楽しかった
「何の用だよ……」
俺は砂利に上に座り込み、石を弄りながら投げやりに尋ねる。
正直顔も見たくないし、声も聞きたくない。
何か魂を切り分けたとかどうとか言ってたが、結局コイツも俺を騙してたんだ。
「わかりやすくいじけやがって。少し前までの生意気な態度はどうしたよ」
「どうでも良いだろ。どうせ俺は死ぬんだから」
石を投げつける。
グランキオへの当てつけに投げるには余りにも弱弱しいその一投は川にすら届かず、砂利の中に吸い込まれていく。
カツンと渇いた音も川の水に押し流されていく。
「俺は生贄だとよ。恋人を復活させるための」
「ああ聞いた」
「七年前にはもう決めてたんだと。俺に召霊術を勧めたのもそのための下準備だったんだろうな」
「そうかもな」
「俺だけだ。俺だけが馬鹿みたいに突っ走ってた」
きっとウィズも内心では嘲笑ってたんだろう。
魔道具で魔導士を超える。考えてみれば馬鹿みたいだ。
詠唱魔法よりもコストが嵩み、その癖物質を介するせいで詠唱よりも威力が低くなる。
何より繊細なコントロールが求められる癖にその対価は魔法が使える、たったそれだけ。
何も釣りあっていない。そもそも大半の火力は霊獣頼りだ。
学生時代は通用しても、今後通用するかと聞かれると、まず無理。
その結論にしか辿り着かない。
「もう、良いや」
主人公に勝つだとか、ヒロイン連中を潰すだとか。
それもどうせ無理な話だ。悪役、それも噛ませ犬に負ける主人公がどこに居る?
噛ませ犬は負けるからこそ噛ませ犬。悪役は主人公に負けるからこそ悪役足りうる。
この世界は物語なのだから、抵抗したって意味なんか無い。
踏みにじられて終わりだ。
「……まあ、俺がどうこう言う話ではねぇよ。お前の思う通り、俺は間違いなくあの嬢ちゃんの話に同意した。魂を切り分けたのも、大半の霊格を器に入れたのも、俺がしたことだ。そこを誤魔化すつもりはない。契約を結んだからには絶対服従。それが召喚獣ってもんだ」
そうかい。ならもうほっといてくれ。
その意志を示すように、俺は地面に寝転がる。
このままここに居ればなるようになるだろう。死徒あたりが連れて行ってくれるはずだ。
「ま、その役割ももうほとんど終わったけどな。あのグリムとかいうガキ、とんでもないもん連れてやがった」
「はっ、悪役だからな。主人公に負けるのは当然だろ」
「主人公ぉ? あのガキが? ああいやまあ、言われてみればそれっぽいか アイツ一応クラスでは最下位らしいし」
沈黙が流れる。
正直気まずいからさっさとどっか行って欲しい。
恨み言とかを言う気力とかも無いし、一人になりたいのだ。
「なあアサヒ、お前死ぬ気か?」
「あ?」
何だコイツ、急に改まって。
「……そりゃ死ぬだろ。どの道俺は生贄だ。今頃俺の肉体は蘇生に使われてるだろうしな」
ここに来た時点で、魂と肉体は切り離されている。
後は迎えが来れば、俺という存在は完全にこの世から消えてなくなる。
肉体の方がどうなるかは知らん。
「いや、まだ間に合うぞ。死者の蘇生には相当な時間がかかる。ガニュメデスの野郎はすっとろいし、今から戻ればまだ全然……」
「良いって。ほっとけつったろ」
もう会話だってしたくない。
だがグランキオは聞かなかった。
「そういう訳にはいかねぇな。まだ一つだけ契約事項が残ってる」
「……はぁ? お前死んだんだろ? ならもうどうしようもないじゃねぇか」
「ああ。しかも魂までザックリ刈られたからな。もう少しで霊獣グランキオは消滅だ」
なら尚更無理じゃないか。
何大真面目な顔してんだ、馬鹿馬鹿しい。
「けどまだ動けて、能力も使える。あと一回分くらいの働きはできるぜ」
「いや現世に居なきゃどうしようも無いだろ、お前召喚獣だろ?」
「別に向こうに呼ばれなきゃ能力が使えない訳じゃねぇ。何より仕事の対象が今ここに居るんだからやらねぇ訳にはいかねぇよ」
「対象? ……まさか」
「そう、そのまさか。最後の契約はお前にもしものことがあった時にお前を守ることだ」
「いやいやいや、待て待て! 何で! 俺そんな契約した覚えが……」
「そりゃそうだろ。だって契約したのはあの嬢ちゃんだもんよ」
「な……――――」
俺は絶句した。
ウィズが俺を守るように命じた? どうして? 敵じゃなかったのか?
俺を殺したいんじゃ、なかったのか?
いやそうか。目的を果たす前に俺が死んだら困るからと、そういうことか。
「御立派に色々考えてるとこ悪いがこっちも契約なんで。幸いお前は別に死んじまった訳じゃねぇ。単に弾みでこっちに来ただけだし、すぐにでも送ってやるよ」
「だから待てって!」
「アサヒ」
グランキオの声が響く。
今までの軽薄な感じではなく、どこか真剣味を帯びた口調だ。
「正直、お前は変な奴だと思う。毎日毎日ヒャハヒャハ言いながら変なの作ってるし、偶に原作がどうとか訳のわからんこと言い出すし。時々悦に浸ったみたいにニヤニヤしてんのとか割とマジで気持ち悪かったけども」
真剣な感じで俺のことをディスってくる。
何なんだよ全く。
「お前はずっと一生懸命だった。ウィズもそうだが、十年以上も一つのものに向かって走れる人間はそう居ない。長年生きて人間を見てきたが、これだけは断言できる」
「な、何だよ」
「――お前は凄い奴だ」
「え?」
「だからって訳じゃねぇが、俺はお前に死んでほしくない。だからこの契約は絶対に果たす。大人しく俺に守られてろ。んで、絶対に死ぬな」
グランキオの身体にノイズが走る。
元々崩れかけていたその巨体はまるで風に吹かれる砂のように舞い散り、春先の雪のように溶けていく。
「じゃあなアサヒ。お前と過ごした七年間、存外悪くなかった。……楽しかったぜ」
それがグランキオの最期の言葉だった。
「何、だよそれ……」
赤い景色が白く染まる。
身体が再び浮き上がる。暖かな陽につつまれながら、俺の視界は完全に白で塗りつぶされた。
▪▪▪
「…………」
戻ってきた。吹き抜ける冷たい風に身震いしながら、俺はその事実を認識した。
場所は前と変わっている。風が入り込んでいる開きっぱなしの扉の向こうには深い闇が広がっている。
後ろにあるのはまるで祭壇のような大きな装置。これがウィズが長年かけて作り上げたものなのだろう。
依然として、俺の身体は冥界に近い位置にあるらしい。
「…………戻って、きましたか」
目の前にはウィズが居た。
何やら髪はボサボサになっており、声は更に一段低くなっている。
「…………ああ。戻された。生きろってさ。この状況の片棒を担いだ癖に手前勝手に言うだけ言って死にやがったよ」
「仲、良かったですもんね」
「基本口喧嘩しかしてねぇ気がするけどな」
足元に
触れてみると僅かに持っていた熱はすっかりと消え去り、酷く冷たくなっていた。
それでも問題無く動くだろう。壊されていないのが、少し意外だったが。
「……終わりに、しましょうか」
「…………そうだな」
思うところしか無いし、正直戻って来るつもりも無かった。
あんな身勝手な望みを言われても困るとしか言いようがない。
ただ、無碍にする気も起きなかった。
どうにもアイツを嫌う気にはなれない。ウィズも同じだ。
一周回って空洞になっていく頭を数回振り、腰についたケースからカードを取り出す。
「…………?」
ゴースターになるためのカードが変化している。
真っ赤だったカードに黒の線が入っている。そして刻まれた刻印も変化していた。
誰の仕業かは、一目瞭然だ。
《SET》
音声だけが空虚に響く。
上空に出現した魔法陣に向かって引き金を引く。
「……」
どういう訳か音声は鳴らなかった。
あのハイテンション音声は自慢だったが、今だけは鳴らなくて良かったと思う。
ゴースタースーツが換装される。
血濡れの髑髏をイメージしたそのデザインは変化している。
光を反射するスーツから、蟹の甲羅のようなゴツゴツとした鎧へと。
「……行くぞ」
「来なさい」
身勝手なアイツの贈り物を暫く見つめ、そして走り出す。
勝ちたいという思いも無く、かと言って負ける訳にもいかない。そんな空虚な戦いの幕が、今開いた。
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