第13話 ミゲルもびっくり
屋敷の中に入ると、マクトゥル家執事頭のミゲルが出迎えた。彼はミライたちが繋いでいる手元を一瞬見てから腰を直角に折り曲げる。
「おかえりなさいませ、ミライお嬢様。お客様もご一緒ですか?」
「ただいま、ミゲル。この方は私の結婚相手のファハド・アル・シャラマン殿下よ」
「ファハドだ。よろしく、ミゲル」
いつも背中に定規を入れているかのように背筋が伸びているミゲル。それがさらに上から引っ張られてピンと伸び切った。彼は目を落っことしてしまいそうなほど見開き、驚きに満ちた表情を浮かべている。
ミライが生まれた時にはすでに執事頭として冷静沈着に務めを果たしていたミゲル。彼が動揺する姿を見たのは、後にも先にもこの日この時だけだろう。ミライの口から思わずくすりと笑みが溢れた。
「ファファファファ、ファハド・アル・シャラマン殿下? なんと……。私はマクトゥル家執事頭のミゲルと申します。ご挨拶が遅れましたこと、心よりお詫び申し上げます」
「いいんだ。急な訪問で驚かせてしまってすまない」
「めめめめ、滅相もございません!」
ミゲルは額に冷や汗を滲ませながら、何度も殿下に頭を下げていた。まるで食器や調度品を割ってしまったメイドのようだ。ミライはふっと息を漏らしミゲルに問いかける。
「ミゲル、お父様は書斎かしら?」
「は、ははあ……」
執事頭の彼が、親子以上歳の離れたミライにまで恐縮している。伯爵家に行くと言って出ていったお嬢様が、王子様を連れ帰ったのだから無理はない。けれど狼狽える姿は面白い。
「では私は荷物をまとめるために自分の部屋に行くわ。帰りに寄るのでお父様に事情を説明しておいてちょうだい」
「じ、事情と言いますと……?」
「私が、ファハド・アル・シャラマン殿下と結婚することになったと言えばいいわ」
「ははあ! すぐにお伝えしてまいります!」
ミゲルは再び直角に腰を折り恭しく挨拶すると、廊下を駆け出していった。入り口に残されたミライは隣に立つファハドを見上げた。
「慌ただしくて申し訳ございません。普段は落ち着いた者なのですが、よほど驚いているようです」
「そのようだな。なんというか、ああいう普段は冷静そうな初老の男が慌てふためいているのは、なかなかに面白い」
「それは同感ですわ」
ファハドがニヤリとイタズラな笑みを浮かべる。同じように笑みを返すと、彼は繋いだ手を持ち上げ自分の口元に持っていった。
「少々イタズラなところもかわいいな、ミライ」
繋がれた手の甲の部分がファハドの唇に触れる。彼は目尻と口角を寄せ、ミライの手に何度かキスを繰り返した。このまま部屋でふたりきりになっていいのかと、一抹の不安がよぎる。
「早く君の部屋に行こう。安心しろ、嫁入り前の令嬢に手を出したりはしない」
「は、はい……」
胸の中をも透かすような言葉に恥ずかしさが込み上げる。その感情から逃れるように、ミライは足早に自室を目指した。
>>続く
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