第4話 燕のナラティブ

「ジャック・オー・ランタンってのも長いな。ジャックでいいか?」


 俺が尋ねるとジャックがこっくりうなずく。言葉は喋れないみたいだが、意思疎通はできそうだった。仲間というよりなんかかわいいペットみたいだ。


 燕が俺の隣で、膝を揃えてしゃがみこむ。砂地に尻はつけない。こんな時でも上品なやつだ。


「これはあんたの使い魔なの?」


「そう……みたいだ。なんかさっき頭の中で急に声がしてな。かぼちゃをに《枯れ木に花を咲かせる》スキルを使うか聞かれたから、同意して進化させたらこうなった」


 鈴芽がこてんと首を傾げる。


「へ〜、どうして急にスキル? が使えたんだろうね。私まだなんにも使えないよ」


「私もよ。マナが使えなくなっているんだもの仕方ないわ。……ねえ、ステータス画面は開ける? もしスキルが使用できるなら開けるはず。あ、ちなみにこの世界では自分のステータス画面は他人が見れないようになってるわ」


 燕に尋ねられて、俺は適当に「ステータスオープン」と言ってみる。


「……なんも出てこねえな」


「ふうん、とすると、呪紋のマナ制限は効いている。だけどあんたは何故かスキルを発動できた……。もしかして、かぼちゃを馬車に変えたときのマナがまだ残っていたんじゃないかしら。城にいる《シンデレラ》ナラティブ持ちはAランクの魔法使いだから、魔法が解けた後もマナが残っている可能性はあるわ」


「ああなるほど! マナを帯びたままのかぼちゃに俺の灰が触れたから発動したってことか」


 敵の魔力でスキルが発動したってのはなんか嬉しくないが、おかげで命が助かったんだから文句は言えない。


「ってことは、いまのジャックは残留魔力マナだけで動いてるってことか? それだとあんまり長くは保たないんじゃないか」


 俺の言葉に、ジャックがしょんぼりとうなだれる。ステータスが見れないのでわからないが、どうやら残りのマナが少ないのは正しそうだ。


「ええ〜〜! ジャックちゃん、このままだといなくなっちゃうの!? せっかく助けてくれたのに、そんなのかわいそうだよ」


 鈴芽が眉を下げて言う。俺だってこのまますぐお別れは寂しい。どうにかならないものか。


「なあ、この呪紋ってなんとか解除することはできないのか? マナさえ戻ればジャックを残せるし、次のモンスターの襲撃でも戦える。俺たちが生き残るには、やっぱり呪紋を外さないといけねえよ」


 燕が、固い表情で首を振った。


「…………呪紋を外す方法があるなら、あたしがとっくにやってるわよ。無いの。これはナラティブとは関係ないこの世界独自の魔法だけど、Sランク相当の呪いなの。史上あらゆる魔法使いが挑んできたけど、呪いを解除できた者はいないらしいわ」


「だめ、か……」


 がっかりしてうなだれる。鈴芽も、そしてジャックも、俺にならってうつむいた。


 燕は……、腕組みして一人何か考えていた。内容は分からないが眉間にシワを寄せ、額に冷や汗が流れている。


 その様子が、たんに今後のことを考えているわけじゃなさそうだと思って俺は声をかけた。


「な、なあ、呪紋のことはお前のせいじゃないんだから、そんなに真剣な顔で悩まなくても……」


「天道」


 急に名前を呼ばれてびっくりした。声が裏返りそうになるのをこらえて、聞き返す。


「お、おう。なんだよ」


「あんたのナラティブ《花咲かじいさん》のランクはEX、そう言ってたわね?」


「ああ、たしかにそう言われた」


「私の知る限り、ナラティブのランクはF〜Sまでしか無いわ。そしてAランクでも英雄、Sランクはもう化け物の領域よ。人知を遥かに超えた力を手にできる。……でもね、そのEXランクはそれをさらに超える領域……神の力に匹敵するかもしれない」


「ええ?」


 話が壮大過ぎてついていけない。神ぃ?


「だってあなたの《枯れ木に花を咲かせる》スキルは規格外すぎるもの。枯れ木に花を咲かせる……考えてみれば無生物に生命を与える破格のスキルよ。この世界にはね、蘇生とか生命を与える魔法は一般魔法でも物語魔法ナラティブでも存在しないの。たぶん、無生物に命を吹き込めるのはあなたのナラティブが初めて。あなたのランクEXは、文字通り規格外、超越者としてのEXなのかもしれない」


「お、おお……」


 言われてみればそうかな……? そうかも……。

 たしかに《枯れ木に花を咲かせる》スキルがすごいのは俺も実感してる。だって俺まだレベル1なのに、いきなり使い魔がモンスター10体倒すんだぜ。チート過ぎんだろ。


 燕は真剣な表情でなおも悩んでいる。


「だから……天道ならこの状況を変えられる可能性があって……こんな出会い奇跡かもしれなくて……」


「お、おい。どうしたんだ」


「…………うん、決めた!」


 ずっと怖い顔をして考えていた燕が、意を決したように顔を上げた。


「天道!」


「っ、なんだよ」


「ごめん、あたし嘘ついてた」


「はあ?」


「一つだけ、呪紋を外す方法を知っている。というかあたしができるの」


「はああ? どういうことだよ」


 燕は俺の疑問には答えず、かたわらの鈴芽に声をかける。


「鈴芽、あなたハサミ持っていたわよね。貸してくれる?」


「え? う、うん。いいけど」


 鈴芽が小さな和鋏を燕に手渡す。


「はい、燕ちゃん。でもこれレベル1の鋏だから紙とかしか切れないよ」


「ありがとう」


 燕は鋏を受け取ると手で無造作に髪を束ね――くくった根本で切り落とした。


「なっ!?」


「ええええええぇぇ〜〜っっ!!?」


 俺と雀が揃って驚きの声を上げる。雀なんかはほとんど悲鳴だ。

 当然だ。燕が自慢の髪を、日本にいた頃何度も画面越しに見てきた美しい長髪を切り落としたのだ。もしこれが配信されていたら一億の悲鳴が上がったことだろう。


 燕は据わった目で俺の前に立つと、手に掴んだ髪をズイッと差し出した。


「あんたを信じる。だから、あたしが一番大切にしていたものを、あんたのために捧げる。これがあたしの覚悟。……裏切ったら承知しないからね」


「お、おう」


 気迫に押されてわけもわからずうなずくと、燕は目をそらしてチッと舌打ちした。


「裏切ったらなんてあたしらしくないこと言ったわ。忘れて」


 燕は切り落とした髪を両手で捧げ持つと目を閉じる。


「――『ツバメさん、ツバメさん、小さなツバメさん。』」


 自分の名前? と疑問に思ったが燕の身体を光が多い始めたことですぐに違うと分かる。


 これは、スキルの発動だ。


 呪紋があるのにどういう理屈かわからないが、燕は「ナラティブ」を発動しようとしている。


「『私の大切な髪を捧げます。代わりにお願い、天道と鈴芽を悪しき呪いから救ってください』」


 光に包まれて、燕の両手から髪の毛が消えた。

 途端、巨大な光の柱が俺と鈴芽を包む。ジャックを召喚したときとは比べ物にならない、マナの奔流だった。


 首筋にむず痒さを感じる。鈴芽を見ると、彼女の首に刻まれた呪紋が糸をほどくように消えつつあった。多分俺の首からも、呪紋が消えつつある。


 ほんの数秒で光は収まった。はっきりわかる。俺の首筋にあった不気味な不快感が消えていた。


「うおおおおおお!」


 俺の中からあふれるような力を感じる。この世界に来てから初めてマナの力をはっきり感じ取ることができた。すげえ、こんな力が俺の中に宿っていたのか。それこそ何でもできそうだ。枯れ木に花を咲かせることだって、この砂漠を緑の大地に変えることだって。


「燕、お前……」


 燕を見ると、ナラティブを発動した反動か座り込んでいた。顔だけは気丈に、ニヤッと笑って見せている。


「よかった、成功したみたいね」


「呪紋は、解除できないんじゃ」


「これがあたしのナラティブ《幸福な王子》のスキル。自分の何かを代償に、奇跡を起こす力。ただし救えるのは他人だけで、自身を救うことはできない制限があるけどね」


 言葉通り燕の首筋にはまだ毒々しい呪紋が刻まれたままだった。マナも使えないのに発動できるのは不思議だが、そのへんも含めて奇跡なんだろう。


「燕、俺たちのためにその、髪を……」


「いいのよ。死んだら元も子もないし、命に比べたら惜しくないわ」


 軽くなった頭を振って燕が笑う。


 そんなわけない。だって《幸福の王子》は持ち主の代償によって奇跡を起こす能力のはずだ。Sランク相当の誰も解けなかった呪いを解除するなんて、生半可な代償で済むはずがない。


 だけど、だからこそ、俺はそれに謝っちゃいけなかった。俺が今やるべきことは違う。


 まだ座り込んだままの燕に近づいて、手を差し伸べる。


「ありがとう。燕のことは絶対に守るから」


「……カッコつけすぎよ、バカ」


 口ではそう言うものの、彼女は差し出した手を取ってくれた。その指先がかすかに震えている。失ったものへの悲しみか、モンスターに襲われた恐怖からか。

 俺は、絶対この子を守らなきゃいけない。燕の覚悟を無駄にしちゃいけない。


 彼女の身体を引き上げなら、そう強く思った。

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