第二章 建国編
第17話 追放者たち
◆◆◆◆
再び捕まったウサは、さっきとは打って変わった態度で俺たちに土下座していた。
それはもう、
「この度はチョーシこいて誠に申し訳ありませんでした……どうか勘弁してください……」
「そんなにビビるなら最初からあんな煽るなよ」
ウサは紙装甲のくせに無駄に相手を煽る、たまによくいるタイプだったらしい。
「反省しております。どうか、どうかお許しを……」
「つってもなあ。かぼちゃ泥棒はともかく、ナラティブ仕掛けられたわけだからなあ」
ウサの《いなばの白うさぎ》はなかなかえぐいナラティブだった。相手が年下の子供とはいえ、簡単に許す訳にはいかない。
特に、俺たちの中でもっとも怒っていたのは燕だった。
「良くもあたしに催眠じみた真似してくれたわね。土下座程度で許されると思う?」
「ひぃっ!」
「燕、めっちゃ怒ってるな」
「当然よ。あたしは、他人にいいように操られるのが一番嫌いなの」
腕組みしてウサを見下ろす姿はまさに阿修羅のごとしだ。
さらに燕は鋭い視線を俺にも向ける。
「捕まえたのは天道だからひとまずあんたに処遇は預けるけど、納得できなかったら普通に反対するからね」
「わ、わかった」
やばい、どんな処遇なら納得してもらえるんだろう。
おしりぺんぺんとかじゃ許してくれなさそうな雰囲気だ。
「あー、ウサ?」
ウサがビクリとする。うーん、やっぱ怯えているか。自業自得とは言えちょっとかわいそうだ。
恐る恐るこちらを見上げているいるウサに、かがみ込んで視線を合わせる。
「許すかどうかは、盗んだ理由次第だな。とりあえず、お前がなんでかぼちゃを盗んだり、食糧を取ろうとしたのか教えてくれるか? 今度は正直にな」
◆◆◆◆
ウサによれば、仲間のために食糧を奪おうとしたことは本当らしい。
ウサがこの世界に召喚されたのは一年ほど前、中学二年生のときだった。俺たちと同じような状況でこの世界に召喚され、俺たちと同じようにナラティブが役立たずだからと追放された。他に二人追放された仲間がいたが、どちらも自分以上に戦闘に向かないナラティブだったらしく、ウサがほとんど一人きりでモンスターを倒し、食料を手に入れ生き抜いてきたのだという。
エンドア砂漠には召喚者だけじゃなく、世界各地から追放されたり迫害された者たちが最後の逃げ場として集まっており、今はそうしてできた村の一つに身を寄せているのだという。仲間だけでなく村の人々のためにも大量の食料が必要であり、そこでいきなりだまして奪うような真似をしたのだという。
◆◆◆◆
こんな話を聞かされて、さすがに俺も悩んでしまった。
「うーーーん……」
悩む俺の態度をどう勘違いしたのか、ウサがおずおずと言葉を継いでくる。
「あ、あの信じられないと思うけど、仲間のためっていうのは本当で……」
「ああいや、お前の言葉を疑っているわけじゃない。信じてるさ。ただそうなると叱るに叱れないなと思ってよ」
「えっ?」
ウサが驚いた顔をする。
「信じて、くれるの? ボクの話」
「? ああ、別に疑ってないぞ」
「……ボク、おにーさんのこと
「別に騙されたからってまた信じてもいいだろ」
ウサは目をまんまるに見開いたまま、じっと俺を凝視した。
それからふにゃりと溶けたように笑う。
「えへへ、そっか……信じてくれるんだぁ」
「なんか俺おかしなこと言ったか?」
「ううん、全然。ただボクが、勝手に嬉しかっただけ」
ウサは初めて年相応な笑顔を見せた。
「そうか。でだ、まずはウサの仲間のところまで案内してくれないか? 大丈夫敵対するわけじゃない。ウサの言うことが本当なら、俺も食糧分けてもいいと思ってるからな。ただ俺がウサのこと信じてても、燕と鈴芽が納得しないだろうからよ」
俺の言葉に横で燕が頷く。
「当然よ。その子の話だけで納得できるわけないでしょ」
続いて鈴芽が軽く肩をすくめてみせた。
「私は別に。天道くんが決めたことならなんでもいいよ」
「よし、じゃあまずはウサの言う追放者たちの村まで行くことにするぞ。着いたら食糧を配って助けよう。ウサ、縄を解くから、その追放者たちの村まで案内してくれるか」
「え、縄までいいの? ボクが逃げ出したらとか考えないの?」
「そしたら残念だけどな、ま、そんときゃそんときだ」
「……おにーさんって、ほんと」
「なんだよ。どうせ俺はバカだよ」
「違うよ! ……おにーさん、本当にありがとうね」
「気にすんな。こんな場所だから助け合わないとな。俺たちも三人だけじゃいろいろ困ってたんだ。……燕、鈴芽、それでもいいか?」
両隣を見ると、まず燕が呆れたように目を細めている。
「はーーっ、本当にあんたは甘いわね。こんな子をほいほい信じた上に、見知らぬ他人の救援までするなんて」
「でも、そこがいいんだよね♪」
鈴芽がやたらうれしそうに笑った。
◆◆◆◆
ウサの案内で砂漠を進んだ俺たちは程なく追放者たちの村についた。意外なほど近い。ウサが「ボクの住んでいたところに急に畑ができた」と言ったのも頷ける距離感だった。
そこは村と言うより集落、いや、集落と言うより……言い方は悪いが、難民キャンプだ。
おそらくなにかの古代遺跡だったろう半分崩れた石の瓦礫に、人々がテントを張って暮らしていた。砂嵐が来たらたちまち吹き飛んでしまいそうに見える、頼りない光景だ。実際吹き飛んでもいるのだろう、あちこちに壊れたテントの残骸が見える。
あらためて、《すずめのお宿》があった俺達は幸運だったと思わされる。
村の入口に着くと、ウサが声を張り上げた。
「みんなー、ただいまー!」
「
「帰りが遅いから心配したよ」
「右左ちゃん、おかえりー」
ウサの声を合図にわらわらと村人が集まってくる。こんな瓦礫の山のどこに隠れていたのかと思うほど、沢山の人がいた。
人間らしい人もいれば、ケモ耳が生えていたり角があったりと獣人らしい人たちもいた。いかにも異世界って感じの光景だ。
ただそのほとんどが、老人か女性、子供だった。
「みんなただいま! ごめんね心配かけて」
「なに言ってるんだい。危ないことはなかったかい?」
「おなかすいてない?」
「ウサちゃん、おかえり〜」
ウサの周りに人が、特に小さな子どもたちが集まってくる。
なんだコイツ結構慕われてるじゃないか。
「それで右左ちゃん、そちらの方は……?」
村の人達の視線が俺たちに注がれる。まあ見知らぬ人間が来たら普通に怪しいよな。
どう説明したものか……と俺が躊躇していると、ウサがいきなり俺の腕に抱きついてきた。
「この人はね〜、ボクの運命の人!」
「はああああああ!?」
いきなりなに口走ってるんだこいつは!?
さっそく村の人達が、「あら右左ちゃん、やるねえ」だの「いい男見つけたじゃない」だの盛り上がっている。
「ね、おにーさん♥」
「ね、じゃねえええ! なに言ってるんだ誤解されるだろうが!」
「誤解じゃないよ。ボクおにーさんのこと大好きになっちゃったもん」
「いつそうなった!? きっかけなにもなかっただろうが!」
「ええ〜、そんなあ。ボクが欲しかった言葉一発で言ってくれたのに」
「何のことだよ!?」
本気で心当たりがない。
「あはは、まあコレは冗談半分の本気として」
「逆だ逆」
いや逆でもまずいが。
「おにーさん、とりあえず
「あ、ああ……」
「ボクと、おにーさんの将来とかね♥」
「それは死んでも話題にしねえ」
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