんもこの世界に来たの!!」
忘れていた。燕は日本トップクラスのカリスマ配信者なのだった。
燕が苦々しい表情で頷く。
「そう、だけど」
夜釣とみぞれの二人が満開の笑顔になった。
「僕、Tsubasaちゃんの配信毎日見ていたよ!」
「私も私も!」
「それは……どうも、ありがとう」
珍しい。燕が照れている。
夜釣とみぞれの二人は燕に群がってキャイキャイと騒いでいた。
「Tsubasaちゃん、こっちでは配信しないの?」
「できるわけ無いでしょ機材がないんだから……というか目の前にいるんだから生で見なさいよ生で」
「Tsubasaちゃん、ほんっっっとうにきれい! 素敵!」
「どうも……ありがとう……」
夜釣とみぞれにもう最初のおびえは完全に消えていた。興奮した様子であれこれ燕に話しかけている。Tsubasaの存在は日本人特攻だな。いるだけで相手の心をつかんじまう。
「う〜ん、こんな照れてる燕を見るのは新鮮だな」
珍しい光景にしみじみしていると、ふと俺の隣でわなないているウサに気づいた。
「な、ななななな……」
「ウサ、どうした?」
「どうしたじゃないよ燕さんってあのTsubasaだったの!!?」
「お前もファンだったのか?」
「もちろん大好きだよ! Tsubasaちゃんの曲鬼リピしてるしグッズも持ってたよ! イベントはチケット取れなくて1回しか行けなかったけど」
「はっはっは、いきなり目の前にTsubasaが現れたらビビるよなあ」
「まったくだよ! ああもうなんですぐ気づかなかったんだろうボクのバカバカバカ!」
悔しがるウサに笑っていたが、次の一言は俺の心臓を凍らせた。
「どうして髪切っちゃってるの? いや
「…………っ」
俺はじっと、異世界最初の夜のことを思い出す。
それから、ウサの頭を軽く撫でて言った。
「俺たちを、守るために必要だったんだ。悪いがそれ以上詳しくはちょっと俺からは言えない。他の二人にも、あんまり質問しないよう言ってもらえるか?」
「……ン、わかった」
ウサはなにも聞かず頷いてくれた。
隠すようなことじゃないのかもしれないが、あの夜のことはペラペラ話しちゃいけない気がしたんだ。
「ウサ……、燕はさ、一見冷たい態度に見えるけど誰よりも仲間のことを考えて自分を犠牲にできるやつなんだ。すごいやさしいんだよ。それを誤解しないやってくれるか」
「うん、わかってるよ」
年下のくせにやけに大人びた顔で、ウサは頷いた。
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