決まずい空気

「…………もしもし?」


 ベッドの上で微睡みに沈んでいた俺を起こしたのは携帯から響く軽快な着信音だった。

 目覚ましもかけずに寝たのは本当に久々だ。


『やあ、気持ちの良い朝だね。それじゃあまずは顔を洗って、それからホテルのレストランでまで降りて来てくれ。海を見ながら優雅に朝食といこうじゃないか』


「……セインか?」


 一体どうして俺の携帯にセインが? と疑問を浮かべたところで昨晩彼女が勝手に携帯に番号を登録したことを思い出した。その時に俺を笑顔にとかどうたら言っていたが、早速それを実践する気なのだろうか。

 昨日あらかたのアトラクションには乗ったと思っているのだが、他にもめぼしいものがあるというのか。


「まあ、行くか」


 口ぶりから察するにはセインはもうこのホテルに居るらしい。

 流石に部屋に乗り込んでくるような真似はしなかったか。昨日の様子を見るにやりかねないと思ったからそこは安心した。


「……あんま眠れなかったな」


 昨日はどうにも寝つきが悪かったように思える。

 ちゃんと疲労は溜まっていたのだが、どうしてだろうか。


 部屋に帰るまでの記憶がどうもあやふやだ。


「おはよう。改めて気持ちの良い朝だ。空は快晴、太陽の陽が海と私を輝かせているね」


「お前、その変な喋り方なんなの?」


 言われた通りに一階へ降りるとセインがレストランの前で待っていた。

 彼女が案内したのは綺麗な海景色が一望できるテラスの席。

 既にテーブルには色とりどりの料理が並べられている。


「さて、今日の予定なんだがね」


 セインは大皿に盛られたサラダを口に運び、それを飲み込んでから話を切り出す。


「今の君には刺激の上書きは不可能だ。だから今日はショーにしよう」


「ショー? ああそうさ。海神SOSの正式名称は覚えているかい?」


「そりゃあ、確かセイン・オーシャン・ステージだろ?」


「そうとも。ここは大海原に隣接した私のステージ。煌びやかな舞台で万来の喝采を浴びる、私だけのステージさ」


 セインは普通の人間なら気恥ずかしくて言えないような言葉を顔色一つ変えることなく宣言する。

 それでもって、実際ここは彼女の言う通りの場所だから凄まじい。

 昨日感じただけでも、まさにここは彼女だけのステージだった。


 フォークで突き刺したサラダの中のオレンジを口に入れ、俺はいつも通りの自信気な彼女に尋ねる。


「それで? そのご自慢のステージではどんな演目があるんだ?」


「ヒーローショー」


「ヒーローショー?」


 また随分と子供向けなものを選んだものだな。

 俺がそう言うとセインは優雅な手付きでパンを齧り、笑う。


「確かにね。だけど存外ウケるものさ。いつだって人は英雄を欲している。今この時代、まだかつての禍根が残っているだろう?」


「……十七年前の大厄災か」


「そ、多数の魔族達が大挙して人類に攻撃を加えたあの事件。私は当時生まれたてだったけど、それでも成長していくにつれ見えてきたよ。この世界に生きる人々の不安がね」


 人は不安を嫌う。それは人間として生まれた以上、一部の例外も無く皆が持っている嫌悪だ。

 この世界にはそんな不安の種が隣接している。

 

 魔族。人類に仇をなし、その殲滅を目論む種族の総称。

 かつては人間に友好的な存在も居たとのことだが、今では皆無だという。人類殲滅派によって悉く皆殺しにされたらしい。

 現在存在している魔族は須らく人類に敵対意識を持っている。そしてその脅威は消え去っていない。

 これからまた、始まるかもしれないのだ。


「だから私が輝くのさ。この身に溢れる光で数多を照らし、全ての魔を打ち砕く。どのような事態が起きても海は不動。私の光もまた不動だ」


 そんな時代であれば、確かにセインの人生に意味は生まれるだろう。

 彼女が生きることで、彼女の存在価値はこの世界に深く刻まれることだろう。


 じゃあ、俺は?


 俺が作っている魔道具は、この世界において意味があるのか?

 あの時俺は見せつけられた。サモンツブッシャーは、俺が作った武器は人を殺せる。

 そして俺は、そんな事実を見ようともしていなかった。


「……大丈夫だよ」


 口の中に甘くて苦い果実が入る。

 深いオレンジ色のそれを噛み締めてさせ、セインは俺の頬に手を添える。

 その表情はまるで無邪気で気ままな子供のようで。


「私に任せて欲しい。……すぐに君は君自身を肯定できるようになる」


 どうにも、見惚れてしまう笑顔を浮かべていた。



▪▪▪


 朝食が終わると、俺はセインを別れ、昨日と同じショッピングモールをうろついていた。

 結局昨日は土産物を選ぶことができなかった。

 だから今日改めて選ぼうと思っていたのだが。


「……どうしてお前らがここに?」


「……こっちの台詞だ」


「え? 何この空気?」


 よりにもよってこの二人と出くわすとは。

 どうやら落ち着いて土産を選ぶことはできそうになさそうだ。


 目の前に居る黒髪で背の高い男子、黄泉坂グリム。

 そしてその隣は黒髪ショートヘアーの長身女子、北風ヒナタ。

 二人とも今は星導学園の制服ではなく、各々の私服を着用している。


 特に北風は多少形式ばった制服と違い、随分とカジュアルだ。首にヘッドフォンをつけた所謂ストリート系というやつだろう。

 黄泉坂は全体的に黒い。この日光が降り注いでいる日にそんなものを着て暑くないのか疑問に思ってしまう。

 まあ、コイツが熱中症で倒れようがどうでも良いが。


「えっと、産神アサヒくんだっけ? 君もここに来てたんだ?」


「……あんなことがあって、その数日後には遊園地か。流石名家の生まれ、肝が据わっているな?」


「……あ?」


 一発で皮肉とわかるその発言に俺自身わかりやすく反応してしまう。

 だが仕方ない。俺達は現在、互いに互いを嫌い合う仲だ。

 放つ言葉の一つ一つが、互いを口撃しあうためにあると言っても過言ではない。


 まさに一触即発。

 不穏は気配を感じ取った周囲の客が離れて行く。


「ちょ、ちょっと! 二人とも止めなって! ほら、こっち!」


 見かねた北風が俺達の間に割って入る。

 連れ出された俺達はモールの外にあったベンチで顔を合わせる。


「一体何なの二人とも。みっともないからやめてよ……」


「っち」


「ふん」


 そんなこと言われても仕掛けてきたのは黄泉坂の方だ。

 何も言わず素通りするなら見逃してやっても良かったというのに。

 

 そんなことを考えていると、唐突に北風が言い出した。


「でも流石。産神君もここに来てたなんて。銃も持って準備万全って訳だね」


「は? 流石? 万全?」


「私達も追ってるんだよ。……『遊園地狩り』を」


 …………いや、何それ知らんが。

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