第19話 あのときの

 本人以外の満場一致により第一夫人に選ばれたミライは、ピエールが帰宅してから彼を交え六人で夕食を済ませた。上機嫌のファハドに何度も話しかけられたが、徹底的にそっけない返事をして場を凍りつかせた。


 これで少しは気が晴れるかと思うも、ファハドがにこにこと楽しそうにしていて気に入らない。そう、気に入らないのだ。


 公平に多数決で決めたのに、あまり公平さを感じなかった。だってこの男は終始笑顔だった。まるでミライが選ばれるのをわかっていたかのように。友人たちの手前折れることにした。だがどうにも納得がいかない。


「ミライ、このあと少し話さないか?」


「はい。承知いたしました」


 食事のあと、ファハドに誘われ足を止める。友人たちに手を振り、彼を見上げた。


「では三十分後に応接室に来てくれ。それと、ひとつ頼みがある」


「頼み、ですか?」


「ああ、さっきマクトゥル邸から持ってきた赤いドレス。あれを着てきてほしい」


「え?」と思わず声が裏返る。相手の意図がわからない。


「あのドレスを?」


 戸惑いを隠せず首を傾げるミライに、ファハドが「ああ」と言って笑みを浮かべる。


「大事なことなんだ。それに、ミライも俺に聞きたいことがあるだろう?」


「わかりました。それではドレスを着て三十分後、お伺いいたします」


 やはり彼はいろいろ知っているのか。こちらを見透かすように目を細めているファハドを見て確信する。ミライは一度部屋に戻り、鞄から忌々いまいましい思い出の赤いドレスを引っ張り出した。


 準備を終えて時間通りに応接室のドアのノックすると、ファハド自らがミライを出迎えた。彼もまた控えめではあるがパーティの衣装に着替えている。その姿に見覚えがあるような気がする。けれど思い出せない。


「ミライ、待っていた。中に入って」


「はい。失礼いたします」


 言われるまま室内に足を踏み入れる。背後でバタンとドアが閉まる音が聞こえた。


「綺麗だな、ミライ」


「ファハド様、さっそくですが話を聞かせてください」


「そうだな。君は私を思い出せないようだし……」


 ファハドの返事を聞いてミライが振り返ると、彼は胸に手を当て、もう片方の手を差し出していた。ダンスにでも誘うようにやや腰を折り、上目でミライを見つめる。


「お嬢様、良ければあなたの名前をお聞かせ願えませんか?」


 思い出した。このドレスを着てパーティに出た日、同じ言葉をかけられた。


「あなた!」


 あのときの——言いかけたところでファハドの手が伸びてきて、ミライの体は彼に引き寄せられた。


>>続く

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