第12話 お風呂を手に入れた

 1時間後。


「はい、全部ジャック先生がやってくれました。パーティー全員、ジャック先生に拍手」


「わーー!」「わー……」


 パチパチパチ。


 わかっていたことだが出てきたモンスターは全部ジャックが倒してくれた。

 鈴芽の楽しそうな、燕の無気力な拍手が砂漠に響く。

 ジャックも白い手袋をした手で照れたように頭をかいていた。ノリがいい。

 ちなみにジャックには頭と手があるだけで身体はぼんやりとした黒い塊が浮かんでいるだけだ。下半身は完全になくふよふよと浮かんでいる。


「しかしジャックやっぱ強えなあ。向かうところ敵なしって感じだ」


 あの後ジャックとともに30匹近いモンスターを倒したのだが、まったく苦戦することがなかった。

 初日に遭遇した蛇やサソリだけじゃなく、その上位種っぽい大きなコブラとか尾が二股に別れたサソリとかも出てきたのだが、どちらも瞬殺していた。

 俺のレベルが上っているからジャックも強くなっているとは言え、やっぱり元々の使い魔としてのスキルが半端ないと思う。


 鈴芽と燕もジャックを褒める。


「ジャックくん強かったねー、守ってもらってばっかりだよ」

「あたしも石投げたりしてみたけど、ダメージが入っているのかはわからなかったわね。やっぱりマナを込めたり身体を強化しないとまともには戦えなさそう。ま、あたしにも経験値が入ったからいいけど」


 燕によって、呪紋でマナを制限されていても普通に経験値は入るしレベルも上がることが判明した。



 今の三人のステータスはこんな感じだ。


――――――――――――――――――――――


花咲 天道

【レベル】7

【ナラティブ】《花咲かじいさん》

【ランク】EX

【スキル】

《枯れ木に花を咲かせましょう》


――――――――――――――――――――――


――――――――――――――――――――――


九十九 鈴芽

【レベル】5

【ナラティブ】《舌切り雀》

【ランク】B

【スキル】

スキル1《舌切り鋏》

スキル2《すずめのお宿》


――――――――――――――――――――――


――――――――――――――――――――――


心裂 燕

【レベル】5

【ナラティブ】《幸福な王子》

【ランク】A

【スキル】

《小さなツバメ》


――――――――――――――――――――――


「しかし面白かったわね。レベルが上がるとどんどん体力が増えていく感じがしたもの」


「私もー。なんかこう、ぐんっ、て自分の中のなにかが増えた感じがしたよ」


 レベルが一気に5も上がった燕と鈴芽の二人は体感でわかるほど成長したらしい。

 いいな……、ゆっくり上がった俺はいまいちよくわからなかったからうらやましい。


「てか俺が1レベルしか上がってないのに、鈴芽も燕も5も上がってる……」


「それは仕方ないわ。言ったでしょ、ナラティブのランクによって成長しやすさは違うのよ」


「は〜、これがEXってことか。……てか、燕のナラティブAランクなんだな。すげーじゃん」


「どうかしら。これはたぶん《幸福な王子》自体が強力だからってことでしょうね。実際鈴芽と同じ成長をしているところ見ると、実際の強さはBかそれ以下ってところだと思う」


「ナラティブのランクが変わると俺たちの強さも変わるのか?」


「ええ。今はステータスで見れないけど、あたし達にもHPや攻撃力守備力の概念はあるのよ。それの伸びがランクが上がる事に強化されていく感じね」


「へえ。じゃあFランクだとナラティブが弱いだけじゃなく素の強さも伸び悩むってことか」


「まあ、ナラティブの能力にもよるけどね。例えば《桃太郎》には所有者の戦闘に必要な能力を強化していくスキルがあるんだけど、Fランクの《桃太郎》でもこの世界の《戦士》スキル持ちと同等の効果を得られるらしいわ」


「なるほど。あの帝国が何でもいいから召喚しまくるわけだな」


 この世界の《戦士》スキルがどんなものか知らないが、まあ語感からして前衛冒険者として一端になれるくらいの強さはあるんだろう。あるいは兵士としても。そんなスキル持ちを最低ランクでも手に入れられるとなりゃ、手当たり次第召喚するに決まってる。

 そして、戦闘系でもないやつはこうして追放されたり奴隷に落とされるわけだ。


「ちなみに、Aランクの《桃太郎》持ちがバシル帝国にいるんだけど、かつてこの世界で魔王を倒した勇者と同等のスキル、戦闘力らしいわよ」


「うっわ絶対戦いたくねえ」


 Aランクの《桃太郎》ともなるとそんなに強いのか。




◆◆◆◆


 かぼちゃの収穫まではまだ時間があったが、俺たちはモンスター狩りを切り上げて休憩することにした。

 鈴芽が、進化した《すずめのお宿》を早く見せたいと主張したからだ。

 ナラティブが進化するときは一度引っ込めないといけないらしく、鈴芽はいったん最初のお宿を消してからあらためて《すずめのお宿》を発動した。


「スキル発動、《すずめのお宿》!」


 新しい《すずめのお宿》の外観はそれほど変わらなかった。少し大きくなったように見えるくらいだ。

 

「んっん、ではこれから進化した《すずめのお宿》を披露します」


「よっ待ってました!」「楽しみね」


「えへへー、見ておどろけ! これがレベル5の《すずめのお宿》だー!」


 ハイテンションにはしゃぎながら鈴芽がお宿の扉を開ける。

 入った瞬間、俺にも進化しているのがひと目でわかった。


「じゃじゃーん、家具が一気に増えました! 冷蔵庫、洗濯機、乾燥機です!」


「うおお!」


「鈴芽すごい!」



「そしてそして〜〜、ついに念願の、お風呂が付きましたーー!!」


「うおおおおお!」

「鈴芽最高!!!」


 お宿の内部は一気に一人暮らし用アパート並の設備に生まれ変わっていた。もう完全に暮らせる。


 やったーやったーやったったー♪ と三人で踊りながら喜ぶ。


 冷蔵庫に洗濯機に風呂、一気に生活の文明レベルが上がった。


「よーしじゃあさっそく風呂に……」


「待って!」


 外で汗まみれホコリまみれの仕事をしたためさっそく風呂に入ろうとした俺は、燕に止められる。

 燕は、横目で鈴芽を見ながら尋ねた。


「鈴芽……更衣室は?」


 遅まきながら俺も気づく。そうか、この状況では更衣室がないと風呂に入れない。


 鈴芽は何故か真面目な顔で意味深な沈黙を挟んだ後、いきなり笑顔になって答えた。


「…………ついてます!」


「よっし!」


「しかも部屋が2つになりました! 鍵付きです」


「よおおおっし! プライバシー確保!」


 燕が快哉を上げる。ガッツポーズする燕なんて始めてみた。

 鈴芽もハイテンション過ぎて口調がおかしなことになっていたが、誰も気にしない。


 風呂だ、砂漠の真ん中で風呂に入れるのだ!



 ◆◆◆◆



 というわけで俺たちはまず二つになった寝室を男子部屋と女子部屋に分け、交代で入浴することにした。


「あたしたちは寛大だから、一番風呂は譲ってあげるわ。炎天下で一日働いてくれたしね」


「お、おお悪いな」


「あんたを後にしたら残り湯でなにされるかわからないしね」


「なにもするわけねーだろ! 余計な心配すんじゃねえ!」


 もはや燕は俺をいじらずにはいられないらしかった。普通に感謝させてほしい。

 とはいえ、先に風呂に入れるのはうれしいのでありがたくいただくことにする。



「はあ〜、きもちいい〜」


 湯船に身体を沈めて思わず声が出た。

 風呂はごくごく普通の、一人用サイズの風呂だった。

 たった2日入らなかっただけなのに、なぜだかものすごい気持ちよかった。そのまま眠ってしまいそうになるくらいに。

 もちろんこんなところで寝てうっかり溺れたくはないので、そこそこにして出る。



 順番に一人ずつ入って(女子が入っている間俺は男子部屋に隔離された)俺たちは食堂で一服した。

 といっても氷水だけなんだが、これがまたたまらなくうまい。


「うまいっ!」


「はー、おいしい」


「生き返るわほんと」


 俺、鈴芽、燕がそれぞれ氷水を飲んで至福の表情をする。


 ちなみにレベル5では着替えに浴衣が一着ずつ用意されていた。着替えた俺達の服は今洗濯機にかけている(燕は衣類を別々に洗うことまではさすがにしなかった。ただ洗濯物には一切触らないようにと厳命されている)。


「なんか、異世界に来て初めてリラックスできた気がする」


「ほんとね」


「お風呂って偉大だね……私このまま寝ちゃいたいかも……」


「だめよ……鈴芽……これからかぼちゃの収穫があるんだから……まだ髪も乾いてないし……」


 鈴芽をたしなめる燕の声もどこか弱々しい。二人共まぶたが落ちそうだった。

 お風呂場には普通のタオルもバスタオルもあったが、ドライヤーはなかった。なんで二人の髪はほんのり濡れたままだ。


 …………。


 正直美少女二人の湯上がり浴衣姿とか色々とやばいのだが、ぐっと我慢する。

 視線をそらしながら、俺は二人に声をかけた。


「ああ〜、じゃあ俺はまだ体力に余裕あるし、かぼちゃの収穫はやっておくから休んでいたらどうだ?」


 眠そうな目で燕が俺を見る。


「ほんと? じゃあお願いしちゃおうかしら。悪いわね」


「気にすんな。終わったら起こすから寝てていいぞ」


「ありがと……。ちょっとだけ、休むね」


 ふわふわとあくびしながら言った燕は、そのまま突っ伏してしまう。

 鈴芽は隣でとっくに寝息を立てていた。

 俺の寝室から毛布を持ってきて二人にかける。


「おつかれ、二人とも」


 異世界に来て絶対気を張っていたはずだ。しかもいきなり男と三人ぐらしだもんな。

 緊急事態とは言え、よく許してくれたもんだ。


 俺は二人を起こさないように気をつけながらお宿の外に出ていった。

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