第16話 右左 白煌

「さて、こいつをどうするかだが……」


 かぼちゃ泥棒を捕まえた俺達は、さっそく尋問することにした。なにがあってもいいように、三人とも制服に着替えて戦闘準備をしている。

 泥棒は「お化けカボチャ」のツルを縄代わりにして縛り、さらにジャックが後ろからしっかりと捕まえてくれている。


 見るからに年下だろうに、俺たちに囲まれていてもかぼちゃ泥棒は生意気なほど余裕があった。観念したのか、まだ逃げだす算段があるのかはわからない。


「で、お前名前は?」


右左うさ 白煌しらぎだよ、おにーさん♪」

 

「日本人なのか?」


「そう、一年くらい前にこの世界へ召喚されたんだ」


「召喚者なら、なんでうさ耳が生えているんだ?」


「ボクも知らない。こっちの世界に来た時にすでに生えていたんだ。『兎人』っていう種族に転生したらしくて、身体能力もウサギ並なんだよ、ほら、尻尾だってあるし」


 ウサは拘束されたまま軽く尻を振ってうさぎに似た短い尻尾を見せてくる。それがホットパンツ越しなのでだいぶ際どいことになっていた。


「ぶっ!?」


「あははは、案外初心うぶだねおにーさん」


「天道?」

「天道く〜〜ん?」


 燕と鈴芽の視線が痛い!


「コホン……で、なんで俺たちの畑からかぼちゃを盗んだんだ? というか、俺たちがここにいるってどうしてわかった」


「見つけたのはたまたまだよ。そもそもボクの住んでいる場所におにーさんたちがやってきたんだ。砂漠に急に畑ができたからボクもびっくりしたよ」


「住んでる? この廃棄エンドア砂漠に?」


 モンスターがはびこっていて、大地は砂と毒だらけ。こんな土地にも住めるもんなのか。


「そこはいろいろと工夫してね。おにーさんがボクを仲間にしてくれるなら、教えてあげてもいいよ♥」


 わざと足を組み替えて、挑発的な態度でウサは言う。その手には乗らない。


「お前もナラティブ持ちか? どんな能力スキルだ?」


「だから、そういうのは仲間になったら教えてあげるって。おにーさんたちだっていろいろ秘密にしてるでしょ? 例えば……この畑の真ん中にある家、ボクは捕まるまで認識できなかったけど、三人の誰かのナラティブなのかな?」


 ウサが視線で《すずめのお宿》を、続いて俺たちをなぞっていく。こいつ、結構観察しているな。

 ウサが視線を鈴芽に止めた。鈴芽が思わずビクッとする、勘もいい。

 鈴芽を背中にかばってウサの前に出る。


「いきなり俺たちの食糧を盗んできたやつを、信頼できるわけ無いだろ。」


「信頼、ね」


 ウサは鼻で笑うように生意気な表情をした後、一転して明るい笑顔になる。


「そんな怖い顔しないでよ。察するにおにーさんも召喚された国から追放されたクチでしょ? ボクもそうなんだ。そんな、戦いに向くようなナラティブじゃないよ。


 ……なんだ? なんか、頭が……。


「仲間にしてもらうのはあきらめる。。弱い者いじめはきらいでしょ」


「あ、ああ、そうだな……ジャック。拘束を解いてやってくれ」


「――――――!?」


「大丈夫だ。この子は弱いかわいそうな女の子なんだから」


 なにかが、おかしい。そう思っているのになぜか俺はウサの言葉にしたがっていた。

 ジャックが俺の命令に従い、ウサの拘束を解く。大鎌でツルを切ってもらい解放されたウサは、続けて言った。


「ありがとう。それからね、


「それは大変だな。好きなだけ持っていけ」


 俺はそう言ってお宿に保管してある米やかぼちゃ、デーツを外に出した。


 おかしい。なにかがおかしい。でもなにがおかしいのかわからない。そう思って助けてもらおうと燕と鈴芽の方を見る。

 しかし二人共、ぼーっとした表情をして俺の作業を手伝っていた。


「お腹をすかせているのは、大変だもんね」


「かわいそう、だものね」


 ウサは大きな袋に食糧を次々と放り込んだ。


「ありがと〜、おにーさん、おねーさん。これだけあれば仲間もお腹いっぱいになるよ。


「おう、気をつけてな」


「お友達によろしくね!」


「もう盗んだりしちゃダメよ」


 大袋を担いで去っていくウサを、俺たちは見送る。


 かわいそうな子だったな。エンドア砂漠は過酷な土地だが、がんばって生きて欲しい。



 ……。


 …………。


 ……………………いやおかしいぞ!



 はっと目が覚めたように思考がクリアになる。なんでウサのやつを逃がしてんだ俺は!?


「燕! 鈴芽!」


「……っ、あたしいま、なにしてた!?」


「あ、あれ? ウサちゃん? あれ?」


 燕と鈴芽も混乱している。ウサの方を見ると、逃げられはしたがまだそれほど距離は空いていない。


 ウサを追いかけて俺は走り出した。


「ウサ! お前俺たちになにをした!?」


「あちゃ〜、もうバレちゃったか」


 ウサは小憎らしい笑みを浮かべると、急にその姿を消した。

 俺が慌てると、砂漠のまったく別のところから穴が開いてウサが顔を出す。


「アハハハハハ、うっそぴょ〜〜ん。だまされちゃったね! これがボクのナラティブ《いなばの白うさぎ》! どんなにありえない嘘をついても相手を一回だけ確実に騙せるんだ。まあその嘘は後で絶対バレちゃうんだけど。というわけで、おにーさんたちみ〜んなボクにだまされちゃったでした! アハハハザッコ! やーいやーい、バーカバーカ」


 べろべろばー、と穴から顔だけ出して煽るウサ。


 う、うっぜ〜〜〜〜!!!


「てめえ、絶対捕まえてやる!」


「ムリムリムリムリ。ここにはモンスター『エンドアスナウサギ』が作った巣穴があるんだもん。地下のトンネルは兎人のボクじゃないと通れないよ。このことは〜、嘘じゃないからね♥」


 ウサはそう言って素早く顔を引っ込めると、再び別の穴から顔を出す。


「ほらほら〜、くやしかったら捕まえてみれば〜? はいはい鬼さんこちらー。ざーこざーこ!」


「てめえ、捕まったら覚えとけよ……。ジャック!」


 俺を追ってきてくれたジャックに指示し、ウサを一緒にとらえようとする。

 しかしウサの素早さは予想以上で、俺とジャックが協力してもかすりもしなかった。

 めちゃくちゃ難しいもぐらたたきをやらされてるみたいだ。


「あはは捕まんないよ〜。兎人になってからボク素早さも戦闘力も人間よりずっと強くなっているんだよね」


「くっそ、くっそ……!」


「からかうのも飽きてきたし、そろそろ本気で逃げるね。じゃあねおにーさん、ご飯いっぱいありがとう! さいなら〜」


 ウサはそう言って穴の中に入ると、今度は出てこなかった。

 まずい、このままだと逃げられてしまう。


 なにか、なにか手はないか?


 ジャックもおろおろと俺を見返すだけだ。


「……そうだ! 《黄金臼こがねうす》!」


 俺はスキルで黄金臼を取り出す。ウサの逃げていった穴の前でマナを思い切り込め、臼をついた。

 臼から白い米が溢れ出す。俺は臼を逆さにして穴に被せると、中身を全て穴の中へとぶちまける。


 体感8割位のマナを注ぎ込んで臼をぶっ叩いた。1割以下で一俵もの米を出した黄金臼だ。これだけマナをつぎ込めばざっくり500キロは米が出るはず。

 続いて俺は穴のある周囲全体の砂漠に《枯れ木に花を咲かせましょう》の灰をまく。できるだけ広範囲に。


 俺のレベルではまだ植物を秒速で成長させることはできない。でも、黄金臼から出す米は俺のマナを使ったものだ。俺のマナ同士で重ね合わせれば、相乗効果が起きるかもしれない。


「スキル発動、《枯れ木に花を咲かせましょう》!」


[スキル発動。白米を一気に成長させます]


「ビンゴ!」


 黄金臼から出された米は地下の巣穴を通って、周囲の土地隅々まで行き渡った。

 その米が一斉に芽を吹き出す。


「え、え? にぎゃああああああ!?」


 周囲数百メートルの地面から一気に稲穂が生え育った。同時に無数の稲に絡まれて、ウサが地下から吐き出される!


 勢い余って空中へと飛び出したウサを、ジャックが素早く捕まえた。


「ぎゃあああ、ウソでしょ! はなして、はなしてええ〜〜っ」


「――――――!」


「よくやったジャック!」


 どうしようもないかと思われたが、なんとかウサをもう一度捕まえることができた!

 まったく、厄介な相手だったぜ。

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