違和感
「やっべぇ!」
群集で押し寄せながら怒涛の攻撃を繰り出す死徒の猛襲を俺はどうにか捌いていた。
喰らえば本来即終了の死徒に襲われたのであれば迫られるのは逃走か撃退かの二択。
この場と勝利条件を考えた場合前者は厳しい。ならば残る選択は撃退のみ。
だが奴等は揃って俺に殺意を向けている。しかもその連携具合が凄まじい。避けることに全力ならなければならず、武器の操作を行う余地が一切無いほどに練られたチームワーク。
プログラムされた動きにしては余りにも流動的なそれに俺は驚嘆せざるを得ない。
「クッソ! これ本当に訓練用の偽物か!? 幾ら何でも細かくしすぎだろウィズ!」
愚痴を吐き捨てるがそれで死徒達が止まってくれるわけじゃない。
だがこのままでは他に手が回らない。勝利条件を満たせない。
「やっべ!」
『ピキャアアアアア!!』
小さな石に引っ掛かり、体勢が崩れた。
咄嗟に剣を振るうの掠りもせず、目の前の鋭い鎌の先がある。
このままじゃ喰らう。そう感じた矢先。
「《その燃え盛る壁で我に仇す敵全てを阻め》『
「うお!」
眼前を熱波が通り、一瞬で視界が緋色のベールで埋め尽くされる。
形成されたのは炎の障壁。それらはただ俺だけを見据えて突撃してきた複数体の死徒に火を点け、逆に消し去った。
「……大丈夫?」
属性の中では極めてメジャーな炎属性の魔法。
しかしその規模は絶大で、名門校とはいえ学生が出せる範囲を大きく逸脱している。
それを行ったのは紛れも無い、北風ヒナタだ。
「……おう。無事だ」
どうやら俺を助けたらしい。
そんなことをしても特にメリットは無いはずだが、一体どういうつもりだろうか。
「面倒なのに目をつけられてるね」
「けっ、問題ねぇよ」《SET》
不本意だが北風のおかげで時間ができた。その間に俺は自身の武器の機能を存分に使うとしよう。
敵は死徒以外にもまだまだ沢山、だったら出すのはコイツしかあり得ない。
「本格出番だ、サラマンダイル!」《CALL:Salamandile》
投影された魔法陣の中から二足歩行の燃える鰐が姿を見せる。
サラマンダイルは炎の先に居る死徒の群れを確認すると、それらに向かって炎の息吹を吐き出した。
直後、奴等が悲鳴と共に灰塵と化していくのがわかった。
「っしゃ見たかオラッ!」
「……それ、最初から出しといた方が良かったんじゃないの?」
「無制限に出しっぱにできる訳じゃないんだよ。召喚できる時間は最大十五分。それが終わると強制送還されちまう」
召霊術などの召喚魔法は使役できる時間や個体に制限がある。
詠唱で呼び出せば当人の魔力に次第で幾らでも長くなるのだが、魔道具で呼び出す場合はどうしても時間が短くなってしまう。ましてや一つに複数の機能を搭載し、それも併用するとなると道具本体にかかる負荷に際限が無くなってしまうのだ。
「今は十五分が限界だ。複数呼び出せばその分短くなるし、負担もデカくなる。とりあえず呼びだせば良いってもんでも無いんだよ」
「へぇ、成程」
「つか解説してる暇ねぇよ。ドンドン増えて来てんぞ」
「現状黒幕の独壇場って訳か。……マジムカつく」
北風が魔力をみなぎらせる。
どうやらこのシチュエーションがお気に召さないらしい。
まあコイツの過去を考えれば当然だが。
「一々チマチマしてるなぁ……。いっそのことここら一帯を燃やせば良いんじゃない?」
「アホ言うな他の奴等巻き込む気か?」
「別に死にはしないでしょ。そのくらいの調節はできるし」
「アイツ等が死なねぇなら黒幕はもっと大丈夫だろ。この規模の死霊を操ってる奴だぞ?」
俺がそう言うと北風は魔力を引っ込める。
馬鹿が、俺の活躍の機会を奪うんじゃねぇよ。まあそれ抜きでも今のは悪手だが。
「とにかく湧き出てくるのを潰しながら観察するしかねぇだろ。黒幕は絶対にここに居るはずなんだからな」
「だらだらしてる間に被害が広がるでしょ。それにこのままだと一般人が巻き込まれるって想定なんだし、燃やすべきだよ」
コイツ結構短気だな。
一見冷静でクールな美女に見えるのに、存外気が短いらしい。
「オラァ!」
「えいやっ!」
それにしても他の奴等も中々やる。
目立っているのは主にA組か。流石は今年の新入生の中でもトップクラスと見定められただけのことはある。
北風やマノが所属しているだけあって皆優秀だ。
負けていられない。その一心で俺は武器を振るい、サラマンダイルに指示を出す。
やはり複数の手があるだけあって討伐数は俺が一歩先を行っている。勿論サラマンダイルが上級の中でも上位の強さを持つ個体というのもあるのだが。
「……時間切れか、お疲れさん」
そこら中に居た悪霊を炎の焼き払い、サラマンダイルは帰還した。
もう随分と倒したはずだが、それでも一向に数が減らない。それどころか増えている気がする。
「……流石に多すぎないか?」
俺の中に少しの違和感が生じ始めた。
勿論簡単に全滅してしまっては意味が無いというのはわかる。だがこれは、幾ら何でもレクリエーションの枠を超えている気がしてならない。
心なしか、段々と敵の強さも上がっている様な気もしてきた。
「たく、ウィズの奴要求水準が……! 幾らこの俺が最高に天才だったからって他の奴にまで……って」
ふと動きを止める。
その理由は視界に一人の男子生徒が映ったからだ。
黒い短髪に中背、そして如何にもやる気の無さそうな顔。
あの顔は間違いない。俺が間違えるはずもない。
(
出やがったなクソ主人公が……!
てか何サボってやがるんだあの野郎! 原作でもそうだったけど本当にやる気無いのな!
そんなだから最下位のEクラスなんだよ!
「おいお前! サボってねぇで働け!」
遂声を荒げてしまった。
しかし奴は動かない。そもそも俺の声など気にも留めていない様子だ。
「あの野郎……!」
あんなんじゃアイツに勝っても何も誇れないじゃねぇか!
俺は黄泉坂に文句を言おうと狼型のゾンビを殴り飛ばして大股で歩を進める。
しかし、すぐにその足は止まった。
黄泉坂が何かを考えているような表情をしていたからだ。
加えて、そこには明確な訝しみが存在した。
何かを感じ取っているのだろうか。
少なくともただサボっているだけには見えない。
「おいおい! また出てきたぞ!」
「倒しても倒してもキリがないんだけど!?」
(いや、違う……)
今感じたこれは主人公への反骨心が原因ではない。
最初にゾンビを殴った時から始まった小さな違和感の種、それを増幅させたのが奴の態度だと言うだけの話。
しかしその考えに反して足が、動きが鈍くなる。身体の行使とはまた別の要因で心臓が乱れていく。
最初に殴ったゾンビの感触が妙にリアルだった。
死徒の連携は妙に整っていたし、性質は調べた時と同じようなものだった。
だがどれもこれも確証に欠ける。限りなく精巧に作られていたと考えればそれまでだ。ましてや、俺は魔獣らとの実戦経験なんて皆無。「なんか変だな」程度の憶測の域を出ない。
それにこれは考えるのも馬鹿らしいことではあるが。
ある種の定番じゃないか? 物語において、こういった場で突如発生するトラブルというやつは。
(無い無い、あり得ないだろ)
俺は頭の中に浮かんだ思考を即座に否定する。
だってこのゲームを考えたのも、この舞台を製作を主導したのはウィズだ。
もしも
それは長年一緒に居た俺が一番良くわかってる。そこまで愚鈍な人じゃない。
「……ああもう! 余計なこと考えてんじゃねぇよ俺!」
くだらないことに時間を浪費した。
きっと黄泉坂を見てしまったからだ、こんな考えが浮かんでしまったのは。
そうだ、きっとそうに違いない。
全く、どこまでも俺を苛つかせる男だぜ……。
「クソ主人公め……!」
あり得ないあり得ないあり得ない。
何度も何度も、俺の中でグルグルの回り続けるその五文字。
ああ駄目だ、足が乱れている。
ここは深呼吸だ。目を閉じ、深く息を吸って、そして吐く。
最後にゆっくり目を開けるとそこには――――。
刀で首を狩られる寸前の生徒が居た。
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