遊園地狩り
「『遊園地狩り』……?」
「そう。最近全国の遊園地を爆破してるテロリストだよ」
何それ。そんな珍妙な名前のテロリストなんて聞いたこともない。
だが北風の目は真剣そのもの。嘘をついているようには見えなかった。
「今までは地方の小規模な遊園地に絞ってたみたいなんだけど。今回ここで目撃情報があったって情報が入ってきたの」
「おい待て。何でお前が率先して情報を喋っている? まさか本当に討伐するつもりか?」
「は? どういうこと?」
未だに話がよくわからない俺に対し、黄泉坂が呆れた口調で告げる。
「今回のそれは我々魔導防衛省の担当だ。ただの学生は引っ込んでいろ」
「無理。この機会を逃す訳にはいかないから」
北風と黄泉坂が揉めている。
相変わらず、俺には碌に情報が入ってこない。
「あー……つまり黄泉坂はその『遊園地狩り』とやらを捕まえるためにここに来たってことだよな? じゃあ北風は? まさか、お前も国家魔導士なのか?」
「いや、違うけど……」
「コイツは勝手に俺の任務について来たんだ」
「何してんだお前?」
俺が少なからず批難の視線を向けると北風は罰が悪そうな顔をする。
しかし自身の行動に後悔はないようで、真剣な表情で俺に目を向ける。
「……私は少しでも実践を積んでおきたいの。この前みたいに、何もできないまま全部が終わってるなんて、もう嫌」
北風は拳を握りしめて絞り出すようにそう言った。
俺はあの時すぐに気絶した。だからグランキオとこの二人を含めた戦いがどうなったのかは知らない。だが終わった後に告げられた情報を聞くに、あの場でまともに戦えたのは黄泉坂ただ一人なのだろう。
やたらと実家の使用人達が褒めちぎっていたのを覚えている。
「それにここは私にとって大切な場所だから。だからこの場所が壊されようとしているって聞いたからには、見ているだけなんてできない」
「知ったことか」
北風は自分なりに決意を固めて来ているらしい。
だが黄泉坂はそんな彼女の言葉を斬って捨てた。
「今回の相手は訓練されたゴーレムでも、手加減してくれる教師でもない。本物の犯罪者だ。しかも数名の殺害経歴があり、かつ複数人の女性に暴行を働いた外道。学生如きが相手をして良い存在ではない」
黄泉坂の言っていることは一切反論の余地のない正論だ。
実際法を犯した魔導士を相手取るということはそのまま命のやり取りに発展する可能性が非常に高い。
半端な実力で挑めば、返り討ちにあって終わり。そのまま死んでしまう可能性だって大いにある。
だからこそ、魔導犯罪者は討伐寸前に調査を重ね、適した人材を派遣することがマストとされている。
悪質な民間ならばともかくとして、国家所属ともなればその辺りは徹底されているはずだ。
そしてその条件を全てクリアして選ばれたのが黄泉坂グリム。この事実が、『遊園地狩り』を取り巻く事件解決の難易度を物語っている。
(……けど)
どうも黄泉坂の態度が気に食わない。
あの時一方的な言いがかりをつけられて以降、俺は純粋にコイツのことが嫌いになっていた。
『遊園地狩り』とやらは置いておいて、このまま引き下がるのは癪に障る。
舞台まで時間があるし、少しくらい情報を引き出してやるのも良いだろう。
「……どうも胡散臭いな」
「何?」
「その『遊園地狩り』ってのはよく知らねぇがよ。地方の遊園地を爆破と何人かへの強姦行為。確かに悪い奴だが、言っちゃ悪い小規模だ。わざわざ国家魔導士が派遣されてくる程の案件か? 聞く限り強そうには思えねぇんだが」
それは俺が抱いた純粋な疑問だった。
基本的に魔導防衛省の魔導士が直接出向くのはよっぽどの案件の時だけだ。
例えば数百人殺害ないしはその可能性のある犯罪者だとか、魔界から出現した魔獣の討伐だとか、普段事件を取り扱っている魔導警察の手に負えない案件の時だけやってくる。
勿論死人を含めた多くの被害者が出ているため決して放置できる存在では無いが、それでも魔導警察だけで十分に対処できそうな案件としか思えない。
「つまりまだその『遊園地狩り』の件は防衛省の中でも共有されてないんだろ?」
「……何を根拠に?」
「俺がこの場に居ること。母さんの職業知らない訳じゃないだろ? そんなのが紛れてる場所に行く許可が出る訳がない」
そう言ってやると、黄泉坂の顔が歪む。
原作なんかではどんな時も動じない主人公として立ち回っていたからちょっとすっきりした。
「今のお前は防衛省から正式に任務を受けて行動している訳じゃない。勝手な感情による独断行動ってことだ。ただの学生が事件に首突っ込むのも問題だが、お前のそれも結構な大問題じゃねぇのか? あ?」
「…………チッ」
「ハッ」
やっぱり気持ち良いな。気にいらない奴の表情を歪ませてやるのは。
(まあ問題は、わざわざコイツが個人的に首突っ込むほどの案件がここに転がってるってことなんだが……)
わざわざ主人公が動いているんだ。今からここで何かが起きると考えるのが妥当だろう。
俺の知らない事件。やはり記憶は当てにならない。
だが最も重要なのは、今この場で俺がどうするかだ。
「残念ながら俺は帰るに帰れない。少なくとも後二日はここに留まれってウチの執事から言われてるし、今ちょっと厄介なのに目をつけられてるからな」
「私も、帰るつもりなんて無いから」
「ただまあ、親に連絡すれば俺は即帰れるだろうけど」
そう言って携帯を取り出し、黄泉坂の前に提示する。
正直そうするのが一番手っ取り早い。
だが、その手段は即封じられた。
「は!? お前何を……!」
携帯が縦真っ二つに斬り裂かれた。
それをしたのは目の前に座る黄泉坂。
「今回の件は俺一人でどうにかする。……余計な真似をすれば――――」
首元に漆黒の刃がつきつけられた。
薄い日本刀から立ち上がる、黒い霧。それは僅かに触れた喉の皮膚からゆっくりと熱を奪っていく。
「――――お前を消す」
「ちょ、ちょっと……」
「……脅迫罪と損壊罪。訴えたら勝てるなこりゃ」
視線と視線が交差する。
この場にあるのは混じり気の無い殺意。
俺の心も、場に当てられて沸騰していく。
サモンツブッシャーを手にし、俺は銃口を向ける。
この間合いなら一発は避けられる。
怖いのはコイツに憑いている存在であって、コイツ自身はそう怖くない。
「本当に止めなよ! 私達の敵は――――!」
『キャアアアアアアアアアア!!!』
『!?』
突如として悲鳴が上がった。
一体何が。
俺達の視線は悲鳴の方向へと向けられる。
「カップル! 家族! 友人関係! 壊してやる! 幸せなんて全部壊してやるぅぅぅぅぅぅぅ!!」
響いたのは怨嗟の声。次いで爆発音。
どこを切り取っても只事ではないその様子に、俺達は武器を降ろした。
「…………ッ!」
「おい、北風!」
真っ先に走り出したのは北風だった。
彼女は俺の静止すらも振り切って硝煙の中に突入していく。
「馬鹿かアイツは……!」
こうなってしまっては放っておく訳にもいかない。
俺だって何も彼女に死んでほしい訳じゃないのだ。
一応はメンタルケアという名目で来たというのに、どうしてこうなるのか。
全く、休む暇も無いじゃないか。
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