完全なる敵対宣言
宣告はなされた。
これでもう、俺達は完全に敵同士だ。
一体どうしてこうなったのか。やるしかないのか。
湧き上がる怒りと同時に浮かび上がる躊躇。
だが今の俺にはそんなこと考えている時間は残されていなかった。
「さて、質問は以上ですか? でしたら――」
ウィズの口が動いた。
しかし彼女の様子からは殺意のようなものは感じられず、攻撃だと俺が判断するのに少々の時間を要した。
そしてそれが命取り。
「『魂の沈黙』」
無詠唱、ただ字を呟いただけ。
たったそれだけで、俺の肉体は完全に沈黙を迎えた。
意識だけを残し、俺は膝から崩れ落ちる。銃がガシャンと音をたてる。
四肢がまた別の何かに支配されたかのように動かない。
「意識を失っていないんですか。……腐っても絶級霊獣。ほんの一端に触れただけでも、無視出来ない影響を及ぼしますね」
「……何だ、その魔法」
「霊獣グランキオの力を分析して作り上げたオリジナル魔法ですよ。さて、産神アサヒくん。あなたには私と一緒に来てもらいます」
「……殺さない、のか?」
「ええ殺しません。あなたは私にとって大事な礎ですから」
礎? どういうことだ。
「目的は、何だ…………?」
「質問時間はもう終わり、と言いたいところですが……良いでしょう。このまま果てるのは余りにも酷ですから。最終準備がてらお話しますよ」
ウィズはそう言いながら俺を抱え上げる。
片腕で俺の背を、もう片方の腕で膝の関節を支え、新たに魔法を唱える。
「『魂の楔』」
空間が開き、その中から一本の大きな楔が出現する。
それは俺の心臓に狙いを定め、飛び出した。
(――――これが刺さるのは、マズい)
それは直感だった。どう見ても不穏な気配しか感じない黒の中に入ることを俺の生物としての生存本能が拒否している。
力を失った身体に活が入る。
咄嗟に俺は身体を右に弾き飛ばした。
「む……」
右に飛んだのはそこにサモンツブッシャーがあったからだ。
余程急いでいたのか、武器の破壊を怠ったらしい。
おかげで俺にも反撃の芽が残っているのは幸運だ。
「いってェ! ハァ、ハァ……」
最初の魔法のせいで倦怠感が半端じゃない。小さな段差から転げ落ち、身体の側部に鈍い痛みが走る。
いつも持っていたはずの銃が重い。
手に取り、銃口を向けるだけで一苦労だ。
「霊、装……」《Show・Ray!》
ゴースタースーツを纏い、俺は戦闘態勢に入る。
それを見たウィズもまた、尋常ではない量の魔力を練り始めた。
目の前に居るのはかつて死線を潜り抜けた歴戦の魔導士。
勝ち目があるのかと聞かれれば、恐らく……。
だがやるしかない。負ければ俺は死ぬ。こんなところ死ぬのは御免だ。
視線が交差する。俺はぐらつく身体を必死に正しながら、全神経を研ぎ澄ませる。
「遅い」
「な――――」
研ぎ澄ませ終わった時には既に魔法がそこにあった。
『
だがその威力も速さも彼女とは比べ物にならない。
そんなものが眼前に迫っていると認識した瞬間にはもう、避けられないことが確定していた。
だがそれが直撃する寸前。
地面と大気が同時に揺れた。身体が横に倒れ、頬を炎が掠める。
「消えろ――――!!」
「チッ! 鬱陶しいクソガキだ! どこでこんなもん拾ってきやがった!!」
一体何が起こったのか。俺達は同時に視線を向ける。
壁が崩壊したらしい。そしてその先にはグランキオと真っ黒な姿で鎌を持った人間が互いの武器をぶつけあっている光景があった。
「あれは……」
ウィズが警戒心を高めるのがわかった。同時に俺も反射的にカードを手にする。
あの存在を俺は知っている。
「黄泉坂グリム……」
ウィズがあの生物の主の名を呟き、歯噛みする。
あれは黄泉坂の操る召喚獣の一体だ。主人公の使役する存在だけあってその力は凄まじい。
現に今、絶級霊獣と互角の戦いを繰り広げている。
正直な話気にいらないが、そんなことを言っている場合ではない。
今はただ、目の前の相手に集中するのみ。
「どうやら急ぐ必要がありそうですね……!」
「やってみろよ、お前の手札くらい割れてんだ!」
ハッタリだが嘘ではない。
この学園でトップを目指すにあたって俺は様々な研究をした。
ウィズなんてその中で最も俺の近くに居た魔導士だ。当然、一際研究が進んでいる。
「なあウィズ、俺は最初に言ったよな!? いつまでも見下ろせると思うなって!」
そうだ。今この瞬間に来たというだけ。
思い出せ、俺は何のために力を求めた!?
「オオオオオオオォォォォォォォ!!」《BASTARD・MODE!》
相手は確かに強力な魔導士だが、ウィズはそこまで近接戦に優れた魔導士ではなかったはずだ。
なら多少弱っていてもゴースタースーツを纏っている俺に分があるはず。間合いを詰めて一気に決める!
だがウィズには俺が近づいたことで焦った様子は見受けられない。
俺に向かって至極冷静に告げる。
「アサヒくんが進級する前、私言いましたよね? 最前線で戦う魔導士は武闘派でなければ務まらないと」
ウィズの手に何かが構築されていく。それは細身の片手剣。その周辺には紫の雷と紅い炎が迸っている。
「属性の多重複合……。クソ難易度を息するみたいにしやがって……」
「言っておきますがこれは国家魔導士に求められる基礎的な技術です。……まあアサヒくんにはもう関係ありませんが」
「知ってるよ!」
剣と剣がぶつかり合う。
一瞬の衝撃で硬化する
硬度で勝負は決まらず、しかし刃よりも下の部分を通して俺の手に激痛が走る。
「うっぐ!」
痛い。まるで手の神経が破裂したかのような衝撃。剣を落さなかっただけでも上等だろう。
だがこっちだってやられっぱなしだった訳ではない。
ウィズもまた真正面から軽くない一撃を食らっている。
「剣からも弾丸が……」
「ガンモードでしか出せないとは言ってねぇぞ!」
勿論連射速度は大幅に落ちるがそれは仕方がない。
相手の不意をつくために実装した機能が役に立った。
「それに一対一にこだわるつもりもねぇからな」《CALL:Skull megalo》
魔法陣から出現したのは全身が骨で形成された大型のサメの霊獣。
空中を泳いでいるそれはサラマンダイルと同格の上級霊獣。当然その戦闘力は折紙付きであり、かつその狂暴性は他の個体と比べても抜きんでている。
鋭い牙を鈍く光らせ水を纏い、ウィズに牙を突き立てんと空を切って進む。
「ウィルオウィスプ」
パチンという音と共に現れたのは夥しい数のウィルオウィスプ。
普段俺が弾丸として使用しているものよりも遥かに巨大なそれらはまるで誘導弾のようにスカルメガロへと向かっていく。
そして衝突し、巨大な爆発音が轟いた。
「……クソが」
スカルメガロとの繋がりが途切れた。
凄まじい固さと圧倒的な圧力を水による殺傷力が売りの霊獣のはずだが、最下級の鬼火に消されるとは想定外だった。
幾ら何でも威力が高すぎる。
「先に疑問に答えておきますと、私の場合は特別です」
「そうかい、教えてくれたサンキューな!」
「!?」
確かに想定外。だがあの程度の攻撃でウィズを仕留められるなんて思っちゃいない。
スカルメガロがああも簡単に倒されるなんてのは予測できない事態だったがそれでも必要最低限の仕事ははたしてくれた。
(すまん、スカルメガロ……)
儚く散った仲間に心の中で謝罪し、俺は未だ晴れない煙の中を疾走する。
足を止めず、ただ自分の思いつきを実行するために動く。
今の俺にはそれしかできない。
「ウッラァァァァァァァァァァ!!!」
叫び、大剣を振り下ろす。
ウィズの身体は煙に隠れてどこに部位に当たるのかは不明。頭で無いことを祈りながら、しかし全力で叩き斬るつもりで。
刃が衝突し、金属音が鳴り響く。
肉体に当たっていないことは明白だ。
「折角視界を塞いだのにわざわざ声を出すなんて……。不意をつくから不意打ちというんですよ」
「ぐほっ……!?」
腹に凄まじい威力の衝撃が走った。
堅牢なスーツを纏っているはずが、それすらの簡単に貫通する一撃。
相手からのダメージをほぼゼロにするつもりで作ったというのに、それを平然と超えてくる。
今までの成果が悉く通じていない。
戦った時間は僅か一分程度。だがそれだけで思い知らされる。
ウィズ・ソルシエールの魔導士としての実力を。
「……私を見下ろすには後五年は必要ですね」
告げられる冷たい声。手の中に魔力が集中していくのがわかる。
俺がそれに反撃することは無かった。
ただ、仮面の下で歯を食い縛る。
「――――――!」
「……? !?」
違和感に気がついたらしい。
ウィズは凝視する。自身の腕に纏わりついた、スライムを。
幾ら彼女でも放つ寸前の魔力を堰き止めるなんてことは不可能だったらしく、攻撃として放たれる魔力は全てスライムを伝い明後日の方向へと飛んでいった。
「スライムは魔力の通りが良いって知らなかったか?」
空中で爆発が起きている。
それに構わず、俺はウィズの腰にしがみついた。
「きゃっ!?」
何やら艶めいた声が聞こえるがなりふり構ってはいられない。
体勢を崩し、脇腹に蹴りを入れる。
硬化した脚による蹴りをまともに喰らえば流石にノーダメージとはいかない。
ウィズが地面を転がる。
その体勢はついさっきまでとは完全に真逆。
「見下ろせるまで、何だって?」
「生意気な……!」
まだ本調子では無いし、そうでなくても真正面からでは勝てないかもしれない。
ならそうじゃない方法を選べば良い。
邪道こそが、俺の正道だ。
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