第2話 追放馬車に美少女二人

花咲はなさかくん、花咲はなさかくん」


 クール美少女を見つめていたら九十九つづらさんに声をかけられた。あわてて彼女の方に振り向く。


「あ、ごめんなに? ていうか俺の名前、覚えててくれたんだ」


「もちろんだよ、クラスメイトじゃん」


「でも、接点はほぼなかっただろ。九十九さんは休み時間や放課後も友達とおしゃべりしてたけど、俺は席で漫画読んでるばっかだったし。だから覚えてもらえてると思わなくて」


「そうだけど、私はずっと花咲くんと話してみたかったよ。なに読んでるのかなとか気になってたし。こんな状況だけど、せっかくだしこれから仲良くしようよ。名前も鈴芽すずめでいいよ。私も天道てんどうくんって呼んでいい?」


「お、おお……」


 さすが陽キャ、グイグイ詰めてくる。それでね、と鈴芽は続けた。


「あの子……やっぱり天道くんも気になる?」


 視線を送っているのはやっぱりバレていたらしい。まあ三人きりだしな。

 鈴芽の言葉にうなずく。


「ああ。な〜んかどっかで見たことあるような気がして」


「だよねだよねやっぱり花咲くんもそう思う? 私ちょっと話しかけてくる」


「え、マジで?」


 あっという間に鈴芽はクール美少女のそばへと寄った。さすが陽キャ以下略。


「えっと……その、違ってたらごめんなさい。Tsubasaちゃん……だよね?」


 初めてクール美少女がこちらを向いた。氷みたいに冷たい瞳だ。


「……そうだけど」


「わ〜〜〜〜! 生Tsubasaちゃんだ〜〜〜!!!」


 途端、鈴芽の声が1オクターブ高くなった。クール美少女の塩対応など意にも介してないらしい。

 名前を聞いてようやく俺も思い出した。


「Tsubasa」だ。


 登録者300万人を超えるユーチューバーでインスタグラマーでモデルで歌い手で……他にもコスプレやファッションブランドも手掛ける超有名インフルエンサーJKだ。美しい長髪と研ぎ澄まされた美貌で一部のファンからはカルト的に崇められている。


「私大ファンなの!!! あえて嬉しい! あ、後で写真とってもいい? っていまスマホ無いんだった!」


 一人盛り上がる鈴芽にたいし、Tsubasaは鬱陶しそうに眉をひそめた。


「ちょっとあなた、状況わかってる? 危機感ってもんがないの? あたしたちこれからゴミみたいに砂漠へ捨てられるのよ。なに喜んでんの」


「でもTsubasaちゃんに会えたことは嬉しいもん。しかも仲良くなれるかもしれないでしょ。あ、私九十九鈴芽つづらすずめ。これからよろしくね」


 口を挟む隙間もない。天性のコミュ力でグイグイ距離を縮める鈴芽。


 その行動力にクール美少女は一瞬信じられないものを見た顔をした後、


「は〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」


 呆れたように盛大なため息をついた。

 そして、ようやくこっちに向いてくれる。


「……Tsubasaは芸名。本名は心裂 燕こころざき つばめ。高校二年生、17歳。よろしく」


「同い年だ〜。よろしくね燕ちゃん。あ、燕ちゃんって呼んでもいい?」


「…………好きにして」


「やったーー!」


 実に嬉しそうな鈴芽と、げっそりした燕。さっきまで身にまとっていた芸能人オーラはもう無い。彼女には悪いが、今の毒気を抜かれた姿のほうがよっぽど親しみやすかった。


 と、思っていたら燕の目がこちらへ向いた。思わず息を呑む。冬の夜空みたいにきれいで印象的な瞳だった。


「――で、あんたは?」


「へ?」


「名前。あんたたちは知り合いだったみたいだけど、あたしは知らないの」


「そうだったな。俺は花咲天道はなさかてんどう。同じく高校二年生だ。学校は……ってもう意味ないよな」


「ええ、あたしの日本での肩書もこの世界ではなんの意味もない。――で、あんた部活なにかやってた? 武道とかスポーツとか」


「いや、俺は集団ってやつが苦手でさ。たまに一人で走ったり筋トレくらいはしてたけど、部活はやってないよ。でもなんでだ?」


 名前教えたのにあんた呼ばわり……なのはちょっと悲しかったが、気にしない。


「言ったでしょ。今持つべきものは危機感よ。この世界はモンスターや盗賊も出る危険な場所、備えておかないといつ死んでもおかしくないわ」


 俺と鈴芽は顔を見合わせた。それから二人して燕に訊ねる。


「すごーい、燕ちゃん色々知ってるんだね。この世界のこと詳しいの?」


「俺たち今日召喚されたばっかで何も聞かされてないんだ。こんなテンプレラノベみたいな状況になって頭が追いつかないんだよ。知っていることがあるならなんでも教えてくれ」


 かくかくしかじかまるまるうまうま。

 俺たちは日本から突然召喚されたことやここまでの経緯などを、簡単に燕へ話して聞かせた。

 燕の瞳にほんのひとつまみの同情が交じる。


「そう。召喚されて即追放とはついてないわね。もっともあたしも似たようなものだけど……。あたしは一週間くらい前に召喚されたのだけど、ナラティブを使うことを拒否したから牢獄にぶち込まれて、この通りよ。いつまで経っても改心しないからあんたたちと一緒に追放ってことになったみたい。この世界の知識は牢屋にいる間看守とか衛兵の会話を盗み聞いて蓄えたものだから、正確かは怪しいわ」


「「一週間……?」」


 俺と鈴芽は再び顔を見合わせる。


「Tsubasaちゃんが行方不明なんてなったら、すぐ大騒ぎになるはずだけど……」


「ああ、俺たちは召喚される直前まで、そんなニュース聞いてないな」


「あっちとこっちじゃ流れる時間が違うのかもね。一分が一日になるとか」


「なるほど。そもそも召喚っていうのがでたらめだもんな。いちいち気にしててもしょうがないか。それじゃあ燕、お前の知っていることでいいからこの世界の事を教えてくれ。まずクソ王たちにも言われた 《ナラティブ》ってなんだ……?」


「《ナラティブ》はね、この世界でのスキル、能力よ……」



◆◆◆◆



 俺たちは燕からこの世界の色々なことを聞いた。わずか一週間違い、しかも牢屋に閉じ込められていたというのに、燕は驚くほど多くのことを知っていた。


「よーし、だいたいわかったぞ。つまりこの世界にはファンタジー的なファイヤボールとかヒールとかの《一般魔法》と、俺たち召喚者が持ってる《物語魔法ナラティブ》があるってことだな。そしてどんなナラティブが発現するかは人によって違い、ほとんどが童話をモチーフとしていると」


「ええ。強いのは《桃太郎》とか《白雪姫》とか有名なやつね。あんた達が召喚されたバシル帝国は戦力として異世界のナラティブを欲していて、攻撃系の能力者は重宝されるけど、支援系の能力は迫害されるのよ。あたしたちみたいにね」


 俺たちを召喚したのはバシル帝国という国のお偉いさんだったらしい。あの王様っぽいやつは王様じゃなかったのか。まあどうでもいい。


「なるほど、俺のナラティブが支援系の《花咲かじいさん》って言われたのはそういうわけか」


「私は《舌切り雀》だった。たしかに桃太郎とかに比べると弱そうだね」


「しかし戦えないからって追放とはなあ」


「言ったでしょ。この世界は各国が戦争ばっかりしてんの。中でもあたしたちを召喚した帝国は拡張主義の軍事国家だから、手っ取り早く兵士になれるやつがほしいのよ」


「モンスターを倒す勇者を探しているって話は……」


「作り話よ。もうこの世界の魔王は何百年も前に倒されているわ。モンスターは湧いてくるけど、十分各国の軍隊で対処できる範囲。むしろ人間同士のほうがたくさん殺し合ってる」


「最悪だな」


 ため息を付いた。つくづくとんでもない異世界に召喚されちまったもんだ。

 ふと、何の気無しに質問をする。


「そういえば、燕はどんなナラティブなんだ?」


 それまで饒舌に話していた燕が、ピタリと口をつぐんだ。視線をあらぬ方向へとそらす。


「……言いたくない」


「なんでだよ。お互いのナラティブは知っておいて損はないんじゃないか? 俺たちはこの世界でこれから生き残っていかなきゃいけないんだぜ」


「…………言いたくない。悪いとは思ってる。でも私のナラティブは本当に信頼した相手にしか明かしたくないの」


「なんだよそれ。そりゃ会ったばかりかもしれないけどさ。信用できないって……」


「まあまあ天道くん、燕ちゃんだって言いたくないことはあるって」


 鈴芽になだめられて、俺もやむなく収める。追放されて一蓮托生の俺たちにも言えないナラティブ? どんな能力なんだ?


 燕が向き直ってから、自分の呪紋を指差す。


「それに、呪紋これがある限り話しても意味ないわよ。一般魔法もナラティブも、体内のマナを使って発動するのは同じ。マナの使用をすべて遮断するこの呪紋がある限り、わたしたちは一般高校生のままなの」


「――たしかにな。無理に聞き出そうとして悪かった」


「いいのよ。あたしもごめんなさい あんたのこと、まったく信頼してないわけじゃないから」


「はは、ありがとよ」


 馬車内に沈黙が訪れる。考えてみれば長時間ずっと喋りっぱなしだった。

 鈴芽が大きくあくびをする。


「ふわ〜、なんだか私眠くなっちゃった。いつの間にか夜になっちゃったね」


 たしかにもう馬車の外はもう真っ暗だった。月明かりで見える地面は見渡す限りの砂漠だ。おそらくもう「廃棄エンドア砂漠」とやらに入っているのだろう。


「今日は色々あったからな。寝たかったら寝てもいいぞ。馬車が着いたら起こしてやるよ」


「ほんと〜? じゃあお言葉に甘えて眠っちゃおうかな」


 ころりと座席に転がる鈴芽を見て、燕が呆れた顔をする。


「のんきねあなた達。外にはモンスターがうろついてるかもしれないのよ」


「だからこそ休まなきゃだめだろ。ずっと馬車に揺られているっての辛いしな」


「いつまで走ってるんだろうね。とっくに目的地には着いてるみたいだけど」


「スマホもないから何時間走っているかもわからないしな。そもそも今何時なんだ?」


「日が沈んで随分経つから、深夜だろうけど……」


 鈴芽が眠そうな声でそう言ったときだった。「深夜……深夜……」とつぶやいた燕が、バッと顔を上げる。


「まずい!!! あなた達、今すぐ外に飛び出て!」


「は、な、何だよ突然?」


「いいから! あんた男でしょ、扉蹴破って!」


 燕の必死の形相に俺も鈴芽もわけが分からないながら危機感を覚える。俺が思い切り蹴飛ばすと、難なく馬車の扉は空いた。


「早く外に!」


 燕の叫びとともに三人で車外へと飛び出す。

 幸い地面はやわらかい砂地で落ちても怪我することはなかった。


 俺たちは飛び出した勢いのままゴロゴロと転がって砂まみれになる。口の中で砂を噛んだ不快感を覚えるまもなく、恐ろしいことが起きた。


 俺たちの乗っていた馬車が突然止まったかと思うと、みるみる縮みだしたのだ。馬も、御者も、どんどん小さくなっていく。俺と鈴芽は唖然と、燕はなにかを確かめるようにその光景を見つめた。

 縮んで行く馬車と馬と御者は、やがて黄色いかぼちゃとネズミに変わった。


「……これ、かぼちゃの馬車か!」


 思わず叫ぶ。零時になって魔法が解けたということか?

 これが、ナラティブ……。

 燕が悔しそうに爪を噛んだ。


「ぬかったわ。城に《シンデレラ》の《魔法使い》持ちがいることは聞いていたのに」


「……ねえ、私たちもしあのまま馬車に乗っていたら、どうなってたの? 外に出られたの? それとも……」


 鈴芽が青ざめた顔で砂の上に転がるカボチャを見つめる。ネズミはすぐに逃げ去って今はどこにもいなかった。


「……俺たちを、無事に追放させる気すら、なかったってことだな」


 絞り出すようにそういうのが精一杯だった。

 あの腐った権力者たちの顔が頭に浮かぶ、高笑いさえ聞こえてくるようだった。


「のんびりしている暇はないわよ。ここはすでにモンスターの領域。グズグズしていたらすぐ見つかるわ」


「あ、ああ……」


 ショックを受けている場合じゃない。燕の言う通り、ここはもう危険なモンスターのいる世界、エンドア砂漠なのだ。


 じゃりっ、と何かが砂を踏む音がする。


「……もう遅かったみたい」


 鈴芽のか細い声を合図に、砂の中から蛇と大サソリが、合わせて10体ほども姿を表した。

 魔法もチートもない状況で、俺たちはモンスターに囲まれていた。

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