知らない話
「一つ聞かせろ。ウィズ、お前の目的はなんだ?」
互いに一撃を受けて頭も冷えた。
だから俺はその疑問を口に出した。
弟子としてではなく、一人の敵対者としてこのテロ行為を行った理由を尋ねる。
「……やりたいことがあるからですよ」
「それが何かって聞いてんだよ」
さっきのやり取りでわかったことだが、ウィズはこの学園に恨みがあるとか、殺したい相手が居るとか、そんな理由で今回の騒動を起こした訳じゃない。
明確に狙う相手が居るのは確かだが、それは殺意からのものではないのだろう。
「何で俺を狙う? まさか身代金って訳じゃないだろ」
そう、ウィズの狙いは俺の身柄だ。
黄泉坂やその他の生徒ではない。俺の身体を狙うからこそ、彼女は俺の前に現れた。
だからこそ何が目的なのかがわからない。
俺の身柄を得て、その先にあるものが何なのか。皆目見当もつかないのだ。
そもそも何故今なのか。もっと前に機会はあったはずだ。
「準備が必要だったんです。全部完了したのがついさっき。だから騒動を起こしました」
「肝心なことに答えてないぞ。何で俺を狙う?」
「…………」
ウィズが目を伏せる。
何かを思い出しているのだろうか。良い思い出なのか悪い思い出なのかはわからない。
その表情は複雑で、とても言語化できるようなものではない。
「……生贄ですよ」
「生贄……?」
ある意味殺害よりも物騒なその言葉に俺は自分の耳を疑った。
生贄とはどういうことだ。
言葉の意味はわかるし、嘘を言っている風にも聞こえない。
だが行間がまるで読めない。
「どうしても復活させたい人が居るんです。私にとっては自分自身よりも大切な、最愛の人が」
「え……?」
「だからあなたを使う、そのためにあなたに近づいた。ただそれだけのことです」
告げられたのは俺自身知りもしなかった事実。
何も突拍子もないことを言っている訳ではない。そりゃウィズだって人間だ。恋人の一人や二人過去に居たとしてもおかしくはない。
別に彼女に恋をしていた訳でもない俺にとってそのこと自体はショックでも何でもない。
ただどういう訳か呆然としていた。
「……死んだのか?」
「…………はい。十七年前に」
「………………!」
十七年前。
それはまだ俺が生まれておらず、ウィズもまだ新人と呼ばれていた時代。
そして、至上稀に見る規模の死者が出た年でもある。
その中に彼女の恋人が紛れていたというのか。
「知らなかった、そんなの……」
「言ってませんからね」
剣を握る手が震える。
込み上げてきたのはこの感情は悲しみだ。
どうして悲しんでいるのか。
それはわからない。情報が多すぎて処理しきれないのだろう。
そもそも原作での彼女はこんなことを引き起こすようなキャラでは無かった。
もっと凛としていて、主人公やヒロイン達の手助けをしてくれるような立派な大人。
それがウィズ・ソルシエールというキャラクターだったはずだ。
「……死者の蘇生をする気か。禁忌、黒魔術を……」
暫く経って、漸く絞り出した言葉がそれだった。
頭が冷えれば冷えるほど固まっていく思考から目を反らす現実逃避。
この場の解決するためなら意味はあるかもしれない。だが、俺が求めているのはそんなことじゃない。
だがそれに目を向けることが溜まらなく怖い。
今まで過ごしてきた十年が否定されようとしているような感覚がどうしようもなく恐ろしい。
「……グランキオを呼んだのも最終的にはそのためか」
「おっしゃる通り。霊獣グランキオには魂を抜きとり、また魂とそこからなる力を付与する力がありますから。呼び出した彼の魂をあなたの身体に埋め込むためにその力の一部を私に付与して貰いました。後は絶級霊獣ガニュメデスが集めた彼の魂を器に入れるための生命エネルギーを使って定着させれば全てが終わる」
「俺だけじゃなく、他の奴等まで生贄にするつもりなのか……」
「死者の蘇生はこの世の理に唾を吐きかけるようなもの。その達成には相応の対価が必要ですから。蘇生に使う燃料も別個に集める必要があるんです」
ウィズの口調はどこまでも淡々としている。
何の感慨も無く、多くの人間を、俺を殺そうとしているのか。
「…………いつからだ?」
ああ駄目だ。もう、限界だ。
目を反らしても反らしても、視界の隅に映りこんでくる。
見たくなくても、見ずにはいられない。
「いつから、俺を騙してた?」
「思いついたのは出会ってすぐ。……本格的に決定したのは、霊獣グランキオを召喚した時に」
何だ、随分前じゃないか。
グランキオを召喚したのは七年前。俺がウィズの助手になることが正式に決まった時。
あれは俺の中ではちょっとした記念日だ。今までの努力が報われた最初の一歩。
初めて心の底から喜んだ日と言っても過言ではない。
俺はこの世界に嫌われ者の悪役として転生し、詠唱魔法を使えないという体質故に周囲から蔑まれてきた。
ウィズはそんな俺に唯一優しくしてくれた家族以外の人間だった。
魔道具だけで魔導士になるという周囲が馬鹿馬鹿しいと笑うであろう目標を否定せず、応援してくれた唯一の大人。
彼女の存在が俺にとって少なくないモチベーションになっていた。
今なら言える。ウィズが居なければ、俺一人では今この場に俺は居ない。
だからこそ悲しいのだ。
俺にとって目標になっていた彼女が、俺のことを道具としか思っていなかったというのか。
グランキオだってそうだ。
ずっと付き合ってきて気の置けない仲だと思ってた。
けど実際は力の大半をウィズに貸し与え、今は敵対している。
「何だよ、それ……」
とんだ
原作において物語の黒幕に踊らされた挙句殺される。
そんな結末を回避するために頑張ってきたってのに、結局はこれか。
「ああ……もう何でも良いや」
怒りは湧いてこない。そんな段階はとうに過ぎてしまったのかもしれない。
ウィズの魔法関係無しに、ただひたすらに力が抜けていく。
変身も解除され、俺は無防備な肉体を曝け出す。
「………………蘇生の準備段階はもう済んでいます。後はアサヒくん、あなたの魂を抜き、代わりに彼の魂を入れるだけ。そうすれば自然と肉体は魂に同期する」
ウィズの足音が聞こえる。俺の人生はここで終了するのか。
(つまんねぇ人生だったな……)
どうせこうなるなら、もっと我儘言って遊んでればよかった。
元々物語上での役割は噛ませ犬。それを放棄した時点で、俺は世界から不要な存在と見なされたのかもしれない。
身体が浮き上がる。ウィズに抱えられたらしい。
俺は俯いたまま、抵抗することは無かった。
妙な浮遊感が身体を襲う。一瞬持ち上がり、そして下がっていく景色を見て、自分が放り出されたのだと知る。
マズい、この高さから落ちたら死ぬかもしれない。
いや、それでも良いか。
「良くねぇわ! このボケ!」
「…………?」
おかしいな。いつまで経っても痛みがやってこない。
それどころか、空中で止まっているようにさえ感じる。
「あれ……?」
顔を上げて漸く、ここが今まで居た場所じゃないと気がついた。
ゆっくりと降ろされる身体。下には大量の砂利が敷き詰められており、周囲には水の流れる音が聞こえる。
「三途の川……?」
月が出ていて、空は赤い。
辺りには白い何かが漂っており、ここは現世でないことが見て取れる。
「死んだのか、俺」
「死んでねぇよ。俺は死んだけどな」
目の前には巨大な蟹が居る。
それはあの日薄れゆく視界で認識した存在と寸分の狂いも無く同じ存在だった。
「……グランキオか」
「ようクソガキ。随分としけた面してんな?」
絶級霊獣グランキオは、その荘厳な巨体を盛大に歪ませながらそう言った。
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