第15話 かぼちゃどろぼうと新たな美少女

「俺のかぼちゃがーーーっ!」


 白米パーティの翌朝、今日も農作業頑張るぞ、と意気込んで畑に来たら大変なことが起きていた。

 今日収穫できるはずだったかぼちゃが盗まれていたのだ。


「なんで? どうしてかぼちゃが!?」


 かぼちゃが無いことにはすぐに気付けた。何しろ畑の片面まるまる全部かぼちゃが無くなっていたのだ。そりゃ気づく。

 かぼちゃのツルは鋭利な刃物で切られた跡がある。食いかけや、乱雑に扱われたものもない。つまりモンスターや野生動物ではなく人間かそれに近い知性のある存在が盗んだということで……。


「なになに、どうしたのー?」


「なによいきなり大声だして」


「二人とも、緊急事態だ」


 やってきた鈴芽と燕に、俺は事情を説明した。



◆◆◆◆



「それはたしかに緊急事態ね」


 燕が眉間にシワを寄せて言う。


「かぼちゃが盗まれたことはともかく、この付近に盗賊らしい存在がいて、しかもあたしたちの居場所を知られているっていうのが大問題だわ」


「ともかくってなんだ、俺たちで大事に育てたかぼちゃだぞ!」


「ああもう、悔しいのはわかったから話をややこしくしないで」


 俺は日本にいた頃ニュースで見た農作物盗難被害のニュースを思い出していた。

 今なら農家さんたちの怒りがわかる。くやしい! 絶対犯人を捕まえてやる!

 そう怒りをあらわにすると、なぜか燕にため息をつかれた


「危機感がまったく共有できてないわね。いい、天道。あたしたちはこの世界では異分子なのよ。右も左もわからない非常識人。盗賊からすればいいカモよ」


「エンドア砂漠に盗賊がいるのか?」


「いる可能性は低いとあたしも思っていたけど、どうやら見込み違いみたい。この過酷な土地だから定住できる人間なんてそんなにいないと思っていたけど、もしかするとそれなりの人数が集落か共同体を作っているのかもしれないわ。じゃないと泥棒っていう職業が成り立たないわけだし」


「また盗みに来ると思うか?」


「絶対来るわ。向こうにしてみればあたしたちはチョロい獲物だもの。海外でなにも知らない旅行者がスリに遭うようなもんだわ」


「なら絶対捕まえるぞ! かぼちゃを盗んだ落とし前、つけさせてやる!」


「はあ……短絡的だけど、たしかにそうせざるを得ないのよね。放っておいたらさらに他の盗賊も呼び寄せるかもしれないし、《すずめのお宿》まで襲おうとするかもしれない。こっちから迎撃に出るしかないわ」


「よし、今晩から俺は張り込みをやる。徹夜してでも捕まえてやるぜ!」


 ぐっと拳を握りしめる。

 と、鈴芽がきれいな金髪を揺らし近づいてきて、俺の拳を両手でそうっと包みこんだ。


「気をつけてね、天道くん」


 心配そうな顔で見上げてくる鈴芽。ちょっとドキッとしたが、慌てて煩悩を振り払い明るい声で返事する。


「おう、まかしとけ!」



 ◆◆◆◆



 夜、俺は《すずめのお宿》の入口で扉を背にしうずくまっていた。


 お宿の隠密効果は家のごく近い範囲でも効果があるらしく、こうしていると姿を晒していてもモンスターに気づかれないのだ。かぼちゃ泥棒にも隠密効果が発揮されるのではと考えた俺は、こうしてお宿の近くで見張ることにした。


 昼間寝ておいたので夜でも眠くない。さらにはジャックもいる。万全の体制で見張ることができた。


 ちなみに、ジャックは昨晩ちょうど敵モンスターと戦っている最中にかぼちゃを盗まれてしまったらしく、かぼちゃ泥棒には気づかなかったらしい。

 見ていたとしてもジャックはしゃべれないので特徴を聞くことはできなかっただろうが……。


 たぶん、ジャックが戦っているのも計算に入れて泥棒は盗んでいったんだろう。

 許すまじ、かぼちゃどろぼう! その一念で俺は見張りを続ける。



◆◆◆◆


 ……。


◆◆◆◆


 …………。


◆◆◆◆


 ……………………。



 じっと見張りを続けているうちに、何時間も経っていた。

 砂漠の彼方が白み始める。もう夜が明けるのだ。

 さすがに今夜はもう来ないか……? と思ったその時だ。


 ガサッ、と誰かがかぼちゃの葉を揺らす音がした。かぼちゃどろぼうだ! 足音が極端にしないのが気になったが、俺は素早く身を起こして音のする方へと飛びかかる。


「どらぁ! 観念しろどろぼう!」


「うひゃぁっ!」


 女の声?


 思ったより可愛い声だったが容赦はしない。かぼちゃ畑で俺はスキルを発動する。


「《枯れ木に花を咲かせましょう》発動! 目覚めろ、お化けカボチャたち!」


 昼間のうちに俺は畑へ仕込みをしておいた。収穫するはずだった残りのかぼちゃ全部へ《枯れ木に花を咲かせましょう》の灰をかけて、使い魔にしていたのだ。もったいないがこれも泥棒を確実に捕まえるためだ。


 かぼちゃはジャック・オー・ランタンではなく「お化けカボチャ」というモンスターになった。やっぱりジャックは元かぼちゃの馬車だけに特別な使い魔だったようだ。

 お化けカボチャの見た目はかぼちゃに顔と牙ができて大きくなった、パック◯フラワーみたいな植物だ。畑に生えているのでそこから動くことはできないものの、近づいた敵に噛みついたりツルを鞭のようにつかって攻撃したりできる。

 しかもこれは、敵と戦うまで本物そっくりのかぼちゃに擬態することができる。


 泥棒も驚いただろう。自分が盗むはずだったかぼちゃにまさか襲われるとは思うまい。


「お化けカボチャ達、畑にいる泥棒を捕まえろ!」


「うきゃあっ! ツルが、からまって……」


 よしよし、お化けカボチャたちはうまく足止めしてくれたみたいだ。

 ダメ押しに――、


「ジャック! こっちだ!」


 ジャックも呼んで逃げ道を塞ぐ。


「さあ観念しやがれかぼちゃどろぼう!」


 暗がりでよく見えないので、見当をつけて泥棒のいるところへタックルする。確かな手応えを感じた。


 ……あれ? というか。

 なんか思ったより小さいような……。


「どろぼう! 来たの!?」

「天道、捕まえた!?」


 そのすずめのお宿の扉が開いて鈴芽と燕が飛び出してきた。危険なのでお宿の中にいてもらったのだが、夜が明けたのもあって飛び起きてきたらしい。


「ああ、今捕まえたところだ」


 そう答えたとき、ちょうど朝日が昇ってぱあっと砂漠へ光が降り注いで。


 俺が、小さい女の子を羽交い締めにしている姿が照らし出された。


 しかも、相手はショートのタンクトップにホットパンツという露出抜群な上、頭にはうさ耳が生えているというとんでもねえ格好だった。


「………………」

「………………」

「………………」


 燕が本気で引いた顔をして言う。


「あんた……犯罪…………」


「誤解だーーーっ! 俺はかぼちゃどろぼうを捕まえようとしただけだ!」


 慌てて少女を離し、ジャックに任せて俺は立ち上がる。


 濡れ衣だ!


「そりゃあこんな美少女が二人もいたら欲求不満になるのはわかるけど、まさか年下に手を出すなんて」


「誤解だっつってんだろ! ていうか俺は普通に年上のおっぱい大きいお姉さんがタイプだよ!」


 いや反論するためとはいえなに口走ってるんだ俺は!?


 そこへ、なぜか黙ったままだった鈴芽がたたっと駆け寄ってきた。

 そのままぐいっと俺の片腕を掴み、むにゅっとその豊満な身体を押し付けてくる。


「は?」


「む!」


 高校生離れした胸が思い切り腕に当たる。

 待て待て待てやばいって! 今お前浴衣なんだぞ!


「……む!」


「す、鈴芽さん? 一体何を……?」


 思わず敬語になってしまう俺


「…………やわらかい?」


「そりゃやわらかいですけども……」


「ムラムラする?」


「そりゃムラムラしますケドモ……」


 ほとんどカタコトになっていた俺の返事に、なぜか満足したように笑って鈴芽は身体を離した。


「よかった。天道くんが正しい道に戻ってきてくれた」


「俺がロリコンになってたみたいな言い方すんじゃねえ!」


 虚しくこだまする叫びに同情してくれたのは、たぶん、ジャックだけだった。

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