第2話

   

 そこまで考えたところで、電車が駅に着いたらしい。プシューッとドアが開いた。

 その前に『まもなく南公園前、南公園前に到着します』というアナウンスがあったはずだが、目の前の男に意識を向けすぎて、聞き逃していたようだ。

 とはいえ、慌てる必要はなかった。本来ならば乗ってくる客より先に降りるべきだが、どうせ乗り込む者も少ない駅だ。先ほど考えたように、ゆっくり立ち上がっても十分に間に合う。実際、私と同じタイミングで立ち上がる乗客もチラホラいたのだが……。


 おおいに慌てる者が一人いた。

「あっ、南公園前だ!」

 今の今まで眠っていたハンサム男が目を覚まし、一言叫んだかと思うと、ガバッと立ち上がる。

 開いた扉は彼のすぐ横であり、急ぐ必要は全くなかったのに、脱兎の如き勢いで電車から飛び出していった。


 彼の慌てぶりが面白かったらしく、クスクスという笑い声も聞こえてくる。私は呆気にとられてしまうが、そんな場合ではなかった。モタモタしていたら、私自身が降りそびれるではないか。

 そう思って急いでドアへ向かいながらも、視界の端に映り込むものを無視できず……。

「ちょっと、お兄さん! これ、忘れてますよ!」

 車内に置かれたままだったボウリングバッグを拾ってから、彼を追うようにして、私も南公園前駅で降りるのだった。

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る