第6話 転生者は転生者を隣の街に送る
青空の昼下がり――私とルナは舗装されているか微妙な道を永遠と歩いていた。
朝、事情を知ったお母さんがルナを冒険者ギルドに送るように私に言ってきたのだ。
馬車をお願い! って食い下がったのに聞いてもらえなかった……これが縦社会。歩いたら半日かかると泣きついたのに……終いには「あんた、どうせ暇でしょ」って言われる始末だ。私には二度寝という崇高な使命があるというのに。
「サクラごめんね。泊めてもらっただけじゃなくてこんな送ってもらっちゃって」
うー……そんな申し訳なさそうに言わないでよ。愚痴るに愚痴れないじゃん……いや、愚痴る気はないんだけどさ。
あと困ったように言うのやめて欲しい。かわいいし、なんか私が悪者みたいになるから。私がクズみたいに思えてくる。
「うんうん。まあ、最後になっちゃうし。送ろうかなとは思っていたから」
転生しても碌に友達がいなかった私だ。流石に送るぐらいはぜんぜんいい。半日かかるとしてもだ。私は優しい女。
「それにルナがチューしてくれるし」
「どのルナもチューしないよ」
私の妄想のルナは私に優しいのに現実のルナは優しくない……妄想のルナは優しいのに。
「最後だよ? 少しぐらい私の要望に応えてくれてもいいんじゃない?」
「サクラの要望の多くはエッチな意味じゃん……」
こんな他愛ないやりとりも最後だと思うと寂しく思えてしまう。もちろんしょうがないんだけどね。だって私は冒険者にはならないし、なれない。素手でスイカを握り潰せないと冒険者にはなれないのだ。
「でもさー」
「……サクラはこれからどうしていくの?」
「うーん。将来のことは決めてないけど、学校には行きたいかな」
だって学校に行けば、美少女とお知り合いになれるし。
「…………えっと無理だよ?」
えっ。
「なんで⁉」
ルナに距離を詰める――ルナが近い……って今それどころじゃない!
私の必死な形相を見て、ルナがあたふたしながら説明をしてくれる。
「学校って、結構お金が必要なんだよ。普通の人は貴族とかすごく稼いでいる商人の息子とかしかなれないんだよ。まあ、お金がなくてもすごい才能があれば入れるらいいんだけど……ぶっちゃけチート級の転生特典並みじゃないと無理かな」
「なんだと……ッ!」
思わず崩れ落ちる。
なんていうことだ……これじゃあ、王女に偶然パイタッチしちゃうアクシデントとか困っているときに助けてくれるミステリアス美少女との出会いとかのフラグが立てられないじゃないか……。
「私の長年の夢が……美少女を集めたハーレムに囲まれてのヒモ生活が……ッ!」
「うわあ……最悪な夢だ」
「なんで……どうして。ルナ私はこれからどうすれば?」
「とりあえずそんなどうしようもない夢は捨てたほうがいいと思うよ」
……うっうぅ。
「もうルナでいいよ。私にパイタッチとかチューとかさせてよ」
「いや」
……やっぱりこの世界なんて嫌いだ。
そんなことを言われていじけていたが、ドカドカと音が聞こえてくる。
「何、この音?」
「これは――サクラ!」
黒い何かが視界に入るけど、いきなり突き飛ばさる。
突如、後ろからドカーンと音を立てながら、およそ普通では聞くことのない何かえぐれる音が聞こえてくる。
どうにか受け身を取った私は、ぺっぺと口に入った砂を吐き出しながら、見上げると――そこには大きなな猪のような姿の魔物と対峙しているルナが目に映る。
「サクラ来ないで! こいつはワイルドボア。頭突きを食らったら死んじゃうよ!」
「何それ、怖っ!!」
私の前にあった木がえぐれている。多分あの猪が突っ込んだんだろう……怖すぎるんですけど!
そんな情けなく震えている私には目も向けずにドリルのように鋭い牙をルナに向け、猪は目が赤く輝かせている。
足をタンタンとさせながら、今か今かと襲う機会を狙っている。
私はハイハイでとにかくこの場から離れようとするけど、なかなか体が動いてくれない。
「ルナ……」
「大丈夫! 私がひきつけるから、サクラはとりあえずここから離れて!」
「はっはい」
ルナの切羽詰まった声を発しながら目だけを私に向ける。
なんとか動かそうとしているけど、全然体が動かない……その間にもバコーンとかボカーンって音が聞こえているが、ルナはすんでのところで
「……ルナ」
「今武器を持っていないの! とにかく逃げ回って!」
ルナがひきつけてくれているから、なんとかなっているけど、私があまりにもお荷物すぎる。
さらに少し進むけど、石につまづく……ホントにお荷物。
「サクラはそのまま、下がっ――!」
私に向かって叫んでいたルナだったけど、服が枝に引っかかってしまい、一瞬だけ体を硬直する。それを見た猪がさらに突進の速度を上げる。
ヤバいヤバい!! ルナが危ない!
猪がさらに速度が上げ、ルナとのもう距離がもうない。
こういう時は何をすればいいんだ……覚醒するのを待てばいいのか? だめだ、そんな時間ない! そうだっ魔法……何出せばいいかわからない……!
このまま私は……魔物にトラウマを植え付けられて、家に引きこもって畳のしわを数える日を送るんでしょう? 惰性に身を任せているとついにお母さんに「私のために働かない娘なんていらない」と言われて家から泣いて追い出されるだ。そのあとはルナを思い出しながら元の世界のほうが良かったとか薬とかに頼って「無限月読だ」とか言って現実逃避の毎日を送るんだ……そんなの。
そんなのは……そんなの嫌だ‼
私はとっさにあった石を掴む。
――コツン。
「やっちゃった」
私はその辺の石ころを投げたみたら見事に猪の目に当たり、ルナに頭突きする前に止まってくれた。その隙にルナは引っかかっていた木を折って離脱し、私の隣に着地する。
猪が私の方を向く。
その目がめちゃくちゃ激怒していて、今にも突っ込んできそうだ。漏らしそう。
「サクラ、早く逃げて!」
「腰が抜けちゃって……」
「バカー!」
そんな言い合いをしていると猪が突っ込んで来る。ヒィー!
「ああ、もう!」
「え? ちょおーー」
ルナは私をおぶって、なんとか猪の攻撃を躱わす。
猪が木に突っ込んで薙ぎ倒す。うわ……。
ルナが持ちづらいのか、私を持ち直す。
ちょっとあのくすぐったいです。
「わわっ、ルナそんなお尻にある手動かないで。……それとも私重い? 重くないよね? そんなに太っていないはずだけど重くないよね!?」
「重くないから黙ってて! そんなこと気にしてる余裕今ないから! 今命をかけた戦いの真っ最中だよ!?」
「そんな力いれないでっ! ちょっと「きゃっ」とか言っちゃいそう」
「戦っているんだから調整なんてできないよ!」
くすぐったいような、なんかむずむずするような感覚がしながら、命の危機に瀕している……状況が渋滞中だ。意味わからん。
考えるのがめんどくさくなって現実逃避に陥いる。全部人任せをしよう。
命の危機なんだし、ここはルナの感触を楽しむのが最善だろう。うん。
「ルナ柔らかい」
「どこ触ってんの!? あと今戦っているんだよ」
「でも、服の上からだからちよっと硬い……」
「ホントに降ろすよ!! あと硬くない、から!」
ルナは地面を蹴り上げて横に移動する。
「危ない! 落ちる、落ちるから! 冗談だよ! ルナはめちゃくちゃ柔らかいから! 後で触って確かめてあげるから!」
「そんなことしなくていいから……って触りたいだけでしょ!」
それ以降も猪の頭突きを避けているが、ルナも少し疲れている。
「なんかいい匂いしてドキドキする……」
「バカじゃないの、ホントに‼︎ 私全然余裕ないのになんでサクラはそんなに余裕があるの! もう重いから離していい⁉︎」
「ああっ! 重いって言った! 女の子に対して重いって言った! ひどい!」
私を置いて先に行け……!
そんなカッコいいセリフなんて出てこないよ! 私やだ! 死にたくない! お願い誰か助けてよー‼︎
私はルナの腰にしがみつきながら思う。
「これって……もしかして」
ルナが何かに気づいたように目を閉じる。
「ってルナ、何やっている! ここはカッコつけている場合じゃないよ⁉︎ 厨二病みたいなこと言っている場合じゃないんだよ‼︎」
「ちょっと黙ってて! ソウル・パワー!」
ルナの全身に水色のオーラみたいのがまとう。前に魔法はマナタイトとかないと使えないって言っていたけど、まあ気にしている余裕はない。
猪がルナの変化に気づいたようだけど、構わず突っ込んで来る。
「ルナっ!」
「大丈夫」
ルナは避ける必要はないと左手を構える……なんか空気が変わった。アニメだったらかっこいいBGMが流れていそうな感じだ。
猪が目の前まで迫ると――。
「ふん!」
「え?」
ルナが右ストレートを繰り出す。すると先程までほとんど打撃が効かなかった猪が爆散した。
漫画とかでありがちな表現だけど、リアルで見ると思った以上にグロい。
すっげーって思い、立ち上がった私だけどなんかクラクラしてくる。
「あれ? なんか魔力が……」
私はそのまま、力が抜けて目を閉じる。
目を閉じながら「サクラ! サクラしっかりして……!」みたいな声を聞きながら……いや、なんも聞こえてこないわ。うん。
そんな寂しい思いに晒されながら私は意識を手放した。
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