第4話 転生者は転生者と暮らす

 私の生き方を改めて決意してから翌日――。

 ルナはもしかしたら冒険者になるべき人間だったんじゃないかと疑い始めている……いや、どっちかというと普通に暮らすのに向いていない。

 昨日助手になってくれたルナに家事を一通り教えている時だ。

「ルナ、そんなに乱暴に扱わないで! 壊れるから」

「何言っているの? だいたい叩いたら直るよ」

「それは古い電化製品を動かすやり方だから! あと、それ直ってないから‼︎」

 私はルナのこと、ただ可愛い子だと思っていたけど違ったわ。


 うん、あれだ。この子脳筋だわ。

 昨日言っていたように、力が強すぎるのだ。普通に使っていては絶対に壊れないものがどんどん壊れていった。お母さんへの言い訳をどうしよう?

「ごめん。サクラいい?」

「……今度は何でしょうか?」

 私がリビングで頭を抱えていると、ルナが申し訳なさそうに出てくる。あまりにやらかしすぎて思わず敬語になってしまう。またなんかやったか?

「ホントごめんなんだけど、また壊れちゃって……」

 ルナが持ってきたのは髪を乾かす魔道具、別名ドライヤーだった。

 どこが壊れていたかを見ると持ち手が空き缶のように握りつぶされていた……。

「そっか……確かに古かったけど、ちなみになんで持ちてがそんなつぶれているの?」

「普通に使っていただけだよ? ……また元の形に戻せば直るかな?」

「マジでやめてください。力じゃ解決しません」

 逆側に開こうとしているルナを必死に止める。

 ぶっちゃけルナがこの家を破壊して、何も残らないかもしれない……今後、「この世のものは貧弱すぎる……」と拳を握りながら言ってきそうだ。

 これ以上、ルナにやらせると私がお母さんに殺されそう……。


 私は緊急会議を行うことにした。

「ルナ、ちょっと座ってくれる?」

「うん。なんでそんな社長みたいに手を組んで顎を乗せてるの? そんな深刻な話なの?」

 深刻と言えば深刻だ。

 主に家庭事情とお母さんという上司の折檻の。

 まずは確認だ。

「……ちなみにルナ、今日何個壊した?」

「あっうん、ごめんね。さっきも壊れちゃって……これで4つ目」

 ルナの手には取手がないマグカップが握られている。さらに私のものが……。

「わかった……怪我はない?」

「それは大丈夫だよ? 冒険者やってるから丈夫」

 ルナに怪我がなくて良かったんだけど、冒険者をやっているとこんなに握力ヤバくなるのだろうか? 

 とりあえず何か飲もうと私はコンロに魔力を通す。この魔道具は転生者が作ったもので、魔力を通すだけでお湯を沸かしたり、料理をしたり、出来る優れものだ。「私が入れるよ」とルナが手伝ってくれようとするが、これが壊れたらさすがにヤバいので、「お客さんだから」といってやめてもらう……便利な言葉だね。今度から使っていこう。

 急須きゅうすに入れてお茶が出来るのを待つ。


「で、ルナに任せようと思うことなんだけど……」

「なんでも言ってね。私頑張るから」

 笑顔で頼もしいことを言ってくれるルナだけど、任せられないんだよな……いや、やる気があるのはありがたいんだけど……やる気だけで空回っているというか壊しまくってるんだよな……。

 ぶっちゃけルナにはこのまま、なにもしないでいてほしい……というか、逆に何ができるんだろう?

「ルナって冒険者のときは何担当だったの? 料理とか?」

「…うーん。料理の手伝いもしていたけど、味付けとかじゃなくて、どっちかというと捌く方だね。熊とかを」

 ……多分力強さで選ばれたんだろうな。というかルナ熊捌けるんだ。なんなら、熊取ってきてって言ったら取ってきそうだ……いや、ホントには取ってこない、はずだ。

「わかった。じゃ、なんかジビエとか作ることになったら頼むね」

「うん……そういうサクラは料理上手だよね?」

「そう?」

「うん。今朝作ってくれたものもおいしかったよ」

 軽く作っただけだが、ルナには好評だったようだ。普通に嬉しい。

「なに? 私の味噌汁が毎日飲みたいって?」

「すぐ私を口説くんだから……はいはい。飲みたい飲みたい」

 照れ隠しに言ったのに興味なさすぎじゃない? 

 だいぶ私に対して遠慮がなくなってきたな。いや、嬉しいからいいんだけどね。


「ルナは料理得意じゃないの?」

「そうだね。私は料理といっても野菜を洗うとか焼くぐらいしかできないから、メンバーにほとんど任せっぱなしだったな……」

「なるほどね」

 どうやら料理はできないようだ。まあ料理を任せても包丁握り潰されたり、まな板を切られそうだったので、やらせる気はなかった。それ以外を考えているんだけど……なんだろう? 

 そんなに力がいらなくて、力が入っても大丈夫なものでしょ?


 …………なくね?

 一向に何をしてもらうかが全然思いつかない。

 とりあえず、お茶ができたので、運ぶ。

「ありがとう」

「ちなみに冒険者のときは物壊してなかったの?」

「……別に好きで壊しているわけじゃないからね? でも、確かに冒険者用の物はほとんど壊してないかなー」

 マジか……一回冒険者グッズの丈夫さについて実験してみたい気もするけど無いので断念する。

 それよりも何をやらせるかだ。掃除しても汚れが取れないって、壁とかに穴を開けそうだしな……うん、あんまり頼まない方がいいな。考えてみればお客さんだしね……そっとしててもらおう。

 

 とりあえず洗濯物を干してもらうのは出来そうだったのでやってもらっている……が、バンって伸ばしてくれてる音がとてつもなく早い。結構な勢いでやるので服が破れないかヒヤヒヤするけど、一枚も破れることなく干し終わった。良かった。

「よし、終わったから家に戻ろっか」

「うん……ここは平和だね」

 ルナが遠くを見ながら陰りがある顔で不意に呟く。

 ……。


 なぜ呟いたのか意味が分からないんだけど……。

「どうしたの、急に? 今別にセンチメンタルになるところじゃないよ? ただ洗濯物干しているだけだよ?」

「……いや、そう思っちゃっただけだよ。何となくね」

 私はクエスチョンマークが頭の中に浮かぶが、ルナはそんな私を見て笑う。

「ふふ。魔物のことを気にしないなんて久しぶり」

 青空をバックに髪を押さえるルナはすごく絵になっていた。けど――。

「なんかカッコつけてるけど、あんまカッコよくないよ? だって洗濯物を干しいるだけだよ」

「そんなに言うことないでしょ! なんか感慨深いなって思っただけだから!」

 ホントなんでこんなことでそう思うんだ? なんなら今ショーツとかを干しているだけど、ムードもひったくれもない。

「ホント洗濯物干しただけなんだから、変な雰囲気醸し出さないでよ? 出すんだったら私との新婚生活感みたいな甘いの出してよ」

「出さないよ……そんなの。あと私、ずっと魔物と戦ってた生活だったし、なんなら今仲間とはぐれた状態だからね?」

 状況を考えると結構重い感じだった。

 なるほど……人はストレスから解放されるとトイレ掃除とかでも、「あっ、私生きてる」って感じるんだなー。

「なんか、最悪なこと考えられてる気がする……」


 ルナが変なこと言ったその後、私たちはわちゃわちゃ過ごしているとあっという間に日が落ちていた。

「さて、これらをどうしよう……」

「すいません……街に戻ったら弁償するので」

 私はリビングにルナが壊したものを集める。あれからも結局ルナは壊しまくった。今では10個ぐらいがガラクタになっている。


 お母さんが帰ってきたらなんで言おうか……。

 フラグを立ててしまったからか、ドアがガチャっと音を立てる。ヤバいヤバい! まだ何て言うか決めてないって! フラグ回収早すぎるって‼︎

「ただいまーって」

「あっ、おかえりー。お母さん」

 私は極めていつも通りに言う。だっ大丈夫。ごめん、やっちゃった♡ みたいに言えば……それやったら殺されそう。

 絶句していたお母さんが口を開く。

 気のせいか背中に赤黒いオーラが見える。まっ、魔法かな?

「サクラ……これはどういうこと?」

「えっとその」

「何でこんなに色々壊れているの? それに家事もいつもぐらいにしかやっていないし……サボっていたの?」

 仁王立ちするお母さんは鬼のようだった。

 いや、壊したのは私のせいじゃなくてね? それに教えていたんだから、時間かかるじゃん。私のせいじゃないよ! 

 そう抗議しようとしたけど、お母さんが結構マシで怒ってることが分かるので、なんも言えない……。こっこういうときは最初の一言目だ。あとはどうにでもなる。

 私が慎重に言葉を選んでいると――。

「すいません。これは私がやってしまって! サクラは何一つ悪くないので!」

 横からフォローにならない言葉を降ってくる。

 待って! その言い方はまずいって! 私が罪を着せているみたいに見えるから! 私が壊した主犯格みたいに見えるから‼︎

 ルナに目が行っていたお母さんが私のほうを向く。まるで肉食獣が獲物に襲い掛かる一歩って前といった状況だ……!

 私は全力で首を振り、目で訴える。

 いや、私はやっていないんです! 私は何ひとつ壊してないんです‼︎ だからお願いですから許してください!

 私の弁明が効いたのか(言っていない)、お母さんが背を向ける。

 ……ここで助かったと思えば、またフラグを立ててしまうことになる。こういう時はまだそう思わずに冷静に――。

「サクラ、ちょっと来な?」

 ……そんなバトル漫画の敵みたいな言い方を……すいません、マジすいません。なのでその顔やめてください。ほんとに怖いです。

 返事をしない私に、お母さんの目がどんどん鋭くなっている……仮にも娘に対してそんな目は……行きます。

「……はい。行かせていただきます」

 お母さんを見送ってから、ルナに遺言を頼む。

「……私が死んだら、骨はきれいな花がいっぱいあるところにお願いね?」

「えっとわかりました……ほんとにすいません」

「ふふ……もし生き残れたらデートしようね」

「あっうん」

「じゃ」


 ――その後、泣きわめきながら土下座をしたのは語るまでもない。

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