第20話 プロポーズは熱烈に
見上げると、目尻をたっぷりと下げ口元を緩ませるファハドがいる。空いた手でミライの前髪を掻き上げ、より一層黒い瞳が弧を描いた。
「思い出したか。あの仮面舞踏会という名の
ファハドの話を聞きながら、ミライもあの日のことを鮮明に思い出してきた。父に言われて参加したパーティは彼の言う通り乱痴気騒ぎだった。
大きな屋敷の広間で軽くダンスをした者たちがそのまま個室に連れ立っていく。身分を忘れて男女の仲を楽しむ一夜限りの仮面舞踏会。
ミライは声をかけてきた男たちを煙に撒き、中庭で涼んでいた。そこへひとりの男が通りがかり、偶然風が吹いた。つけいていた仮面は飛んでいき、髪の毛が風に流れ、隠していた右目があらわに。ミライは目を見られたことに焦り、男の誘いを無視して帰宅したのだった。
「あれは、ファハド様だったのですね」
「そうだ。風のいたずらで見えた赤い瞳が美しく、忘れられなかった。あの日から俺は、君の
そう言って愛おしそうに右目を撫でる大きな手。綻ぶ顔。熱を帯びた声。彼は嘘を言っていない。ミライにはわかる。なぜなら、以前も同じように愛してくれた人がいたから。
「彼」は、このあと右の瞼にキスをする。今となっては悲しい思い出と現実が入り混じる。戸惑ったミライは両手を伸ばしてファハドから離れた。
「あ、も、申し訳、ありません」
「いい、気にするな。俺が急ぎすぎた」
ファハドが一歩踏み出し、ミライの頭の上でぽんぽんと手を優しく弾ませた。
「ミライがなぜあのような場にいたのかも、辛いことがあったのも調べて知っている。だからピエールを使ってあのような手の込んだ方法で求婚した」
「偶然ではなかったのですね」と呆けた声で返事をして、ミライはピエールに会ったときの去り際、彼が自分の名を呼んだ理由が腑に落ちた。私は彼の思惑通り、金を持って現れたというわけか。きっとただの求婚であれば断っていただろう。さすがは王子殿下、一枚も二枚も上手だとミライは感心して口の端を上げた。
「そういうことだ。金が欲しかったのも事実だったが、一番はミライ、君が目当てだ」
「まんまと術中にはまりましたわ」
苦笑するとファハドは静かに笑んでミライの両手を握った。
「ミライ、君は幼い頃に母を亡くし、父からの愛を得られず、偏見に苦しんだ。だが友人を大切にし、一途に人を愛する情の深さや、傷ついても前に進もうとする強さを持った素晴らしい女性だ。仕事のセンスもある。見た目だけではなく、心もまたしなやかで美しい。君はどんな宝石よりも価値のある、俺の至宝だ」
これでもかというくらい褒め称えられ、ミライは冗談でも言ってごまかそうと思った。だがファハドの真剣な眼差しがそれを許さなかった。彼の瞳に映る自分を確認するのが恐くなり、やや俯く。
「君を愛している。俺も一途なんだ。今は利害の一致でいい。だが一生をかけて口説き落とすぞ。覚悟しておいてくれよ、ミライ」
ファハドがミライの顔を覗き込む。今の自分の顔を、彼に見られたくない。
「と、突然そんなこと言われても困ります! 私はこれで!」
ミライは思い切り顔を逸らし、走って応接室を飛び出した。顔が熱くてたまらない。熱を覚ますため廊下を走って風を受けてみたが逆効果だった。部屋に戻ると勢いよくドアを閉め、その場にへたり込む。
「あんなこと、一生言われ続けたら心臓がもたないわ」
情けない声で呟く。ミライは身体中にめぐる熱にのぼせ、しばらくその場を動けなかった。
>>第三章に続く
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