どうすれば良い?

 コイツは一体何を言っているのか。

 俺は自分の耳を疑った。


「捕らえる……? 俺達が?」


 もしかしたらセインはまだ、今どういう状況に置かれているかを理解できていないのかもしれない。

 ならもう一度……。


「怪物、眷属。上等じゃないか、私の庭で無礼を働いたことを存分に後悔させてあげなくてはいけない。そうだろう?」


 理解していた。少なくとも、遊園地に何が来ているのかはしっかりと理解していたらしい。

 であれば尚の事。


「おま、何馬鹿なこと言ってんだ! わかってんのか? 眷属だぞ!? そこらに出没したテロリストや雑魚魔族とは全く違うんだぞ!」


「おや、脅えているのかい?」


「はあ?」


「おかしいなぁ。以前の君なら、こういう事態には燃えながら我先にと突撃していったろうに。こんなところで二の足を踏んで、慌てふためくなんてらしくない」


 セインはそう言いながら挑発的な表情を浮かべて、俺の顔を覗き込んでくる。


「君が今まで何をモチベーションにここまで頑張ってきたのか、私は何となく理解しているよ。ここで逃げてしまえば君の評価は滝から落ちる落ち葉のように降下していく。そして、もう二度と元に戻ることはない。それでも良いと?」

 

 完全に俺を煽って乗せようとしている。それが丸わかりだからこそ、俺は顎に伸ばされたセインを手を振り払った。


「ふざけんな、遊びじゃないんだぞ。人の命が賭かってるんだ。俺らがこんなことしてる間にも、奴等がいつ暴れ出すかわからないんだ!」


「おやおや、随分と立派で、ありきたりな言葉が出てくるものだ。まずますらしくない」


 セインは肩を竦めながら俺を見る。

 視線の中に僅かな失望が混じっている。

 だがそんな目線を向けられたとはいえ、俺の意見が変わる訳じゃない。


 どう考えても、今この場で最も正しいのは俺のはずだ。

 俺達はまだ学生。こういった案件はしっかりと経験を積んだプロに任せるのが有効であることは常識だ。


「つまり君は自分ではとてもここに居る人間は救えないと言いたい訳だ?」


「ああ?」


 口調が嫌味になってきた。

 だが無視だ。付き合うだけ無駄。正しいのは俺なのだから、胸を張っていれば良い。


「……そうは言ってねぇだろ」


 だが口から出てきたのは俺の意思とは真逆の、まるで戦うことを肯定するかのような言葉。

 自分は正しいという思考の中に、少なくともあの怪物には負けていないという雑音ノイズがちらついた。


「おやそうじゃないのかい? てっきり私は眷属達の強さを味わってすっかり委縮してしまったのだと」


「碌に戦ってもいないお前に好き放題言われるのが気に食わないってだけだ。戦いの「た」の字も知らない箱入り娘が」


 止めろ、余計なことを考えるな。

 今この場で不要なプライドを持ちだしても仕方ない。

 落ち着いて、ここを出るんだ。そうしなきゃまた、俺は……。


「人を殺すかもしれない、かい?」


「…………ッ!」


 まるで裏から太い根が生え、地面に貫入したかのように足が止まった。

 冷汗の量が増えていく。


 どうして知っている? 話したのは北風だけのはずだ。

 

「図星だね。君はまた恐れている。自らの手で人の命を奪うことを」


 まただ。また、この感覚。

 俺の前に居る彼女が同じ人間だとはとても思えないような、この気味の悪い感覚。


「前回は長年の時を過ごした師。そして今回は私欲のために人を幾人と恐怖させ、凌辱してきた最低の犯罪者。行動の質は太陽と汚泥のような差があるが、それでも同じ人間だ。奪うことを恐れ、罪の意識を感じることは仕方ない」


 しかしそんな俺の思いとは裏腹に、セインの表情は真剣味を帯びていく。


「だが君が選んだのはそういう道だ。国家魔導士になるからにはいずれ誰かの命を奪わなければいけない時が来る。君は一足早く、それを体験したに過ぎないんだよ」


「過ぎないって……」


「過ぎないさ。力には力で、脅威には脅威で対抗する。それがこの世界の常識だ。誰も、敵ですらも死なせたくないなんて考えは理想という域にすら至っていない、ただの戯言だよ」


 セインの声が深く、重い。

 もしかしたら彼女も同じような経験をしたのかもしれない、そんな風に思わせる口ぶりだ。


「相手は犯罪者で、今もこれからもきっとより多くの命を奪うだろう存在。野放しにしておく訳にはいかない」


 わかっている。そんなことはわかっている。

 だが、どうしても足が竦んでしまうのだ。命を奪った感覚が消えない限り、この燻りは一生残る。


「…………もし、それでも君が嫌だと言うのなら私は止めないとも。私一人で戦うよ。これ以上この場で誰かが悲しむ光景を見たくはないからね」


「…………」


 コイツも、北風と同じだ。

 自分の中にある確固たる信念。それがあるからこそ、躊躇いというものが存在しない。

 だからこそ世界を躍動して、最後には……。


「殺し殺され殺し合い。残念ながら、この世界の絶対的なルールは変えられない。。」


「…………!」


「今まで色んな人が色んな方法を試して、最後に残ったのが今の道。世界に最適化した方法は、どうあっても超えられない」


 そう言って、セインは俺に背を向ける。

 そのまま出口に向かって歩いていく。


(俺はどうすれば良い……?)


 ふと思った。俺の信念って何だろう?

 セインは俺の目標を知っていると言ったけど、俺は俺自身の目標をしっかりと見つけられているのか?


「……どうしてお前は戦えるんだ?」


「………………」


 セインの動きが止まる。

 こちらに顔は向けない。だが、確かに聞いてくれている。


「俺は今までずっとお前等みたいな奴等を超えたくてここまで来た。どんな窮地も乗り越えて目標を掴み取るような奴等に嫉妬してた。今だってそうだ。……けどもし人を殺すことでしかお前等を超えられないっていうなら、俺には無理だ」


 前世むかしも、今世いまも。一歩進んだと思ったら、その先には果ての無い闇が広がっている。

 強くなっていたと思った。それで全部うまくいくと思った。

 けど実際にはどれだけ強かったとしてもウィズは救えなかったという現実だけが残っていた。


「……殺したくないんだよ俺は。そんな業を背負うなんてのは二度と御免だ。辛いのは嫌だ、苦しいもは嫌だ。味の無い飯を食うのも嫌だ」


 情けない思いが零れ出る。

 弱音を吐くその小さな姿はきっと主人公はとは程遠い。精々噛ませ犬、良くて庇護対象でしかない。


「けど、このまま何もできないのも嫌なんだ。もしお前等を超えられなかったら俺は、この世界に生まれた意味が無くなっちまう。今までの努力が全部水の泡になっちまう……」


 そうだ。俺の中にあったもう一つの本音。

 それは何とも身勝手で自己中な思い。自分が今までしてきたことを無駄にしたくないという、余りに利己的な思い。


「頑張ってきたんだ。色んな奴に後ろ指刺されながら、一生懸命にやったんだ。それが無駄になるのは嫌だ。……けど、殺すのも嫌だ……」


 俺が作ったのはどう言い繕おうと兵器だ。

 使い方を誤れば、誤らなくとも人を殺せる。そんな魔道具だ。

 にも関わらず殺したくないだなんて矛盾している。


「俺は、どうすれば良いんだ?」


 気がつけば俺は泣いていた。セインは何も言わない。


「……そうか。それが君の本当の気持ちか」


 セインは口を開く。

 口調はどこか色の無い、淡々としたもの。


「利己的だね。自己満足、傲慢、不遜。世の中を何も知らないまさしく戯言」


「…………」


 わかっている。俺がずっと口に出せなかったのも、そう言われると知っていたからだ。

 きっとセインも呆れていることだろう。

 だが、俺の耳の届いたのはそれとは少し違った。


「君の気持ちはよくわかった。わかった上で、私は君を連れて行くよ」


「は?」


「こんな場所じゃ、心に秘めた本当の気持ちが出ないからね。じゃあ早速、行ってみよう!!」

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